キスの法則
@high_ladder
第1話
人間の記憶をデータ化して、外部に保存する目処がたったらしい。
私の脳みそに入っている情報がどれくらいなのかはさっぱりわからないが、残酷にも人が抱える
私の人生にそんな機会があるのかはわからないが、いざ電脳世界へ!となった折に、脳みそからとりだせるデータが少なすぎたらどうしよう。
処置する人に、あっ…ってされたら薩摩武士よろしく恥のあまり憤死するかも。
遺族が「娘さんは、自らの知性を恥じて、憤死でおなくなりに……」って聞いた様を想像してみ?憤死しそうになるから。
実際、「君の脳の容量的にこれで十分だよね?」とか言われて、お出しされた記憶媒体がお値打ち品だったら立ち直れない。
脳バックアップサービスの加入のお問い合わせのときに、「私のお脳ちゃんなんですけど、創造性すごく豊かで
え?無駄なデータが大半だから大丈夫?コストに見合わない?
そっ、そんなところまでコスパって、あなたに人の心はないんですか⁉皆と一緒で容量たっぷりにしてください!中身スカスカになっちゃう?構いません。私はカワイイカワイイお脳ちゃんに立派なお家を用意してあげたいんです! とかなんとか。
だけど、私の
どでかい空間にぽつんと残されるのは落ち着かないだろう。そのうえ私が立身出世を遂げたら、現代の文豪の日記みたいに、後世の青空文庫ポジのなにかに公開されてしまうかもしれない。人の心象は創作物じゃねーぞ。
それが理由ってわけでもないけど、私は、私の言葉が見つけられて恥ずかしくないように、今日も頭の中を無意味な妄想で埋め尽くす。
外部記憶に残された私の心が読まれたとしても、読んだヤツがあれ?これ結局、何の話……?ってなるくらい。実際のところ、頭の中が読まれるなんて無いと思うんだけど、でも、それでも。
わたしは、わたしで何かを感じられる事のほうが怖いから。
昼休憩も中頃を過ぎて、教室後方のドアを開けた。
教室内の空調が効いたゆるい風が、私の体を包んだ。冷気を浴びた事で逆に蒸れを感じて、ブラウスのボタンを1つ外す。
胸元に風が入って多少マシになり人心地つく。5月になって汗ばむ日が増えた。近々やってくる地獄の季節を思って憂鬱にならずにいられない。
教室の後方を、左手でスカートをバサバサとやりながら、私の席を目指した。
横目で教室を見回すと、ちらほら早々に昼食を食べ終え、ノートを見返したり、テスト範囲についての要点をまとめた動画を見ているクラスメイトが目に入る。
あらあら、皆さん真面目でいらっしゃいますね。おほほ、などと優雅に脳内で扇子をふるが、今現在、この教室の中で赤点という断頭台に一番近いのは間違いなく私という事実からは目をそらした。
私の席の周りを黒のストレートとアッシュベージュのふわふわヘア、金と黒のプリン頭が彩っている。私もあそこに加わるわけで、髪の色がピンクとかだったらカラフルで良かったのかも。
『ハルくん。君は病みキャラで行って、オタクの助けに依存して、金を搾り取っていこう』
私の心の中のPが、売れない私をキャラ付けしたいがために、髪色をショッキングピンクにしようとしてくる。
ごめんP、私、口数少なめだし、まぁまぁピアス開けてるし、メイクの感じと勘違いされやすいんだけど、脳内ではアッパーだし、流石にそこまでして承認欲求を満たしたいわけじゃないんです。でも多少違って見られたいってのはあって、結構な覚悟でブルーのインナーカラーは入れてるので、それで勘弁していただけませんか。
人の心がないPを心の中に住まわせていることからわかるとおり、ゲーム・漫画脳なので、心の中で昼飯仲間の四人を四神に当てはめて考えたりもする。ゲーム脳ってよりただの痛いやつか?
