第3話 断罪 悪
自分は牢獄にいた。冷たい石壁。当初は下界へと手を伸ばした鉄格子も今では疲れ果て、揺らすことすらしない。
自分が何故こんな薄暗い牢獄にいるのか見当がつかなかった。しかし自分がここにいるのは必然だと感じている。一体俺がなんの罪を犯したというのか… 。
脱獄という夢も見れない空虚な感覚。何かを見ているようで、何も見ていない。なにか聞いているようでその実聞いていない。なにもこれは俺だけに限ったことではない。同じ牢獄にいる奴も俺と同じような感じだった。
足音が聞こえる。こっちへ近づいてくる。カツンカツンという石の床を叩く靴の音。僅かに首をもたげるも、心が動くことはない。
「二人とも出ろ」
看守の声。ギリギリ叫び声を上げながら鉄格子が開く。剣を持った看守二人、俺の両脇に佇む。囚人が暴れ出しても対処出来るようにだろう。とはいえ俺自身暴れるだけのエネルギーを持ち合わせていない。そのまま看守に連れられどこぞへと向かう。
「判決、死刑」
衆人環視の中、裁判官は厳かに告げる。わっと湧く民衆。
どんよりとした曇天。処刑場となる広場には多くの人々が集まり、「殺せ殺せ殺せ」と喚き散らしてる。瞳には狂気の色。人々には罪状なんて関係ない。ここでは死刑こそが最高のエンターテイメント―― 。
「裁判長!」
誰かが声を荒げる。なんだと思い、他人事のような無関心さで声の主を見る。
「彼が一体なんの罪を犯したというのですか?」
それは俺と共に投獄されていた奴だった。俺の次に裁判を受けるのだろう。一緒に看守に連れて来られた奴だ。
「いいだろう。この者の罪状だな?何も出来ないからだ。何をやらせても出来ない取れないの繰り返し。この国には優秀な人材以外はいらないのだよ」
裁判官の言葉に同調するように、民衆から拍手喝采「ブラヴォー」の声。
―― 無能とは死なねばならぬほど罪深いのか。
人々の熱気が最高潮に達する中、裁判官は大仰な身振りでそれを更に盛り上げる。
「さて、そろそろ頃合いか」
その言葉と同時に処刑人たちが俺の両手を拘束する。まるで見せつけるかのような首切り鎌。「ああこの大鎌で自分は殺されるんだな」いざ自分の死が目の前に迫っていても、やはり俺の心は穏やかなままだった。漆黒の刀身に映る自分の顔。そして落書きのような黒い犬の顔… 。 ―― ティンダロス。
その名前を思い出したと同時に、一気に俺の意識が覚醒した。目覚める恐怖、振り下ろされる処刑鎌。空気を切り裂く音。一瞬の思考。どうにかして自分の身を守らなければ―― 。
ガギンッ。金属音。処刑鎌と盾が激突する。身を守らねばの思いに、虚数がこの盾を現出させた。
「皆のもの。反逆者である!」
裁判官の声が広場に響き渡る。ぞろぞろと現れる甲冑を着た兵士たち。同時に虚数で生み出された盾が消えた。身を守るものでイメージしたためだろう。兵士の甲冑と俺の盾は同じ役割。消えるのは必然。
処刑から虐殺に変わったことに民衆の熱気は臨界点に達する。彼らの目を見れば、より派手となった虐殺劇の方が盛り上がるのだろう。
兵士たちの剣一つ一つに、出来の悪い犬の顔が投影されてる。つまりティンダロスに囲まれたということ。この状況を打破する手段が俺には、ない。頼みの虚数で何を生み出せばいいのかわからない。様々な武器をもつ兵士。何をイメージしても虚数の特性で瞬きする暇もなく消えてしまいそうだ。
思いっきり暴れまわり、処刑人たちの拘束から逃れる。それでも結論八方塞がりだ。なんとかしようと必死に思考回路を回転させる。
兵士の一人が俺に迫る。そしてその手の剣を振り上げた。口のようにぱっくりと開く剣。あの口こそがティンダロスだ。何も出来ない。静かに目を閉じた―― 。
「言っただろう。僕が君を守るって」
声がする。痛みはいつまでたってもやってこない。目を開ける。襲いかかって来た兵士は剣ごと蒼い光条に縛られて身動きできない。
トンと地面を叩くステッキ。思わずそっちを向く。俺と一緒に牢獄から出された奴―― 。いや、なんで今まで気がつかなかったのだろう。タキシードを着た男装の美少女。
一斉に全ての兵士が襲いかかる。ティンダロスの武器を持った彼らに、キトは微笑み一つステッキを振るう。蒼い光条その数十。暴れまわり兵士を薙ぎ払う。
「行くよヒロト。流石にこの人数を相手にするのは骨が折れる」
俺の手を取り駆けだすキト。ふと見れば民衆は恐慌状態に陥っていた。あくまで処刑も虐殺も自分たちが安全圏にいるからこそ楽しめたのだろう。くだらないと心の中で吐き捨てる。
「跳んで!」
キトの言葉と同時に俺たちは処刑台から飛び降りる。重力に従い落下していく。同時にぐにゃりと歪む視界。再び夢が変わるのだろう。 ―― 暗転
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