第7話 闇 猟犬
裂け目を抜け出した先は闇だった。四方周囲全てが黒。けれどもそのくせキトの姿ははっきりと見える。いつのまにか先程まで着ていた青いドレスから、いつものタキシード、そして兎の耳ののシルクハット。ふつふつと湧き上がる怒り。そしてそれは爆発した。
「どうしてこんな、こんな風に無理矢理夢を変えたんだ!」
俯くキト。表情は見えない。
「…… 。あのままあそこにいたらヒロトはきっとあの夢に囚われてしまう。それだけはダメだ」
「いいだろう!そんなの俺の勝手じゃないか!いつまで夢にいようが俺の夢だ!自由だろ?」
「ヒロト… 」
俺の名前を呟く。俺の視線とキトの瞳が交差する。どこか悲しそうな色をしていた。
「僕は夢の世界が好きだ。夢の中は現実には起こらない奇妙奇天烈な世界が広がっている。理想的な世界、不条理な恐怖、そして英雄願望。けれども僕は夢の世界にいつまでもいようとは思わない。僕たちが生きる場所は
急速に冷めていく怒り。代わりに襲うのは独特の虚無感。思わず言葉が漏れた。
「―― それでも俺はあの夢にいたかった… 」
不意に闇の中から異常なほどの気配を感じる。不気味な意思、思わず鳥肌が立つ。肌を突き刺す無数の視線。
キトの表情は、先ほどまでの悲痛なものとは打って変わって緊張感に強張らせる。
「すまないヒロト。僕が無理やり夢を変えた弊害だ。罠にかかってしまった」
わかっている。この気配はティンダロスだ。それも一つじゃない。数えることも馬鹿らしいほどのティンダロスが、闇に紛れて潜んでいる。
「どうやらここでお別れみたいだ。僕が道を作る。ヒロトはそこから抜けだすんだ」
「どうして… ?」
思わず聞き返す。何でここでキトと別れなければならないのか。ここまで一緒に夢を旅し、俺はキトに一種の情のようなものが生まれていた。別れたくは、なかった。
「君を守ることは出来る。けれども一緒にこの夢から抜けだすことは無理だ」
このままここに残ってティンダロスと戦うには数が多すぎる。いずれティンダロスに喰われる。そして二人でここから抜けだせるほど、ティンダロスの群れは甘くない。
「キトは、キトはどうするんだ?」
このままティンダロスの群れに残るということは、キトの身が危うい。夢の根幹がティンダロスに喰われると、その夢は消滅する。だったらキトが喰われてしまった場合、どうなってしまうのか… 。
「大丈夫。ティンダロスは僕を倒せない。同様に僕もティンダロスを本当の意味で倒すことは出来ない。だから大丈夫」
キトの言葉の意味がまるでわからない。けれどもそのことを考える余裕が俺にはなかった。闇に潜んでいたティンダロスが俺たちに向かって飛びかかる。その数三十。
キトはその手のステッキを振るう。極大の蒼光。それはティンダロスの大群を一気に薙ぎ払う。
「行って、ヒロト!いいから速く!」
ティンダロスを薙ぎ払った蒼光の先に、裂け目が見える。裂け目から漏れだす蒼い光。あれがここから抜けだす出口。キトが創り出した道。
俺は駆けだしていた。考える余裕なんてない、無心の走り。蒼い裂け目に到着するまで、何体かのティンダロスが俺に向かって襲いかかる。けれどもそれは蒼光に撃墜させられていく。後ろは振り向けない、いや振り向かない。ただ蒼い裂け目に向かい走る。
そしてついに裂け目に到達した。潜り抜ける。視界が蒼い光に埋め尽くされる。後ろからキトの声が届いた気がした。
「行ってヒロト。君の夢を救うために」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます