第6話 仕事始めます
翌朝、朝日が昇る頃に目を覚ました。
(えーっと……そうか、昨日ここに連れてきてもらって、そのまま眠っちゃったのね)
廊下に出てみると、奥の方から物音が聞こえてきた。
(ジョナスさんがもう起きているのかしら)
音のする部屋を覗くと、見知らぬ男性が朝食の準備をしていた。
(誰?!)
「あ、おはようございます……あの、ジョナスさんは? あなたは一体……」
恐る恐る声をかけると、男性が振り返った。男性はすらりと背が高かったが、人懐っこい顔つきをしているから威圧感はなかった。
多分私より年上だろう。だがジョナスさんの息子にしては若すぎる気がした。
「あぁ、おはよう。昨日のお嬢さんか。俺はレオだ。昨日馬車の運転をしていた……思い出した? 師匠ならもうすぐ起きてくるはずだよ」
レオはにっこり笑うとまた料理を再開した。
(ジョナスさんの護衛で弟子? この人もこの家に住んでいるのかしら? 昨日はいつの間にかいなくなってたから分からなかったわ)
分からないことだらけだったが、忙しそうに動き回るレオに色々質問するのも気が引けた。
「お手伝いします」
「ありがとう、助かるよ。そこのお皿取ってくれる?」
とりあえず言われるがままに動いたり、見よう見まねでテーブルを拭いたりした。
二人で準備をしていると、ジョナスさんがやって来た。
「おはよう、ソフィアも起きてたのか」
「おはようございます。昨日は色々ありがとうございました」
「ははは、もうお礼は聞き飽きたよ。朝食を食べたらちょっと話がしたいんだが」
「あ、はい」
(話って何だろう……お仕事のことかな? まさか……やっぱりここを出ていけ! とかじゃないよね?)
ジョナスさんの言葉にそわそわしていたが、朝食のサンドウィッチを一口食べた途端にそんな考えも吹き飛んでしまった。
(え、なにこれ……美味しい!)
レオの作った朝食はとても美味しかったのだ。あまりの美味しさに無心で食べてしまった。
「食欲があるようで安心したよ。じゃあ師匠、俺は先に行ってますね」
私の食べっぷりを見ていたレオは楽しそうに笑うと、先に出て行ってしまった。
ジョナスさんも一旦部屋に戻ると言って出て行ってしまったので、とりあえずお皿を洗って待っていた。
しばらくして戻ってきたジョナスさんはさんは一枚の紙を持っていた。
「待たせたね。それじゃあこの契約書に目を通して、良ければサインを」
「契約書?」
ジョナスさんから渡された紙には、私がここで働くための条件が細かく書かれていた。よく読んでみると、私にとって好条件な契約であることが分かる。
(こんなに給料がいただけるなら、部屋代を引かれたって十分生活していけるけれど……)
「あの、どうしてこんなに良くしてくださるのですか? 普通、こんな怪しい娘をこんな条件で雇ったりしません。私が悪い女だったらどうするのですか? お店が潰れてしまいますよ?」
昨日から気になっていた。どうしてこの人はこんなにも親切なのだろうかと。
(もしかして、誰かに頼まれて私を助けたのかしら? でもそんなことを頼む人なんていないし……)
本当になぜこんなに優しいのか、考えても分からなかった。
「まあ、旅の縁ってやつだよ。それに、お前さんを見ていると若い頃の自分を思い出すんだ」
「それってどういう……」
「いずれ分かるよ。ソフィアが私ぐらいの歳になればね。……ほら、問題ないならサインしなさい」
はぐらかされた訳ではないのだろうが、今の私にはよく分からなかった。いつかジョナスさんの考えていることが分かる日が来るのだろうか。
「……はい」
とにかくサインをして、私は正式にブラウン宝飾店で働くこととなった。
ブラウン宝飾店は、貴族や裕福な商人を対象にしたジュエリーショップだ。お店は紹介制のような感じらしく、怪しい人は入ってこれないのだとか。
ジョナスさんとともに一階に降りると、すでにレオが開店の準備をしていた。
真面目な顔つきで働くレオは、馬車を運転していた時とも朝食を作っていた時とも違っていた。
(なんていうか……気品が溢れているわ)
「レオが接客と守衛を兼ねているんだ。ソフィアにはまず裏方の作業をしてもらうよ。書類や伝票の整理あたりから始めようか」
ぼんやりとレオを見つめていた私は、ジョナスさんの声にハッとした。ボーっとしていてはいけない。もう仕事は始まったのだから。
「はい、頑張ります」
当然仕事をしたことがなかった私は、初めてのことばかりで目が回りそうだった。
売上表、顧客リスト、伝票、棚卸のチェックリスト……数字や文字の羅列で頭がパンパンになった。
(あー!!! 頭割れそう。……ダメダメ落ち着くのよ、とにかくジョナスさんが教えてくれた通りに一つずつやったら大丈夫……)
叫びだしそうになるのを必死におさえながら、時折深呼吸をしてなんとか作業を進めていった。
そうやって売上を月ごとにまとめたりジュエリーの棚卸をしたり、無我夢中で働いていると、あっという間に一日が過ぎた。
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