青龍は正統派っぽいので、迷うことなく黒髪ストレートの犬吠ちゃん。
朱雀はちょい派手系ゆるふわギャルのカナデ。
残りの白虎と玄武になるわけだが、おそらく皆様のパッと見のイメージで行くと、クラシック金髪ヤンキーのサチが白虎になり、あまった私は玄武ということになる。はぁ?誰が玄武だよふざけんなコラ。
玄武ってやたら地味だよね。亀だし。龍、鳳凰、虎ときて、亀て。格下感パねぇな?同窓会で『あっ、そういえばそんなやつ居たね〜』ってなる奴。
名前に色が入ってないのがだめなのかも。あっ、もしや玄って色の名前なのか。玄米の玄だし玄武は玄米色か?玄米色の亀?地味だな。玄武さん0キラキラでフィニッシュです。
この学校が魔法学校で、文化的に寮を四神で分けてたとしたらシャレになってなかったな。
組分け帽子に「玄武ゥーー!」とか言われたらワ……ぁ……ってなるわ。帽子に泣いちゃったって言われちゃうじゃん。玄武は嫌だ玄武は嫌だ玄武は嫌だ……
私の席にはサチが座っていた。邪魔だ。サチはあまり授業に出ないが、成績と授業態度は良く、仕事の事情から学校の理解も得られている稀有なヤンキーだ。この時間に学校に居るのは珍しい。なんてことをしたのですかサチ。あなたが珍しく登校してきたことで、私が玄武寮の生徒になってしまう悲劇が生まれるのですよ。
「サチ、邪魔。どいて」
私の負の言霊を込めた呪詛を全く意に介さず、サチはスマホからゆっくりと視線を上げ、私が手に持ったビニール袋を見て、眉をひそめた。
「またピザトースト?」
「そう」
「よく飽きねぇなぁ。ちゃんとサラダ買った?」
「サチがうるさいから買ったよ」
ハイハイ、そりゃ良かったと呆れたように言いながら、サチはのそりと立ち上がり、私の机の右側に腰掛けた。
あ?てめぇ、私が今からそこを使って昼飯を食べるってのがわかんねぇのか?三割近く占領されてるんですが?激烈に邪魔なんですけど?良い尻しやがって、面積取るんだよ。あれか?傲慢さの表れか?自意識過剰になって虎になったクチか?
サチの尻を少し押しやり、買ってきたものを取り出す。近くのパン屋で買ったピザトーストと、気休めのサラダ。あと白黒つけないカフェオレ。
学校の裏手にある雰囲気がいい感じのパン屋は、味はそれなりなんだけど、このピザトーストだけエグい。特に焼きたてを食べると脳が灼かれる。ピザソースに違法なものが入ってるんじゃないかって噂。
名探偵高校生がペロってやったらすぐキュピーンとされそうなので名探偵は出禁な。
あとたぶんあのパン屋は今すぐピザ屋、もといピザソース屋をやったほうがいい。クラファン勝手に立てちゃおうかな。
「でもよく見つかりませんね。見回りに出てる先生、結構見ますよ?」
私の前の席の犬吠ちゃんが呆れ半分不可解さ半分といった様子で私のピザトーストを眺める。ははーん、さては羨ましいんだね?あげないよ?
