第8話 古城 虚数
蒼い光から抜けだすとそこは古城だった。美しかったであろう絨毯は泥に染まり、王族を描いたであろう絵画は破れて原型を留めていない。兵どもが夢の跡。廃墟の城は、けれども不思議な荘厳さを保っていた。
廃墟の城。その玉座に彼女はいた。
「お前は… 」
もう何日も前のような気がする。けれどもそれはつい昨日のことで。昼間見た妖艶な美少女、白昼夢か幻かと疑ったあの奇妙な体験がフラッシュバックされる。
「ようやく会えたわね、尋斗。私の名前は
「―― ティンダロスと」
そう言って微笑む瑠璃は童女のように無邪気で、それでいて悪女のように艶やか。
「キトは、キトは無事なのか?」
思わず俺は声を張り上げる。ティンダロスの群れに一人残された彼女が心配だった。そんな俺を瑠璃はクスリと笑う。僅かに怒りが込み上げる。
「おかしなことを聞くのね。ティンダロスは彼女を傷つけられない。同じように彼女もティンダロスを傷つけることは出来ないというのに」
別れ際、キトも同じようなことを言っていた。何故ティンダロスはキトを傷つけることができないのか… 。
キョトンとした瑠璃の顔。しばらくして納得がいったと頷く。
「本当にわかっていないの? いえ違う。なるほど。わかっているのに気がつかない振りをする」
俺が何をわかっているというのか。瑠璃の言葉の意味がまるで理解できない。
「ティンダロスは虚数。貴方が無意識に生み出した大いなる幻想」
瑠璃は玉座から立ち上がる。どこか愉快気に、踊るような足でゆっくりと俺に向かって近づいてくる。
「ティンダロスが襲うのは常に尋斗、貴方自身。夢を形成する根幹も、広義的に言えば貴方自身。貴方が生み出した幻想である以上、傷つけられるのは貴方だけ。尋斗の夢の中にいるとはいえ、
瑠璃から語られる衝撃の事実。…… 。いや、自分を偽るのはやめよう。ああそうとも、瑠璃が言っていた通りだ。夢を渡る内に、ティンダロスと相対していくうちにわかってきたこと。ティンダロスは俺自身。
なんとなくだがティンダロスの動向が理解出来るのも、レイラのいた夢にはティンダロスが現れないのも全てが必然の出来事。
いつのまにか瑠璃が俺の目の前にいる。あと少しで互いの唇が触れ合うほどの距離。鼻腔を擽る彼女の甘い香り。
「ティンダロスは貪欲に貪る怪物。尋斗、貴方だけがティンダロスを満たすことが出来る」
瑠璃は優しげに微笑む。
虚数だ。全てを理解出来た。俺がこの夢の中でのみで使うことの出来る力。ティンダロスが虚数で生み出されたものならば、俺がティンダロスと同じものを生み出せば、虚数の特性でティンダロスは消える。幻想の値は、一つの実数解へと置き換わる。だがしかし一体何を生み出せばいいのか…… 。
頭に浮かぶはこの夢での奇妙な出来事。そしてキトと瑠璃の言葉。
―― そして俺は……
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