レディは可愛いのがよろしい
安芸ひさ乃
本編・第1話
テルダはとにかくなんにも興味がなくて、なんにもしたくなくて、結果的にぼんやりとしているように見える子供だった。
子爵という階級を戴きながら吹けば飛ぶような家に生まれ、貧乏にありがちな子沢山。思い返しても貴族として教育出来るだけの金もないのに四人の子供は多すぎる。貴族という肩書きと懐事情とを考えればいいとこ二人でしょと将来思うことになるが、とにかく実家には金がなかった。
そんな家に、まるで妖精の取り替え子のような長女とくれば結果は二択だ。──両親は長女に金をかけた。将来的に伯爵家に嫁入り出来るかもしれない、もしや万が一にも王族に見初められることがあるかもしれない。そんな大それた夢を見るくらい長女は美しく生まれ育っていた。
結果としてその後に生まれた次女三女はほとんど放置されて育つことになる。嫡男である長子すら放置されるのだから相当だが、一人歳の離れていた彼が執事と相談して家内を回すことが出来たので妹達は最低限育てられた。あくまでも運がよかったのであって、そうでなければどうなっていたのかもわからない。そんなわけで、貧乏子沢山の子爵一家が出来上がったのだった。
テルダだって途中でこれはおかしいな、と思ったのだ。
(おとーさまとおかーさまは、おねーさまばっかりね)
いつでもどこでも長女にべったりで、次女と三女は子守に任せきり。まあ貴族であれば当然だけれど、この子守は名ばかりで基本的に女中にすぎないから、ずっとテルダ達といてくれるわけではない。
だというのに、父と母はこちらに目もくれないし口を開いてもくれない。長女だけしか構わず、ちょっと出すぎた真似をすると「躾が出来ていないな」と女中と共にテルダを罵るばかり。給料も安いのにこの扱いだから女中は次々辞めて続かないとくれば、両親に期待をしろとは土台無理な話である。
幼い身ながら何をしても無駄と理解したテルダはそうして無興味無関心の子供に育ってしまった。だっていい子にしていてもしていなくてもどうでもいいのだものね。子供らしく憤懣を訴えるだけの元気もなく、全てを諦めきってしまうのも仕様のないことだと理解していただきたい。
そんなテルダことテルディラ・アルファーク子爵令嬢の人生が転換したのは七歳の頃、参加したお茶会で誘拐の巻き添えに遭ってからのことである。
***
そのお茶会には国内貴族、下は四歳から上は二十歳まで適う限りの女性が集められていた。
本来公爵家のお茶会に子爵家の身分での参加は出来ない。けれど現状伯爵家以上の家柄で女児が少々少ない為、数合わせで全貴族女性に声がかけられたのだろう……という話を、テルダは知らない大人の軽〜い噂話で知った。つまりこれはデレッセント公爵家令息の為の見合いの一種なのだ。
「なんて美しいんでしょうアルデ! これなら公爵様の御眼鏡にも適う筈よ!」
つまり本来お呼びでないというのに両親は大喜びで鼻息も荒い。長女アルティラーデを着飾らせてはああだこうだと忙しそうだ。現に目の前で商会へ向かって馬車を走らせていったばかりである。貧乏子爵程度なので、商人を呼び寄せるだけの金がないのだ。
一方、テルダと妹はアルティラーデの昔のドレスを直しての参加なのだから力の入れようの違いがわかるというもの。きちんと自分達の立場をわかっていたテルダは妹ロベレッテの黒い髪を撫で、「おいしいものがたべられたらいいわね、ロビー」とだけ言ってにっこり笑った。ロビーが参加資格の四歳を満たしていてよかったと、そればかりに安堵して。
果たして、予想通りお茶会はおおよそ二分していた。己の立ち位置を理解している者と、理解していない者だ。当然後者である両親はアルデを引き連れて公爵に顔を売りたい者達の山に突撃しており、テルダ達は放置である。
まあ、いいんだけれども。
「おいしい! ねえさま、ロビー、ちがうのもたべたい」
小さなロビーの手を引いてテーブルを吟味する。その合間、ロビーがフォークをころりと落としてしまった。
「あ、あー」
「いいのよロビー。こっちはまだつかっていないから。ひとりですわってたべられるわね?」
