Trick or Treat

umi

Trick or Treat

 外に出ればオレンジ色のカボチャが顔を出し、店に行けば黒、紫、オレンジが基調とされたポップなデザインが飾られている。 

 街も人もいよいよ明日までに迫ったハロウィンに浮足立っていた。

 この街のハロウィンがこんなにも総出で行われると知っていれば、一年前、引っ越し先にここを選ばなかったかもしれない。

 ハロウィンは静かに過ごしたかった。


「いやぁ、ごめんね裕貴ゆうきくん。マサくんが急に来れなくなったみたいで、裕貴くんが変わりにシフト入ってくれて助かったよ」

 ハンカチで額の汗を拭きながら太い声で店長が言った。

 「いえ、大丈夫ですよ」と角が立たない返事をしたが、内心ではマサくんを恨んだ。

 よりにもよってハロウィン当日……、こちらとしては一年で一番休みたい日なのに……。

 それでも大通りのバイト先に行くのは、いつも良くしてくれる店長さんと自分の生活の為だ。


 マサくんが入るはずだった午前のシフトを終えた俺は、店の裏口から大通りを避けて外に出た。

 なるべく人に会わないように、早く家に帰れるように、俺は足早に道を進む。

 今日はもういっその事、このまま寝てしまおうか……、朝になればハロウィンは終わる。うん、それがいい、そうしよう。

トントン

 周囲には誰もいないはずなのに、突然、後ろから肩を叩かれた。

 思わずビクッと体が震えた。

「わ」

「わあぁぁぁ!」

 肩を叩かれただけで驚いてる奴に追い打ちで脅かす奴がいるだろうか!? 

 いや、俺は知っている。

「あま、ね…?」

 俺が震えた声で名前を呼ぶと彼女は電柱の影からピョコッと猫のように姿を現した。

「ハッピーハロウィン!裕貴!」

 そう言って天音あまねは、まだ警戒態勢の俺にハグをした。

 天音のヒヤリとした体が俺を包む。

「え、な、なんでこっちにいるの?!えっと、いつ来たの!?」

「あは!久しぶりに会ったカノジョに『なんで?』は無いでしょ?『よく来たね』でしょ??」

 酷く驚いている俺をよそに、いたずらっ子みたいな笑みを浮かべる天音は、どうやら俺に会えてご機嫌らしい。

 俺も顔には出さないがスゴく、スゴく嬉しい。

「…これから、どこか行く?」

 俺は天音の冷たい首にマフラーを巻いてやりながら聞いた。

 天音は瞳をキラキラと輝かせながら、よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、自信満々に答えた。

「イルミネーション!」

「イルミ…ネー、ション…?」

 俺の呆けた顔を見た天音は「あはは!予想してなかったって顔だねー!」と俺の肩をバシバシ叩いた。

 天音はこういうイベント事の日には必ずと言っていいほど、遊園地などをデート場所としてチョイスしてくるのでとても意外だったのだ。

「この街ってハロウィン限定のイルミネーションがあるんでしょ?!毎年、街の広場で開催されてるらしくて、他県から見に来る人もいるらしいよ!だから、一回くらい見ておきたいなぁと思って」

 という事で、今回のデートスポットは広場のイルミネーションに決定した。

 イルミネーションの時間までまだ余裕があるので、広場の近くの店を回りながら時間を潰すことにした。

 途中で、いつまでも冷えたままの天音に、ジャンパーと手袋を買った。

 天音は「寒くないよ」と言っていたが「女は体冷やすといけねーって、うちのばあちゃん言ってたぞ」と俺がいうと、カラカラと笑いながらどちらも身に着けてくれた。

 だんだんと辺りが暗くなって来た頃、俺たちも周りの人に合わせて広場に向かった。

 広場には予想していた通りカップルが多くいたが、意外にも家族連れや子供連れも多くいた。

 大半の人達は仮装をしていて、「私達も仮装してくれば良かったね」と天音に言われた。

「トリック・オア・トリート」

 お菓子くださいと小さな男の子が言った。

 天音はしゃがんで男の子と目線を合わせると「ごめんね、今持ってないの!」と言って両の手のひらをヒラヒラさせた。

 男の子はコクリと一つ頷くとどこかに行ってしまった。

 いやー、可愛いねぇ!と天音は男の子が行ってしまった方を眺めながら言った。

 Trick or Treat…か…。

「裕貴はさ、私が聞くといっつも “Trick”の方を選ぶよね。それで、いつも私がいたずら仕掛けるんだけど、あれけっこう大変って知ってた?」

 笑いながら昔話をする天音の横顔を見ていたら、胸が詰まるほどの愛しさが込み上げてきた。

 顔に出てしまっていたのだろうか、天音は不意に話を止め、優しく笑った。

 そして、手袋を外した手を俺に差し出した。

 俺はその冷えきった手をそっと握り返した。

 瞬間、パッと辺りが明るくなった。

 オレンジ、緑、紫、黄色の光たちが、綺麗な列を成して踊っている。

 とても綺麗な工夫されたイルミネーションだ。

 天音も「すごーい!」と嬉しそうだ。

 俺だけが、俺だけが、その場に似つかわしくない声で「あまね」と呼んだ。

 天音はイルミネーションに視線を向けたまま、んー?と返してくれた。

「どうしてそんなに冷たいんだ?」

 俺が言っているのは態度の話なんかじゃない、今日一日、マフラーを巻いてみても、ジャンパーを着せてみても、手袋を履かせてみても、何をしても天音は冷たいままだ。

 俺が今握っているこの手も、ずっと冷たいままだ。

 天音も分かっていたんだと思う、だから「それは…」と言ったきり、困って俯いてしまった。

 でも、俺も本当は分かっていたんだ。

 天音はもう、いないって…。

 天音は一年前のハロウィンの日、つまり去年の十月三十一日に死んでしまっているのだから。

 本当は、このイルミネーションも一年前の今日、二人で見るはずのものだった。

 でも、天音は飲酒運転をしていた車にねられて死んでしまった。

 俺は天音を思い出すのが辛くて、二人で過ごした思い出の町を離れた。

 でも、やっぱり天音の面影を追いかけて、この街に来てしまった。

 だから、天音に会えた時は本当に嬉しかった。

 嘘でも幻でも、もう一度会えた事が本当に嬉しかった。

 だからこそ、もう終わりにしなければならない。

 これ以上、天音を困らせる訳にはいかない。

「天音、俺、天音に…」

 「どうしても」と天音は俺の声に被せるように囁いた。

 「どうしても会いたかった」と。

 天音の消え入りそうな声を聞いた俺は、何も考えられなくなった。

 ただ、無意識の内に天音を強く抱きしめていた。

 耳元で天音が囁やくのが聴こえる。

 どうしても、どうしても裕貴に会いたかった。

 裕貴はいつも“Trick”を選んでくれるから、去年とそれから今年も、また“Trick”を選んでくれるなら、二年分の“いたずら”を渡したかった、と。

 天音は俺の腕をそっと解くと、瞳に涙を浮かべながら言った。

「Trick or Treat」

 俺は優しく、それでもはっきりと答える。

「Trick」

 天音が泣きながら、今日一番の笑顔を見せてくれたような

 のは、もう、そこに天音はいなかったから。

 でも、天音は二年分の“いたずら”を渡してくれた。

 “再会”という名の“いたずら”を。

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