EP7 縛りプレイと少女の過去

 広間に潜んでいたネズミ型のモンスターを倒した二人は、遺跡の奥に続く道を進んでいた。


「そういや、俺の方の自己紹介がまだだったよな。俺はトール。このゲームはじめて1日目、つまり完全に初心者ってわけ」


「ええ、そうだと思いました。それに……」


 アルデリアはトールの服装を一瞥して言った。


「その格好、盗賊か何かをされていますわね」


「ああ、すぐ近くの街の盗賊ギルドで育ったんだ……って、俺がこのキャラクターになるまでのNPCが、だけどな」


「そうですか、ルーウィックの盗賊ギルドの……」


 アルデリアはトールの方には顔を向けず、俯いたまま何かを考えているようだった。


「アルデリアは? 名の知れた家系って言ってたけど、この辺りじゃ有名人だったりするのか?」


「私が有名人というわけではありませんわ。ただ、私の家はお爺さまもお父様も、代々ルーウィックの評議会で議長を務めてきたので、家の名前はそれなりに知られていますの」


「そりゃ、けっこうな家柄なんだな。でも、なんでそんな名家のお嬢様が、こんなところで冒険者なんかやってるんだ?」


 トールが聞くと、はたとアルデリアはその足を止めた。そうしてしばらく無言でいたが、何かに納得したのか、そのくりっとした目をトールに向けた。

 

「トールさん、1つお願いがあります。この遺跡を出たら、あなたの所属している盗賊ギルドに連れて行っていただけませんか?」


「へっ? そりゃ、もちろん構わないけど……。盗賊ギルドに用なんかあるのか?」


「ええ、ちょっと聞いてみたいことがありまして……。それから、私たちが受けた呪いのようなスキル、あのスキルがずっと有効ということは、これは不本意ですが、これからはトールさん、あなたと一緒に行動しないといけないということになります」


「ああ、確かに、そうなるのか……」


「ですので、これも運命のいたずらと思って、あなたには話しておきます。私が冒険者になった理由、それは――」


 一呼吸置いて、アルデリアはトールに告げた。


「――私のお父様を殺した犯人を、探し出すためですわ」


トールは、アルデリアのかわいらしかった表情が一層険しくなるのを見て取った。

 

「……! な、殺されたって、どういうことだよ!?」


「数日前、私がルーウィックにある神学学校から帰ると、評議会の議員の方が何名か私の自宅の前に集まっていました。話を聞くと、お父様が評議会に何の連絡もなく顔を出していないというので、心配になって見に来たのだそうです。そして、私がその方々を連れてお父様の部屋に行くと、中では血まみれの状態で、お父様が床の上にうつ伏せで倒れていたのです」

 

(おいおい、これゲームの中の話だよな……?)


 トールは殺人事件が、ゲームの中で起こっていたことに衝撃を受けた。


「お父様は背中を鋭いナイフのようなもので刺されて即死だったようです。そして、お父様の机の上の紙に、一言だけ、文字が書き殴られていました。『南の遺跡』と、ほとんど読めないような文字でしたが、そう書かれていました」


「『南の遺跡』って……まさか、今俺たちのいる……」


「はい、おそらくここのことで間違いないでしょう。現に、私がその文字を読んだとき、ゲームシステムからクエストを受けるか聞かれました。それは、私の父殺しの犯人を捜し出すという内容で、その第一段階として南の遺跡に向かうようにと、表示されていましたので」


「そうだったのか……でも、俺が聞いた話だと、今朝俺のギルドのメンバーがこの遺跡があることを初めて見つけたって言ってたぞ。それで俺が用を見に来たんだが……」


「ええ、この遺跡のことはもちろん私も知りませんでしたし、私が街の人たちやほかのプレイヤーと思われる方々に伺っても、知る方はおりませんでしたわ。ですので、今日まで、街の南側を一人でこっそり探索して、そしてようやく遺跡の場所を見つけて、入ってみたのです」


「そうだったのか。いや、なんか話の展開が強烈すぎて、もうついて行くのも必死なんだが……とにかく、アルデリアの父ちゃんの仇を探すってのが、冒険者になった理由、ってことか」


 こくり、とアルデリアは小さく首を縦に振った。


「そして、私たちはあの宝箱から少し形の変わったナイフを見つけました。私は一目で、お父様の殺害に使われたナイフではないかと、直感ですがそう思ったのです。ですから、あのナイフを盗賊ギルドの方に見せて話を聞けば、何かわかるのではないかと思うのです」


「おいおい、もし盗賊ギルドが、この殺害の件に関わってたらどうするんだ?」


「その可能性は低いでしょう。なぜなら、トールさん、あなたがさっき言ったとおり、盗賊ギルドもこの遺跡のことは今日まで知らなかった。その場所にあなたを派遣したのであれば、盗賊ギルドが関わっているとは思えません」


 トールはギルド長カルグリークの顔を思い浮かべた。


(――確かに、おやっさんがそんな凶悪な事件に関わってるなんて、ありえないな)


「わかったよ、アルデリア。まずこの遺跡を出て、盗賊ギルドに向かおう。俺がおやっさん――えっと、ギルド長なんだが、話をしてみるからさ」


「助かります、トールさん」


「ところで――」


 トールは再び遺跡の先へ歩みを進めながら、振り返ってアルデリアに聞いた。


「数日もこの付近を探してたって、街には帰ったりはしてたのか?」


「いえ、時間をかけたくなかったので、近くで野宿をしながら過ごしていたので、街には帰っていませんわ」


「それじゃあ、家の人とか心配してるんじゃないのか?」


「いえ、私はお父様と二人暮らしでしたので、特に心配する人は……、むぅっ!」


「むぅ?」


 アルデリアは元々大きく丸い目をさらに見開いて、変な声をあげた。

 

「あの、私、慌てて飛び出してきたので、神学学校に何も連絡をしていませんでした……」


「……もしかして、今頃、行方不明で騒ぎになってたりしないか……?」


「――トールさん、大急ぎで帰りましょう!」


「まかしとけ、俺の『ファストムーブ』で一足先に――」


「! だから、私から離れたらダメですからねっ!?」


 アルデリアが叫ぶより一足早く、トールのスキルが発動し、そして――


 ビカーン、という音を立てて、アルデリアの約10メートル先でトールは地面に倒れ伏した。


「……くそぅ、また忘れてたぜーっ……!」


「10メートル離れたら、こうなりますから、ちゃんと覚えててください!」


「さっきレベルアップしたから、11メートルだろ?」


「そんな細かいことはいいんですっ!!」


 あきれ顔をしたアルデリアがトールの横を通り過ぎて、前方へスタスタ進み始めたのを見て、トールは慌てて体を起こし、その姿を追った。

 

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