EP19 縛りプレイと闇を刈るもの

 トールたちを乗せた馬車は、ウフの街を出発して以降は何の襲撃もなく、順調に王都への道を進んでいた。


 小高い丘に位置するルーウィックからは、王都への街道はゆったりとした下り坂となっていて、しばらく進むと大きな川が流れている。その川には、馬車の往来も問題なくできる大きな石造りの橋が架かっている。


 トールたちの馬車は昼過ぎにこの石橋に到着した。日中にもかかわらず、人も馬車の往来はほとんどなかった。


 トールは荷台の窓から、馬車が石橋の前で停車したことを確認した。

 

「さて、件の橋に到着したわけだが――さすがにここで敵さんが待ち伏せってことは無いよな?」


「わかりませんわ。これまでも急な襲撃はありましたから、注意して進むに超したことはありません」


「それなら、いったん馬車から降りて、私達が先行して渡ろうか?」


「ああ、そうしよう。おっちゃん、俺達が先に渡るから、それまでここで待っててくれ」


「ええ、わかりました。お願いします」


 トールたちは荷台から降りると、馬車を背に石橋へと向かった。


「トール、盗賊の固有能力で罠がないか、わかったりしない?」


「ええと……」


 トールは目の前の石橋に意識を集中させた。しかし、特に何も変化は起こらなかった。


「特になにも見えなかったな……固有能力が無いのか、罠がないのか、ちょっとわからないぜ」


「そうですか、では、トールさんがまず向こうまで歩いて行って見てください」



「げーっ、なんで俺だけ先行させるんだよー!?」


「あなたは盗賊ですし、身軽なので罠があっても避けられるはずですわ」


「それもそうね。トール、お願いね」


「ちぇっ、しかたない、渡ってみるか……」



 トールは石橋の中央から、ゆっくりと足を踏み出した。


「端の方から渡らないんですか?」

 

「セオリー通りなら、端を渡るべからずってね」


「……それはダジャレです」


 軽口をたたきながら、ゆっくりと歩を進める。その間、左右のらんかんにも目をこらしてみたが、おかしなものは何も見当たらなかった。


 トールは橋の上で軽くジャンプしてみたり、地面を踏みつけたりしてみたが、橋が揺れたりすることもなかった。


 トールは何事もなく、そのまま橋を渡りきった。端の全長は10メートルほどであり、トールとアルデリアが距離を保てる範囲にあった。


「おーい、特に何もなかったぞー」


「わかりましたわ。それじゃあフレイさん、私達も行ってみましょう」


「うん、今度は端を歩いてみよう」


 アルデリアとフレイはそれぞれ左右のらんかんの脇をトールと同じように歩いて渡りはじめた。らんかんに手を触れたりしても、動いたり橋が揺れたりすることはなかった。


 橋の中腹で、アルデリアは川の様子を観察した。橋から川までは8メートルほどの高さがあり、川幅は広く、澄んだきれいな水が流れているが、その流れは想像以上に速かった。


「ここから落ちたら、助からないかもしれないですわね」


「そうね、泳ぎのスキルでもあれば、なんとかなるかもしれないけど……」

 

 そうこうしているうちに、アルデリアとフレイも石橋を渡り切り、トールと合流した。


「何もおかしなところは無かったし、壊れそうな気配もないし、俺達の気にしすぎだったか」


「そうですわね。これなら馬車も問題なく通れそうです」


「おじさーん、渡って問題なさそうだから、馬車をこっちまで移動させてくれるー?」


「ああ、わかったよー」


 御者はトールたちの合図で馬車を進ませた。馬は橋の中央からゆっくりと馬車を牽引して石橋を渡り始める。


 そろそろ橋の半分を渡りきろうかというそのときだった。馬車は急に動きを止め、馬も御者も硬直したように動かなくなった。


「お、おいおい、どうしたんだよおっちゃん!?」


 直後、どす黒い煙が馬と御者の足下から立ちこめ、馬車を包み込みはじめた。それに伴い、直後まで晴れていた空一面に、黒い雲がかかり、あたりを暗く染めはじめた。


「おじさん、大丈夫っ!?」


 それを見たフレイが慌てて馬車の方へかけだした。そして煙のそばに近づいた瞬間、見えない壁があるかのごとく、その体は弾き飛ばされた。


「……くっ! これじゃ近づけないわ!」


 すぐさま、馬車を覆っていた黒い煙はちりぢりになり、その中から、鎧をまとった黒い馬と、ボロボロの荷台を従え、馬車にまたがる甲冑の姿が現れた。


 甲冑は右手に大きな槍を構え、そしてその頭部は闇に覆われ、存在していないように見えた。


《闇を刈るもの デュラハン ★》

 

 モンスターの上部の名前と、その横につけられた星印を見て、フレイは身震いした。


「そ、そんな……、星付きのモンスターがっ……!!」


「星付き? フレイ、なんだ、星付きって!?」


「通常のモンスターより格段上のレベルのモンスター……いわゆるボスクラスモンスターよ! 私とパートナーが闘って敗れたのも、星付きのモンスターだったわ……」


「げぇぇ、そんな強いモンスターがなんでここに……っていうか、俺達が乗っていた馬車もおっちゃんも、モンスターだったってのか!?」


「いいえ、そんなことは無いはずですわ。もしモンスターだったのなら、私達をここまで移動させるはずがありませんもの!」

 

「その通りだ……」


 低く、空気が震えるような圧を伴って、デュラハンはどこからともなく声を発した。


「この橋には、お前たち以外を我らのような存在に変える術が施してある……」


「俺達以外って……まさか、NPCだけにかかる呪いの罠だって言うのかっ!?」


「そんなことって……NPCまで犠牲になるなんて。こんな滅茶苦茶なこと、誰がやっているのよっ!」


「お前たちが知る必要は無い……なぜなら……」


 デュラハンは右手の槍を大きく天にかかげた。


「……お前たちは、ここで皆、死亡ロストするのだからな……」

 

デュラハンの槍の先に漆黒の玉があつまりはじめた。そして、その槍を振りかざした瞬間、漆黒の玉は黒い煙を吐きながらトールたちめがけて放たれた。

 

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