EP4 縛りプレイと初モンスター

「おはよう、おやっさん」

 

1階に下りたトールは、部屋の隅にある丸テーブルに腰掛けている「おやっさん」こと、ギルド長のカルグリークの姿が目に入った。


(――NPC、なんだよな……)


 トールは、あまりにも自然な動きと会話に、一瞬、自身の中にあるカルグリークの記憶を忘れるほどだった。

 

「おう! もう昼過ぎになっちまったぞ」


 そう言いながら、カルグリークはポケットの中から小さな瓶を取り出すと、栓を開けて一口飲んだ。――間違いなく酒だ、とトールは直感した。

 

「今朝若い衆から挙がった報告によりゃあ、南の町外れの方で新しい遺跡が見つかったらしい。お前も今日は非番だったろうから、退屈しのぎに見てきちゃどうだ? 俺も詳しい話は聞いてねぇから、興味があったらフィオナに聞いてくれ」


 フィオナはこの盗賊ギルドの受付嬢だ。年齢は18歳前後で、今日も肩まである髪を後ろで結わいて動きやすい髪型にしている。数年前からこのギルドで受付嬢の仕事をしているが、このギルドに入り浸っている冒険者やギルド員に食事を提供したり、宿泊者の管理をしたりと、ウェイトレスやホテルマンさながらの仕事もこなしており、このギルドには欠かせないメンバーの一人である。


 カウンターの方に目をやると、フィオナがテーブルの上を整えているのが見えた。トールは片手をあげながらカウンターの方へ向かった。


「おはよう、フィオナ。今日も忙しそうだな」

 

「あら? トール、てっきり朝早くに出て行ったんだと思ってたけど、今頃起きてきたの?」


「ああ、ちょっと昨日は疲れてたみたいだからな。それで、新しい遺跡が見つかったって聞いたけど……」


「そうなのよ、なんでもうちの若いギルド員が隣街からの任務の帰りに偶然見つけたらしくって。まだ他のギルドにも情報は伝わってないはずよ。はい、これ、ギルド員の報告メモよ」


 隣の街へは徒歩でも行ける距離であり、交流を図るためにギルド員も頻繁に行き来している。それでも、そんな遺跡は今日まで見つからなかったのだという。


 トールはフィオナから紙を受け取り、書かれているものを見てみた。文章は見たことのない文字で書かれていたが、すぐに目の前にポンッとウィンドウが現れ、日本語で内容が映し出された。


 ~クエスト:遺跡の捜索~

 街の外に新たな遺跡が発見された。遺跡の中の様子を探ってほしい。

 対象レベル:Lv 1以上


(クエストなんてものもあるんだな。でも、Lv 1から挑戦できるってことは、ゲームのチュートリアル的なものかもしれないな)


 トールは、まずはゲームに慣れるために、早速クエストを受諾することにして、ウィンドウの『OK』のボタンを押した。


「フィオナ、それじゃあ俺がちょっと見てくるよ」


「ホント? じゃあ、トールにお願いするわね! よろしく~」

 

「おう、じゃ、早速行ってくるよ」


 年季の入った木製のドアを開けると、そこは石畳の大通りだった。トールは現実の世界では訪れたことはなかったが、それが中世ヨーロッパ風の町並みであることは明らかだった。

 

 その通りはたくさんの人で賑わっていた。おそらくはほとんどがプレイヤーなのだろうが、NPCとの区別がつくのか、トールにはいまいち自信が持てなかった。


「さて、南の町外れの方だと言われたけど、どっちなんだ? よく考えたら、地図とかは持っていないんだな……」


 トールは道行く人を捕まえて、大通りをまっすぐ抜けると南側の門に着くことを聞き出した。すでにゲーム発売から1週間ほど経って、大分手慣れたプレイヤーも多数出てきているのだろう。あちこちでパーティーとおぼしき一団が談笑し、また露天で見たことのないアイテムを売っている人たちも見受けられた。

 

 面白いことに、トールはNPCのレベリオの記憶を持っているのだが、アイテムなどに既視感は覚えなかった。つまり、ゲームキャラクターの設定上の、人間関係の繋がりなどの情報は記憶として引き継がれるが、ゲームアイテムなどはプレイヤーの知識と同じで、まったく知らない状態になっているようだった。


 そんな風に街の様子を観察していると、いつの間にか大通りを抜け、南側の城門に到着した。門には兵士が立っていたが、特に何も言われることは無く、トールはそのまま門を通過し、城壁の外へと出られた。

 

 外をしばらく歩き振り返ると、先ほどまでの街は少し高い丘陵にあることが見て取れた。道の先の眼下には広い草原と、途中に点在する森林が広がっている。


(すごい景色だ……)


これがゲームの中の風景だとはわからないほど、その自然の情景は本物のようだった。時折吹く風の寒さや匂いまで感じ取れるほどだ。


 その景色に感動していると、ふとトールは重要なことを思い出した。それは、ゲーム中では、現実世界に置いてある武久のガイドを読めないという事実だった。


(しまった、キャラクターを作るところまではある程度見ておいたんだが、ゲームプレイの詳細は見てこなかったなぁ……)


 一度ログアウトして出なおうそうかと思った瞬間、近くの茂みがガサガサと音を立てて揺れ、そしてすぐに茶色い物体が飛び出してきた。


「グルルルルッ!!」


 それは、トールに敵意をむき出しにした、オオカミのようなモンスターだった。


「へぇ……。RPGの定番じゃ、ゼリー状のやつとか、子鬼みたいなやつが序盤に出てくるのがセオリーだと思っていたが、こいつはホントにリアル志向ってことだな……」


トールは、予想外の敵の出現に驚きながらも、腰のベルトに収まっているナイフを手にした。


「よーし敵さんよ、これが俺の初戦闘だ、いっちょかましてやるぜーっ!」

 


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