異世界魔王と七不思議 ~現代日本最強の七不思議 vs かつて江戸を壊滅させた最強最悪な七人の悪霊~

ぽにちっち

第1話 二つのプロローグ


───プロローグ・1


───西暦1786年(天明6年)

───江戸城



この七霊、まつるべからず。

この七災、記すべからず。

この七害、弔うべからず。



江戸幕府・第十代将軍『徳川家治とくがわ いえはる』の寝室の戸がゆっくりと開いた。

中から出て来たのは養子として迎えられた『徳川家斉とくがわ いえなり』。

その様子を見ていた老中『田沼意次たぬま おきつぐ』は、足早に家斉いえなりへと詰め寄った。


家斉いえなり様、将軍の容態は…!」


意次おきつぐか…」


「……うっ!?」


意次おきつぐ家斉いえなりの服が、血でベッタリと濡れていることに気が付いた。

チラッと見えた寝室の中は、壁、天井に至るまで赤黒く染まり、凄惨な有様だ。



家斉いえなりは青白くも、それでいてどこか決意を固めた表情で告げた。


「…意次おきつぐよ、今、この時より私がである。皆を集めよ、の遺言を伝える」


家斉いえなりの言葉から、家治いえはるが死んだと察せられた。

覚悟していた事とはいえ、自分を重用してくれた家治いえはるの死に、意次おきつぐはショックを隠しきれなかった。


「…くっ、…承知致しました」


意次おきつぐは言われた通り、になってしまった江戸城の家臣達を広間に集めた。




家臣達が広間に集まった頃、家斉いえなりが登壇した。


(生き残っている者は…、たったの…これだけか…)


家臣達を見回した家斉いえなりが沈痛な溜め息を漏らした。


かつて広間を埋め尽くす程にいた家臣も、今は指で数えられる程にしか残っていない。

その僅かな家臣達の前で、家斉いえなりの演説が始まった。



「知っての通り、前将軍 家治いえはるは、によって死んだ。全身の、爆ぜ死んだ」


家臣達は涙ぐみながら聞いている。

「『骨盗ほねとり』の呪いだ…」

そう呟く家臣もいた。



「今より亡き家治いえはるの遺言を告げる。これの内容を記録する事は許さぬ。先ずは…」


広間に緊張が走る。



「先の『七人』。

生前、日本ひのもとの人口のを殺害した『七人』。

そして遂には念願叶い、日本ひのもとが一丸と成り討伐に成功した『七人』。

しかし死後、呪いと成り、日本ひのもとの人口の、さらにを死に追い遣った『七人』。


すなわち、


極拳きょっけん』 大島おおしま 清一郎せいいちろう

辻斬つじぎり』 釜遊亭かまゆうてい 二衛門にえもん

人語ひとがたり』 カミュ エスポジート

思心割離ししんかつり』 四恩しおん

骨盗ほねとり』 紅山べにやま 田五作たごさく 

不殺ふさつ』 助六すけろく

虐殺ぎゃくさつ』 おしち 」


「ひぃっ…!」と何人かの家臣が声を漏らす。

その七人の名を聞いただけで、恐怖で顔を引きつらせ体を震わせた。



途方をない数の人間が死んだ。

生き残った人間も、この世が現実なのか地獄なのか、判別が着けられる精神状態ではなかった。


最早この国で神や仏を信じている者は居ない。

いや、生き残って居ない。

日本中の坊主や僧は、呪いの鎮静化を試みたが為に、一人残らず狂い死んだ。

宗教に携わる人間が死滅した事で、この時の日本は、完全なる無神国家と成っていた。



家斉いえなりは話を続けた。


「この『七人』が存在したという痕跡をする。

過去に記した『七人』に関する記録は全て燃やせ。伝聞にも箝口令かんこうれいを敷け。

そして、死者の数を出来るだけ少なく見積り改竄せよ。

『七人』に殺されたのではなく、飢饉や浅間山の噴火、悪政により死んだと捏造せよ」



「そ、それはあんまりに御座いまする!」


義に厚い家臣達が、悪政という捏造内容に反発して声を荒らげた。


「それでは家治いえはる様は後世に暗君として伝わってしまわれます!」

「あの糞芥にも劣る外道七人を討伐できたのは、家治いえはる様の尽力の賜物!」

家治いえはる様は初代将軍家康いえやす公をも凌ぐ名君にあらせられるお方なれば!」



「……後の世の為だ」



家斉いえなりのその一言で、家臣達は静まり返った。



の呪いは、もはや対処できぬ。今でこそ呪いを封印…、いや、あれは封印と言えぬな。ただ鉄と鉛で埋め立てただけだ。深く深く、あの『現場』ごと埋め立てただけにすぎぬ。そして、呪いが薄れゆき、行き届かなくなるまで、今はただ待っているだけにすぎぬ…」