しかし犬吠ちゃんの言葉通り、昼休憩に無許可で校外へ外出するのは百パーセント無添加でお届けされた違法行為だ。それでもこのピザトーストはリスクを犯す価値は十分にあると閣議で決まっているので、週二で私はコイツをキメている。
とはいえ、見回りの
「犬ちゃん。
隣の山瀬くんの席で持参のお弁当を食べていたカナデが箸を止めて首を傾げた。
「え?」
妙に意味深なカナデの確認に犬吠ちゃんは虚を突かれたような声を出した。サチがスマホから顔を上げずにぶっきらぼうに答えた。
「犬吠、転入生で兵役やってないから」
「あぁー。そっかぁ」
「へ、へいえき?」
犬吠ちゃんは一年生の終了間際に編入してきた編入生だ。ただでさえ編入生は珍しい上に、人間関係が固まったクラスに馴染むのは大変そうだが、犬吠ちゃんは何の問題もなくクラスに溶け込んだ。複数グループをフラフラしていても皆に嫌な顔をされないあたり、すげぇなって感心してしまう。
サチの補足にカナデはうなずき、考え事をしているときのクセで右斜め上に目線をずらしたあと、犬吠ちゃんにいたずらっぽいほほえみを見せた。
「……ふふ。開発者特権で教えたげよーかなぁ」
「な、何なんです?怖いんですけど。開発者?」
「ねぇハル?たぶんバレちゃうし、いいよね?」
カナデは私へ目配せをした。正規ルートで
私の意図は正しく伝わったようだ。カナデは「これみてー」と、楽しそうに犬吠ちゃんに取り出したスマートフォンを見せる。
「……えっ、なんですこれ?学校の見取り図?……先生の名前?……うご、えっ、これ位置情報ですか⁉」
「そ~。ケッコーすごいでしょ?このQR読んで?」
「えっ、えっ」
戸惑う犬吠ちゃんのスマホでサクサクっと使えるようになってしまったそれは、我が学校の生徒の中で脈々と継がれてきた秘密。
ここは若者が学を修めるために集う場所で、
はじまりは数十年前だという。当時、校内で権勢を誇っていた運動部三年が、近隣のラーメン屋に行きたいあまり、一年生に職員室を見張り報告するように命じた。最初はふざけ半分でめちゃめちゃ長い糸電話だったそれは、情熱と技術の発展により、今では独自のアプリとWebサイトで職員の位置情報がリアルタイムで共有されるシステムに発展している。
私も去年は空調のない特別教室で、夏は蒸し風呂状態の中汗だくになりながら、冬は白い息を出しながら手をすり合わせて、職員が気まぐれに特別教室に近づけばオロオロかくれ、デクノボウのように職員室を見張る軍務にはげんでいた。
苦行すぎて暴動計画さえ立ててもいたし、絶対にこんなおぞましい風習は後世に残すまいと決心していた。
実際、開発を引き継いだカナデの代で、動画の自動検知技術を用いて職員の出入り検知を自動化して、負の連鎖を断ち切ろうという流れもあった。しかし事前の雰囲気では人道的観点から可決するかと思われたその匿名投票は、反対多数で無期限の凍結になってしまった。サイレントマジョリティーってやつ。私も反対した。みんな、コイツは秘密にしてくれよな。
だって、無事お勤めを終えた身で、苦労する一年生を見ながら食べるピザトーストは至高の味だったから。ホント脳内麻薬どばどばに出てる気がする。暴動が起きないように、たまにアイスとか差し入れるのがコツね。あー、私も去年苦労したんだよねぇ……みたいなポジで気持ちよくもなれるし。はー、悪しき習慣って最高!ガンガン引き継いでいこうね!
「はー。なんていうか…なんでしょうね…そこまでする?っていうか」
犬吠ちゃんはだいぶ引いているようだった。わかるわかる、そうだよね。私も昔はそうだった。でもね?知ってしまったの。こちら側の魅力を。
「犬吠ちゃんも、こっちに来ればわかるよ」
「波瑠。なんか怖いですよそれ……」
私はニタリと笑みを見せたあと、犬吠ちゃんの堕落計画を立て始めた。このあたりにはOB、OGが経営している飲食店が多く、学割が効く店がめちゃくちゃある。こういうときはあれなんだよな。ガツンと脳に塩とカロリーを効かせなきゃだめなの。
ハンバーガーとかチーズゴリゴリパスタ的なのもいいけど、犬吠ちゃんはあれかな?味の緩急によわよわな感じがするから、真っ昼間スーパージャンクパンケーキとか行っちゃう?カリッカリのベーコン乗ったパンケーキにメープルかけまくるやつ。アレもいいんだよなぁ。明日食べに行こ。
明日の昼に思いを馳せながら、ピザトーストの紙包みを開けて取り出すと、湯気で少し水気を含んだパン生地が手に吸い付いた。その感触で現実に帰る。ごめんね?早く食べないと冷めちゃうね。お前ときちんと向き合って食べるからね?
