魔王城最前線から十キロ手前の死の大地にて

南米産

魔王を殺すのを止めよう

誰も辿り着いたことのないとされる魔王の住む城から十キロ手前、もっとも過酷な死の大地にて、魔王軍幹部と相打ちになり死にかけの勇者が荒い呼吸で地に伏しながらこちらに視線を向けた。


「ようやく、魔力もポーションも尽きたみたいだな」

「……死体漁りか」


勇者は俺の姿を一瞥して言った。


「違う」

「では何用だ、そんな物騒な獲物を持って近づいてきて」


勇者は吐血しながら俺の右手に握られたハンドアックスを見つめ言った。


「これか?」

「ああ」

「これはな、あんたにトドメを刺す為のもんだよ」

「では殺し屋か、誰の依頼だ」

「誰にも依頼なんてされちゃいない」

「お前が私個人に恨みがあるという事か」

「いや別に」

「……ではなんだ?」


辺りを見回す、誰も居ない。一帯の魔物は勇者が駆逐し身動きする存在は俺と勇者だけだった。少しくらいなら話をする時間はあるだろう。


「今この世界はバランスが取れているんだ」

「バランス……?」

「困るんだよ、あんたのやろうとしてること。それをやったら仕事がなくなっちまうから」

「つまり?」

「あのなぁ、勇者さまが魔王倒して平和な世の中になったらみんなが困るだろうが」

「ふっ、なんだ狂人か」


ハンドアックスを肩で担ぎながら、俺に侮蔑の表情を向けてくる勇者の目の前に腰を下ろした。


「魔王が消えて世界が平和になったらどうなると思う」

「千年続いた戦いが終わり、皆が幸せに暮らせる世の中になる」

「なるわけねーだろタコ」

「なぜだ」

「魔王が居なくなれば魔物もいなくなるっつー言い伝えだぞ、魔物討伐を生業にしている冒険者ギルドの奴らはどうなると思う? あいつらお得意のスキルも魔法も全部魔物を殺す為に用意されたもんだから全員が路頭に迷うんだよ」

「……短絡的な考えだな、冒険者たちは体力もあるし力強く、そして賢い。路頭に迷う事などはない」

「ははぁ、冒険者経験を生かした別の仕事に就くと?」

「そうだ」

「冒険者と商売人の割合を知ってて言ってるのか? 賢くて強い冒険者達が一斉に商売を始めたら困るのは誰だ?」

「……それは」

「いままで魔物と戦わずに街で商売してた連中さ、そいつらは失業だな」

「……」

「平和な世の中がやってきたら商人との友情ごっこは終了だ、新しい競争相手になる。並べる商品を巡っていさかいも起きるだろうなぁ、だがレベルも上がらない商人と歴戦の冒険者だから結果は見えてるよな」


近くにあった手ごろな岩を拾い上げ握りつぶして見せた。岩だったものは砂状になりパラパラと勇者の顔面に落ちていく。


「俺のレベルは十七。これが限界値だ、もう結構歳だしこれ以上は成長の余地が無い。レベル六十の勇者さまからすればゴミみたいなもんだがこんな俺でも一般市民から見れば十分バケモノだ」

「……そいつらに対応する為に警備隊を作ればいい」

「それじゃ結局人間同士の争い合いになる、いやそれどころじゃ済まない。魔物を倒す為に団結してたギルドの奴ら同士で戦争になるな。もう二度と現れない貴重な魔物の素材を巡ってな」

「人間はそれほど醜くはない、争う必要のない平和に生きる術を見つけ出す」

「高潔な答えだな、流石勇者さまだ」

「お前は、魔王を倒さない方が良いと言っているのか」

「当り前だろ」

「市民にどれだけの被害が出ているか分かって言ってるんだろうな、魔王は平和の使者などではないぞ」

「俺の村もドラゴンの炎で焼かれて家族も亜人に串刺しにされて皆殺しにされたから知ってるよ」

「……その上で私を殺そうと言うのか」

「この世界は歪だ、誰も魔王がいなくなった後のことなんて考えちゃいない。勇者も冒険者も魔物との戦いで死ぬべきなんだよ。そうしないとみんなの稼ぎが足りなくなっちまう、魔物と人類は永遠に争いあうべきだ。魔物を倒し素材を商人やギルドに売りつけ装備を集め適当なところで死ぬ。勇者に憧れる若者たちは自浄作用みてーに丁度いい具合に減っていく。俺達は生きていかなくちゃいけないんだから仕事を無くしちゃおしまいだ」

「……そうはならない世界にしてみせる」

「どうやって?」

「……」

「千年戦いが続いたと言ったな」

「……ああ」

「その間俺達は滅びていない、つまりこれが、現状が真の平和って奴だ」

「……お前、こんなことをずっと続けてきたのか」

「勝手に死んでくれるのがベストなんだが年々勇者が魔王の城に近づいて行ってるんだから困ったもんだ」

「……」

「もうそろそろ、お喋りは終わりにしようか」


ハンドアックスを握りしめて振り下ろした。



先代の勇者の安否が不明になりひと月が立ち、新たな勇者が国から任命されたと国中の話題になっていて、冒険者ギルドも市民に向けてあらたな人材の募集に躍起になっている。酒場でも勇者誕生を祝いどんちゃん騒ぎになっていて、俺は隅っこのテーブル席に座っている。


「どうだ、こいつがあんたの後継者だよ」


国が発行した勇者の姿を乗せた新聞を相棒に渡して言った。


「……まだ若い、十代後半になったばかりだ」

「そんなんでも既にレベル二十五だ、やんなるなぁ若くて強いってのは」

「……」

「引き受けてくれて良かったよ、俺だけじゃあいい加減どうしようもなかった」

「これが本当に世界平和になるんだな」

「当り前だろ、見ろよ。みんな幸せそうだ」


酒場の全員が笑顔だった。普段は不愛想な店長も酒を運ぶ猫耳獣人メイドも全身鎧姿の歴戦の戦士も賢そうな年老いた魔法使いも商品の具合を確かめに来た商人も誰もが新たな勇者の誕生を祝っていた。


「守らなくちゃならないだろこの世界を」


相棒はしばらく黙り込んだままだったが、ただ静かにうなずいてみせた。



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