春と秋と。
八雲真中
第1話~あの日話した木の下で~
「……あのさ」
君たちは「桜」という花をご存知でしょうか。聞いたことがない人の方がいないでしょう。では、花言葉を知っているかと聞かれると分からない人の方が多いはずです。「桜」という存在を認識していても、詳しくは知らない。そんな『記憶喪失』まがいなことってありえるだろうか。あってはならないことだろう。だが残酷だが、実際にはある。
「私のこと覚えてる?」
「へ?分からないです、すみません……」
「あーそう?悪いね!」
これほどまでに気まずい状況はないはずだ。だって、友達が_________『記憶喪失』になったんだもん。夢でも幻でもない。現実に起こった出来事。記憶喪失というのは正式には、「全生活史健忘」と言うと、どこかで聞いたことがある。
「本当に分かんない?私だよ?仁科晴華だよ?」
「本当に分からないです。出て行ってください。私の病室ですよ。」
本当は言い返したかったが、叶わなかった。
「……分かった。」
私は病院を足早に出た。私はこれほどまでに胸が苦しいことはなかった。
「……何で私、こんなにドキドキしてるんだろう……」
時刻は、日が西の地平線に沈もうとしている頃だった。近隣住民からの熱烈な歓声、ぐつぐつと煮込んでいるカレー、この街並み。二人で話したことももう忘れちゃったのかと思うと残念でしかならない。ポケットにはかすかに残った「みそピー」。みそピーは千葉県民であれば聞いたことがあるはずだ。これを帰りに調理室から盗んで、二人で食べていたことを思い出す。いろんなことを思い出すと涙が止まらなくなる。
「こら!また遅刻ギリギリだぞ!」
朝は不思議とテンションが下がる。
「すみません。」
「はーい!ホームルームを始める!起立!気を付け!礼!着席!」
いつものように席に座ろうとすると、机に落書きがされている。まあ毎日陰湿な嫌がらせをされているので、慣れたのだが今日のは酷すぎる。そう、机には「学校に来るな!」、「陰キャ女」、「一生便所飯してろよwww」など散々な言われようだ。
「……やっぱり私っていない方がいいよね……」
「うん!いない方がいい!」
「……やっぱりね……今日早退する……」
「ちょっと待って。」
と明らかに別人が喋っていた。
「……え?」
「あんた達、こんなことしていいと思ってんの?ほら見て!この子、あおなじみできてんじゃん!いい加減やめなよ!」
「ちぇっ。西成、あんた救われたね!ぎゃはははは!」
「西成」とは、元々大阪府にある治安が悪い地区なのだが、私の苗字である「仁科」から取り、そこから派生して、「臭くて汚いメス豚」という意味の私への蔑称だ。
「大丈夫?」
「うん。大丈夫。今日休んだ方が良かったよね。」
「いや……」
一息置き、
「仁科さんがいないと私生きていけないよ?」
その瞬間、私の生きる意味が見つかった。そんな気がした。なぜか胸のドキドキが止まらない。
「今日一緒に帰ろ。」
気づけばそんな言葉を口にしていた。
「いいよ!帰り際にいじめが起こっても対処できないから!私、これでも風紀委員だから!」
下校のチャイムが鳴ると同時に何者かに腕を引っ張られた。
「わわわわわ!ちょっと待って!」
「私と帰りたいって言ったのどっちだっけ?」
「……私」
認めざるを得なかった。
「だよね~」
「……ていうか、名前聞いてなかった。名前何て言うの?」
聞くと、私のほっぺたを引っ張り
「私の名前は、水野亜紀。よろしく仁科さん。いや、はるか。」
「ふぁ、ふぁい……!」
私の甘い春はここから始まった。
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