第13話 ソフィア・リーメルトという人(※レオ視点)

 あの日は何とも不思議な日だった。

 師匠とともにハプレーナへ買い付けに行った帰りに、一人の少女と出会ったのだ。


 ハプレーナを出てすぐの木陰に彼女はいた。

 遠くからでも目立つ服装は貴族のそれだ。なぜ貴族の娘が一人でこんなところにいるのかは分からなかったが、一応師匠に報告をした。


「師匠、前方に貴族の娘らしき少女が一人、うずくまっています。声を掛けますか?」


「ほお……何か事故かな。止まってくれるかい? 念のため周囲の警戒も頼む」


「はい」


 近づくと少女が顔を上げた。どうやらこの何もない平地で居眠りをしていたようだ。

 しかも師匠が声を掛けると不貞腐れたようにこう言い放ったのだ。


「私は国外追放されたの。国一番の悪女だから。……だから戻る場所なんてないわ」


 その雰囲気に驚いた。


『ほっといてくれ! 俺は捨てられたんだ。家族にも騎士団にも』


 師匠にそう叫んだ数年前の自分とそっくりだったからだ。

 師匠もそう思ったに違いない。自分の時と全く同じように、少女と取引をはじめたのだから。


(こりゃ、師匠は連れて帰る気だな。まあここにいるよりかは安全だし、彼女はラッキーだな。……俺と同じで)


 読み通り、彼女を連れてモユファルに帰ることになった。馬車の中でどんな会話があったのか分からないがモユファルに着いた時、彼女の顔つきが変わっていた。

 礼儀正しくお辞儀をする彼女を見ていると、こちらが本来の姿であろうことが窺えた。




 翌日から一緒に働くことになった少女はソフィアと言った。

 彼女はモユファルに来てからずっと真面目だったし、仕事に対して勤勉だった。国一番の悪女だと言い放っていた面影はどこにもなかった。


 ただ時折見せる不安そうな顔を見ていると、手を貸してあげたくなった。


(俺が師匠に救われたように、今度は俺がソフィアの助けになりたい)


 俺は過去の自分と彼女を重ねていた。彼女が救われれば、自分が救われるように思ったのかもしれない。

 まあ、そんな自分勝手な思惑を抜きにしても彼女の姿勢には心を打たれるものがあった。だからこそ師匠も彼女を雇い、世話を焼いているのだろう。


(ソフィアが気づいているか分からないけど、師匠はソフィアに甘々だからなあ)


 彼女がどんな人生を歩んできたかは知らないが、苦労してきたことは一目瞭然だった。だから、俺も師匠も自然と彼女を甘やかしたくなるのだ。




 そんなソフィアの過去の話を聞いたのは、店にハプレーナの客が来た後だった。

 俺の過去を話した時にも感じていたが、彼女はハプレーナのことになるとひどく不安定になる。

 国外追放されるほどの何かがあったのだから当然のことだろう。何があったか話したがらない以上、詮索するつもりはなかった。


 だけど彼女は俺が思っていたよりも強かった。自らの意思で自分の弱さを俺たちに打ち明けてくれた。

 

(そんなことで国外追放にまでなるとは……罪が重すぎやしないか?)


 正直そう思ったが、自分の時の前例もあるからそんなものなのだろう。

 ハプレーナという国は貴族院の力が強すぎる。権力を持つ者の方が常に正しいのだ。正常な判断が出来る権力者がいれば安泰だが、そうでなければ下の者が割を食うのだ。


 俺も国を離れなければ気づきもしなかった。それが当然のことだと思っていたから。

 その点、モユファルは地位の低い者でも生きやすい環境だ。どちらが国として優れているかは一概には言えないが、平民となった俺にとってはモユファルが理想的な国だった。


(ハプレーナのすべてが悪い訳じゃない。俺の場合は国っていうより職場環境が悪かったのもデカいしな)


 ソフィアもそうだろう。話を聞く限り、彼女のいた環境はかなり歪んでいたといえる。そんな環境でよくこんなにも真っ直ぐ育ったものだ。本人は否定するだろうが、本当に芯が強いのだろう。


「わ、私……もう自分の好きに生きて良いんですね」


 そう言って涙を流す彼女を見ていると、どうしようもなく胸が締め付けられた。


 彼女に幸せになってほしい。心からそう思った。


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