心、解放される
「できた!」
私は、達成感と共に手の中の完成品を宙に掲げた。
角度を変えて、
気が強くて可愛い私のメイドに、心を込めて――
「はい、ミンケにプレゼント!」
朝のダイニングルーム。
いつの間にやら、すっかりユリシーズと一緒に朝食を取るのが当たり前になった、そんなある日のこと。背後に控えているミンケに、私はその贈り物を差し出す。
「え」
「いつもありがとうの気持ち。良かったら受け取って欲しいな」
「……あたしに、ですか」
「うん」
ミンケは、不安そうな顔でユリシーズを見やる。
「夫を差し置いて、メイドにプレゼントとはな」
あーんとオムレツを口に入れながら、蛇侯爵は
「……もらっとけ。良かったな」
ぶっきらぼうに言い放った。
「あり……がとう……ございます……」
「気に入ってくれたら嬉しいんだけど」
「これは……頭に着けるものですか?」
「そう!」
メイド用の、ヘッドドレス。
耳が出るようなデザインにして、レースとリボン、パールと青晶石を贅沢に使った一点物。メイド服とミンケの瞳の色である黒を基調として、白いレースで縁を装飾し、青い石はパールとともに右耳の下に咲くコサージュのように縫った。我ながら会心の出来だと自負している。
「着けてあげるね」
お行儀はかなり悪いけれど、私は立ち上がってミンケの背後に立つ。
リニが、すかさず手鏡を持って来てくれた。さすが執事、気が利く。
「あ……」
「どう? これなら、取れる心配もないかなって」
メイドは力仕事も多い。動き回るからか、ミンケが頭に何も着けていなかったことが気になった。
これなら耳を差し込むし、顎の下で柔らかいリボンを結んで固定できる。
そして何より。
「ああー、想像以上にかんわいいーーーーー」
私、天才かな。うん、天才だ!
「かっ、わいいわけ、ないです」
「可愛いわよ!」
ぷいってしてるけど、可愛いだけだよ! ハアハア、ハアハア!
「俺、変態を嫁にもらったかもしれん」
「ユリシーズ様……おいたわしや……」
「ちょっと!?」
そんな無遠慮で賑やかなダイニングルームは、私が今まで経験したことのない温かさだ。
ああ、私、我慢してない。好きに振舞ってる。すごい……私、無意識に閉じこもってたんだ。それに気づかないくらい、今までは心を殺してたんだって気づいちゃった。
ここに来て、良かったな……
「ちょ、奥様!?」
「あれ? あー……えへへ」
ボタボタと涙が出てきた。
「気が緩んじゃった」
「おい……」
途端に、ユリシーズが立ち上がって、近づいてきた。
だが側に来たものの、
「大丈夫か、無理をするな」
そんな声を掛けるだけだ。触れるのを
ああ、やっぱり。なんて優しい人なんだろう。
私はたまらなくなって、その胸に飛び込んだ。
分厚い体躯が、私の身体を軽々と受け止めてくれる。
「お、ま……」
ユリシーズの体温が一気に上がって、心臓の鼓動が速くなったのが私にも分かった。嬉しくて、恥ずかしい。
「リス様って、大魔法使いなのに、なんで筋肉モリモリなの!?」
「あ!?」
照れ隠しで言ったけど……胸筋ものすっご!
「あー、ほら、舐められたくねぇし、リニと稽古してるしな」
見上げる先で、緑色の瞳が細められる。
「リニと稽古!? 見たい!」
「ぶっ……やっぱり俺は変態嫁をもらったみたいだな」
「ユリシーズ様、なるべくフォロー致しますので」
「頼むぞリニ」
「ちょっと!」
優しく笑いながら、私の夫はもう
――幸せだなぁ……でもこれ、白い結婚なんだよね……
◇ ◇ ◇
「アロマキャンドル? てなんだ?」
ユリシーズの執務室。
難しい顔で書類を眺めている
ついでに魔法でやってみろと言われて、「基礎魔法」のテキストを渡されたので、それを読み進めているところだ。ユリシーズが使っていたというその書物は、ところどころ神経質な字でより分かりやすく注釈が入れられている。やっぱりこの人賢いな、と感心した。
「香りつきのロウソクです」
「それだと、何が良いんだ?」
「ハーブには、心を落ち着かせる作用があります」
「なるほどな、ハーブの精油を混ぜたロウソクか。火を灯すと香りが出るということだな」
「さすがリス様、話が早い」
「……褒めてもなんも出ねえぞ」
中庭に育っている大量のハーブ(毎日手入れしてるよ!)が勿体ないので色々考えたところ、アロマキャンドルを作ることを思い付いた。
この世界、ロウソクはただのロウソク。それ以上でも以下でもない。けれどアロマを混ぜることで、オシャレ癒しアイテムに大変身するのだ。
「ちぇー」
「ちぇーて。お前、日に日に遠慮がなくなるな」
「ダメですか?」
「ダメじゃねえ。素のが疲れねぇだろ。俺もそうしてる」
「えへへ」
「……お前、さては今まで相当我慢してたんじゃねえのか? カールソン侯爵から聞いてた性格とだいぶ違うもんな」
「げ。父はなんて言ってました?」
「ぼーっとしてる、地味娘」
「ひーどーいー!」
「実際は、歌うたいのカエルちゃん」
「ちょっと!?」
「わはは。……いくつか作って見せてみろ、アロマキャンドル」
「え?」
「売れるだろ。貴族はそういうの好きだからな」
「はい!」
勢いよくガタッと立ち上がったら
「まあ、その基礎魔法身につけてからな」
とニヤリされた。
――蛇侯爵、ドSです。
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