たまらずかぶりつくと、バチバチに決まったピザソースの酸味とマッシュルームが口の中に広がり、その後にパンの甘みがやってくる。口の端からピーマンの切れ端が零れそうになって、慌てて咥え直した。
サチからは散々サラダから食べたほうが良いとか言われてるけど、この戦場でそんな悠長な振る舞いをするやつは、素人もいいとこ。気取るやつはすぐに利用される側に回る。(私が)食うか(容赦のないクラスメイトに)食われるかでやってんだコッチは。そもそも最近のヤツには(血糖値)アゲていこうって覚悟が足りねぇ。
「でもハルぅ。さちこの言うとおりだよぉ?野菜、食べるしゅーかんをつけておかないとダメ。中年になってから10パーセントくらい死亡率がちがうんだからぁ」
お昼代も充分もらってるのに、ダメなんだよぉー?とカナデが甘い声と間延びした口調で、可愛らしく指を立てつつ、ガチ目の数字を出しながら詰めてくる。やめろサチ、うなずくんじゃねぇ。
「……太く短くがモットーだから」
リアクションに困って訳のわからんことを言ってしまった。ホントは毎朝ぁ、寿司とか食ったりしつつぅ、長生きしてえんす。
「太く短くっていうのはぁ、テキトーな食生活で、おデブちゃんになって早死にするってことじゃないよぉ?」
「……」
カナデはゆるふわ系ギャルの見た目とあざとい振る舞いで、まるで飴と夢で生きてるようなイキモノに見えるが、数値と理論を信奉するゴリゴリの理系なので会話に容赦がない。鬼かよ。カナデ、鬼コス似合いそうだね。
「私は長生きしておばあちゃんになった後もぉ、ハルとお茶したいなぁ〜」
私が間違っておりました。カナデはあまぁーい飴も標準装備でした。そういうのも出来るの?どういうスキルツリーたどったらそうなるの?ごめんね。恥ずかしいから、うんって言えないけど、私もお婆ちゃんになったカナデとお茶したいから次からサラダも買うね?
軽く肩をすくめながらふた口目を投入して、このピザトーストは無限に食えるという確信を得たところで(実際は1枚半までで限界)カフェオレのパックにストローを突き刺した。うーん。ちょっとのどが乾いていたから、水も買ってきたほうが良かったかも。
誰かお茶とか余ってないかなとおもい、見回した。犬吠ちゃんがミルクティー、カナデがバナナオレ、サチがガチ系のココア。甘党の集まりかよ。ガチ系のココアでどんな飯食ってたの?
とりあえず、とカフェオレを口に含んだ。白黒つけないとか言ってる割に、結構な甘みと僅かな苦味。口の中がめっちゃ甘いしちょっとベトベトする。これはだいぶ白よりの白って感じじゃないです?とりあえずお題目だけ立てて、環境も整えず、九対一位の割合で機会を専有してるのにこれで平等ですよねって言ってる感じ。あっ、そこっ!それ以上やめてください!政治の話をする気はありませんよ!
犬吠ちゃんとカナデはここ数日の私達のトレンドである、ポストアポカリプス世界における命運を共にしたい犬種について熱い語り合いをはじめた。
私の席の机に座るサチもけだるげにスマホをいじりつつ、時折、熱い意見を差し込んでいた。ゆるい雰囲気。今ならどんな馬鹿げたネタでもさらさらと流してくれそうな。
わたしは、なんとなくだけど、今かなと思ってしまった。
「昨日思ったんだけどさ」
自分から出た声が思ったより教室に響いて焦る。クラス中が聞き耳を立てている気がする。
いざってときに、音量調節できないやつは何をやってもダメ。頭の中でしか喋ってないからそういうことになるんですよ?なんなら【思ったんだけど】の、「お」でもうトーンを間違っていることには気づいていたけど、止まれなかったし、勢いで言い切った。
見事に空気をぶち破ったこのシーンは、やぶからぼうという言葉の使用事例として、将来、発売されるかもしれない動画事例付き辞書に売れるかも。誰か動画撮ってない?イェー。未来の私見てるぅー?
「ん〜?」
「はい?」
「あん?」
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