家臣達は涙ぐみながら押し黙った。



「後の世の民が、此度の件を知り、興味本位であれに接触してしまえば、再び呪いが世に溢れ出る可能性がある…!」


家斉いえなりは語気を強めた。


「それを防ぐには…! 未来の日本ひのもとを守る為には…! 此度の件、歴史上から完璧に隠蔽する必要があるのだ! これは家治いえはるの意思、最後に託した願いである!!」



「うぅっ…!」

家治いえはる様ぁ……!」


家臣達は泣き崩れた。



家斉いえなりは再び語りだす。

家治いえはるの遺言はこう続いた。



この七霊、まつるべからず。

此度の呪い、祓えるものにあらず。鎮まるものにあらず。故に祠や塚にて形に残してはならぬ。


この七災、記すべからず。

此度の災い、書き記してはならぬ。言い伝えてはならぬ。後世に知る機会を与えてはならぬ。七人に関するあらゆる痕跡を残してはならぬ。


この七害、弔うべからず。

此度の犠牲者、被害者に対し祈ること、崇めること、慰めることを禁じる。死者への詮索から、後世に七人の存在を悟られてはならぬ。


最後に、生き残った民よ。

子を産み、育てよ。

荒れた農地を耕し、あきないを再開せよ。

再び文化を起こし、笑いあえ。

未来に希望を持て。

そしていつの日か、日本ひのもとを復興せよ。




「悪政の全責任は、老中であるこの田沼意次たぬま おきつぐが負いましょう。それで家治いえはる様の名声が少しでも保たれるのであれば、これ程嬉しい事は御座いません」




後に、家治いえはるの死因は心不全という事になった。


日本史上最大の死者を出したこの事件は、『天明の大飢饉』である、とでっち上げられた。


途方もない死者数は、可能な限り少なく見積もられ、死の原因は飢饉、浅間山の噴火、一揆、田沼意次たぬま おきつぐの失政であるとされ、これらを総じて、『天明の大飢饉』であると後世に伝わる事となった。


こうして『七人』の存在は、当時の江戸幕府と国民により、歴史の闇に葬られた。




……令和7年の、その時まで。



─────────────────────────────────────



───プロローグ・2


───剣と魔法の世界・アルマリア

───アルマリア歴4079年 魔王城



勝負は決した。


勇者の放った渾身の一撃は、魔王『ラーゼロン』の胸を深く貫いた。


「がはっ…! どうやら…、此処までのようだな……」



勇者はラーゼロンの胸から聖剣を引き抜くと、勝者とは思えない悲痛な表情を浮かべた。


「魔王ラーゼロン……。本当に、こうするしかなかったのか…?」


どこか後悔しているかのような声色で尋ねる勇者に対して、ラーゼロンは慰めるように応えた。


「そうだ…。人族と魔族、互いに手を取り合うには、憎しみの刻を重ね過ぎた…。どちらかが亡びるまで、この戦争は終わらない…。ならば、もはやこの手しかあるまい…。我が死ねば、魔界へのゲートは閉ざされる…。これで人間界と魔界は完全に断たれる…。そうなれば、いくら憎しみが深かろうが互いに干渉できまい…」


「だからって、お前が犠牲にならなくても…!」



バッ! と、ラーゼロンは漆黒のマントをひるがえし、高らかに宣言した。


「誇るが良い、人族の勇者よ! 貴様は見事、この魔王ラーゼロンを打ち破り、世界に安寧をもたらしたのだ!」


「くっ……!」


「…これで良いのだ。人族は魔族の脅威が去った人間界で、魔族は人族が存在しない魔界で、それぞれ平和に暮らすだろう…」


「…それでも俺は。俺はお前と…、友達になりたかったよ…」



「……ならば最後に、我の頼みを訊いてくれるか?」


「…っ?」



「魔界のゲートが閉ざされたならば、人間界に取り残される魔族も少なからず居るだろう…。どうか、その者達を保護してやってくれ…。迫害せずに、手を差し伸べてやって欲しい……」


ラーゼロンの最後の願いに、勇者は力強く応えた。


「…ああ、任せてくれ! 勇者の誇りと、創生の女神アルマリアに誓って、約束するよ!」


「…ふっ。頼んだ…ぞ……」



ラーゼロンの体が、光の粒子になり、徐々に崩壊していく。



「さらばだ……。勇者…よ……」



ラーゼロンは静かに瞳を閉じた。

光の粒子は霧散し、遂には一つ残らず消えてしまった。



こうして魔王ラーゼロンは、剣と魔法の世界・アルマリアから完全に消滅した。



………


………………



『ピンポンパンポーン』

『第3運動場で、未確認の霊気反応が検出されました』

『生徒の皆さんは職員、の指示に従って、避難してください』

『第3運動場付近のは、霊気反応の対処に向かってください』



そんな放送の音で、ラーゼロンは目を覚ました。

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