端の椅子にロビーを座らせて無事なケーキの皿を手渡し、テルダは転がったフォークのあとを追った。繊細な円柱型のフォークは綺麗に転がってしまったらしく、どこに行ったやらわからない。
そもそもこうしたことは控えている使用人に言えばよいのだ。けれどテルダは貧乏な家でほとんど放置されて暮らしていたものだから、何かあると自分の足で動いてしまう。
だから、
「あ」
こうして、見てはいけないものを見てしまうわけで。
「……なにをしているの?」
そこにいたのは大人の男達で、子供を一人抱え上げて袋に入れていた。と、足早に一人の男がテルダに近付き、兎の仔を捕らえるようにして持ち上げてしまう。
「ほら、早く行くぞ!」
「お前がちんたらしてるからだろが!」
「いたい!」
「黙れ!」
乱暴に袋に収められ抱えられ、そうしてテルダは真っ暗闇でゴンゴンぶつかりながら拐かされてしまったのだった。
さて、気が付いた時、辺りはすっかりと暗く湿気っていた。自宅の納屋にそっくりだな、と思ったところでテルダは誘拐されたことを思い出す。そうか、納屋かどこかに閉じ込められているんだな、と考え、ついでにぐるりと首を巡らすと男の子がいた。びっくりだ。
「……」
「……」
「……」
「……泣かないの?」
「ないたらどうにかなるの?」
「ならない……」
さめざめと泣く男の子はテルダが起きる前から泣いていたらしく、綺麗な筈の洋服がべしょべしょだ。まあ埃とか色々な汚れも付いてしまっているけれど……それにしたってべしょべしょに濡れている。泣きすぎではなかろうか。歳上だと思うけれど、ロビーみたいね。
「ごめんね、僕のせいで」
「でも、でていったわたしもわるいの。わたしはテルディラよ。あなたはどうしてつれてこられたの? おかね?」
「わからない……。うちにはお金もあるし……、僕はその、……いい顔をしているんだって……」
「そうなの」
正直テルダはひとの顔に興味がない。何せひとつ屋根の下にいる姉の顔がよいらしいのだ。つまり顔がよい奴は面倒臭いと刻み込まれている。そんなもんに興味は持たないが吉というもの。
顔を歪めたテルダがわかったか、男の子はますますべしょべしょに泣いてしまった。全くロビーと一緒だわ。テルダは溜息を吐いて男の子の手を引く。
「!」
「ほらほら、いいこ」
暗いどこかで、テルダはロビーにやるように頭を撫でてやり、ぎゅうぎゅうとその子を抱き締めた。親に放置されきっているロビーは、けれどテルダほど割り切れる頃合いではないものだからまだまだ甘えただ。そんなロビーをこうして甘やかしてやれるのは歳の離れた兄では無理で、やはりテルダばかりなのだった。だからこうしたことにはすっかり慣れている。
(ロビーはないているかしら)
あの家族の内、テルダのことを真剣に心配してくれるのは兄とロビーくらいのものだろう。テルダは今とっても元気だけれど、それを伝える術もない。
考えにふけっていると胸元で男の子がもがもがと動いた。離れたいのかな、と思うなどしたがそうではなく、自分の居心地のいい塩梅を探っているらしい。
(かわいい)
猫ちゃんのようね、とテルダはそんな様子をジッと見た。お庭に入ってきたけれど飼うのを許されなかった仔猫は、しかしテルダの膝の上でぐるぐるこねこねと、いい塩梅を探してしばし微睡んでくれたものである。
「だいじょうぶ、きっときしさまがさがしてくださっているわ」
テルダは笑って男の子の身体をゆっくりと撫で摩った。泣いたロビーを労わる日のように、ゆっくりと。
「……巻き込んでごめんね、テルディラ」
「テルダでいいわよ」
男の子は真っ赤な耳を隠せもせず、けれどぐずぐずと洟を啜りながら胸元に沈み込んで、小さなテルダの腰を抱き締めていた。初めて知ったけれど、男の子の体温はロビーよりもっと温かい。
(これならきょうのよるはすごせそうね)
ぽかぽかうつらうつらし始めたテルダの予想のとおり公爵家は精鋭の騎士を派遣、然したる時間もかからず浅はかな犯人達は捕らえられた。つまりテルダ達も救い出されることになるのだったが、その結末までの数時間を侘しいここ、山小屋で過ごす羽目になるのである。
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