第16話 ハプレーナ王国からの賓客

「お待たせ。こっちがソフィアで、こっちが師匠の分。 料理もほら!」


 ようやく戻ってきたレオは、飲み物だけでなく料理も持ってきてくれた。近くのテーブルに置いて、三人で乾杯することにした。


「サリー王女の生誕に乾杯!」

「「乾杯」」


 レオがとってきてくれた柑橘系のジュースは、爽やかな香りとさっぱりとした甘さで料理にも合いそうな味だった。


「とても美味しいです。前にレオと出かけた時にいただいた桃も美味しかったし、モユファルは果物がとても美味しいのですね」


「気候が良いからね。俺も初めて食べた時、感動したよ」


 三人で料理を食べたり、顔なじみの人とお話したり、穏やかな時間が流れていた。


(楽しい! パーティーが楽しいって思える日が来るなんてね。ハプレーナにいた頃には想像も出来なかったわ) 


「あ、サリー様がいらっしゃったわ!」

 

 誰かの声が聞こえて皆が一斉にそちらを向く。本日の主役であるサリー王女が中庭にも来てくださったようだ。


(あれがサリー王女……凛とした方ね。皆が心からお祝いしているのは、きっと素敵な方だからね。……あれ? 後ろにいるのは……)


 サリー王女の後ろを歩く賓客の中に見知った顔が二つ見えた。


 マリアと王子だった。

 仲が良さそうに会話をしたり、笑顔で市民に向かって手を振ったりしている。


(あ……二人は結婚出来たのね。あの後どうなったか分からなかったけれど……でも、良かった)


 良かった、そう思ったのだ。

 もうハプレーナのことなんてどうでも良いと思っていたはずなのに、二人が仲良く歩いているのを見てホッとしていた。


(私、本当は自分のせいで二人の仲が壊れるのを恐れていたのね)


 私はマリアのことが心の底から嫌いだった訳じゃない。嫉妬に狂う前は本当に親友だと思っていた時期もあった。だから自分の心を改めた今、王子とマリアの二人を心から祝福出来たのかもしれない。


 二人の表情は想像と違っていた。以前からお似合いなカップルと評されていたけれど、夫婦になったことで結束感が増したように思う。


「……ィア、ソフィア、大丈夫?」


「もう帰るかい?」


 レオとジョナスさんもハプレーナの賓客が誰か分かったようだった。

 私が黙り込んだまま彼らを見つめていたから、心配してくれたようだ。


「驚きましたけど、大丈夫です。元気そうで良かったって思えるんです。特に王子……アラン様には迷惑をかけた後、何も話せずにお別れしましたから。……本当に良かった」


 私がそう言うと二人ともホッとした表情になった。


「そっか、じゃあ最後まで見ていこうか」


「せっかくサリー様が来てくださったことだしな」


「はい! もちろんです。最後まで見ていたいです」


 二人を心配させたくないのは勿論、もう少し見ていたいと思ったのは本当だ。彼らに会えるのは今日が最後だろうから。


 劣等感や嫉妬に苦しんでいた王子は、どこら吹っ切れたような晴れやかな表情をしていた。

 王子は私の暴走で一番迷惑をかけた人だったから、元気そうな姿を見て安心した。


(彼が私みたいにならなくて本当に良かった。どうか幸せに……)


 心のなかで祈りながら行列を眺めていると、ふと、王子がこちらを見た。


 目が合った瞬間、王子は驚いた顔をしたをしていたけれど、私が微笑むとフッと笑って目線をそらした。


 その時ようやく私の心が軽くなった。


 きっと王子もマリアと上手くやっていく術を身に着けたのだろう。あの頃みたいに劣等感を他人と共有しなくても大丈夫なのだろう。

 なんとなくだけれど、そんな風に見えた。


(私が変わったように、皆も変わったんだわ)


 私には私の、彼らには彼らの人生がある。

 あの頃は表面だけ見てマリアの人生に嫉妬していた。マリアにはマリアの悩みや苦しみがあったのかもしれないのに。

 もちろん今でも想像はつかないけれど、相手の人生は表面しか見えていないのだということを忘れないようにしよう。


 今日、ようやくそう思うことが出来た。


(ハプレーナの人達とはもう二度と交わらない人生だけれど、関わったことは絶対に忘れないわ。……そうだ、最後に一つだけ……)




 ガーデンパーティーから帰宅した後、私は手紙を書いた。


『これはお返しします』


 その一言だけを添えて、お母様からもらったネックレスを送り返すことにした。

 両親に言われた数々の言葉で傷ついたのは確かだが、最後の最後で私に「生き抜きなさい」と言ったのも本心だったはずだ。


 だからこれは返そうと思う。もう私は大丈夫だから。親不孝な娘だったけれど、最後の願いくらいは叶えよう。

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