第9話 最凶の敵、あらわる
暗い洞窟の奥。
水滴の落ちる音だけが聞こえてくる中、俺たちは息を潜めていた。水たまりでタオルを濡らして絞ると、俺は王女に近づいた。
「お客様、大丈夫ですか?」
「すまぬな。やさしくたのむ。いたたたた…。」
俺は王女の腕や足にできた打ち身を冷やしながら、洞窟のさらに奥に目をやった。
「おまえも大丈夫か?」
そこには、無惨に変わり果てたヒヨコ丸の姿があった。
主砲は折れ、自慢の装甲はデコボコだらけ、ライトは割れ、キャタピラも部品があちこち脱落していた。
よくこれに乗っていて無事だったな、と俺は身震いがした。
『…大丈夫に見える?』
「いつまでいじけてるんだ。予想外の敵だったから仕方がないだろう。」
『それは暗に、僕の戦闘能力不足を揶揄してるわけ?』
「なんだと。」
「やめよ。」
険悪な雰囲気だったが、王女が静かな口調で俺たちの口げんかをとめた。
「もういい。我が投降すればすむことだ。あさはかな夢だった。お主らははやく自分の世界に帰るがよい。」
王女は立ちあがり、俺たちに一礼すると洞窟の出口へと歩いていった。
「ヒヨコ丸、投降したら王女はどうなる?」
『たぶん死刑だろうね。いや、その前にどんなひどい目にあわされるか…。』
(あんな子どもが?)
俺の脳裏に、数年前の戦いの光景がよぎった。俺は自然に走り出して、先を歩いている王女の腕をつかんでいた。
「どうした、戦車屋ジョニー殿?」
「お客様、あきらめないでください! なにか、なにか方法があるはずです。」
「先ほどの戦いを見てもお主はそう思うのか?」
王女の冷静な指摘を受けて、俺はうつむいてしまった。
そして、なぜこうなってしまったのかを思い出しながら俺は考えにふけった。
『あーはっはっはっ! みたまえ、敵兵がゴミのようだ!』
「プラムさんがひくから、そーゆーのやめろよ。」
その時、俺はハラハラしながら外部モニターを見ていたが、王女も一緒になって浮かれだしていた。
「いや、かまわぬ。これはすごい。戦いにすらなってはおらんな。」
マントバ台地という場所に到着した時、遠景にひしめく敵軍の兵士の数に俺は圧倒された。
しかも、望遠モニターに写っているのはどうやらほとんどが人間ではなく、角や牙があるモンスター種族のようだった。
粗末な革の鎧兜に盾を装備し、槍やら鉾やら剣を持った無数のモンスター兵士が隊列を組み、そこかしこに布陣して俺たちを待ち構えていたのだ。
俺はここが異世界であることを実感し、震えていることを悟られないように冷静を装った。
「お客様、本当にやりますか?」
「あたりまえだ。ここまで来てひき返せば永遠に歴史書で笑い者だ。やれ!」
『はーい! ではここからは予算無制限ということで。』
初戦は本当に圧倒的だった。
ヒヨコ丸は遠慮なしに、遠距離から多連装ランチャーでグレネードをポンポコばらまき始めた。敵陣のあちらこちらで爆発が起こり、敵兵はいきなり大混乱に陥った。
全身黒服で背の高い長髪の弓兵隊が進み出てきて、指揮官らしいのが俺たちを指差して何かを叫ぶのがモニターに映った。
『もったいないけど、磁力シールドを張りますね。無力感を植え付けてやりましょう。』
飛来した無数の黒い羽根の矢は、ヒヨコ丸に届くことすらなく空中で力尽き落下した。
続けてヒヨコ丸の砲塔が回転し、狙いを定めて主砲が射撃を開始した。
敵軍前方に並んでいた木製らしい投石機や櫓が次々と粉微塵にふきとび、炎上した。
『命中。続けて機銃掃射するね。』
モニターを真剣な表情で見つめていた王女がうなずくと、凄まじい連射が始まった。
歩兵の奥の騎兵(馬ではなく何かよくわからない生物に乗っていたが)の列が次々と被弾して防具を貫通し、いろいろなものが宙を舞った。
(こんなの、確かに戦いですらない…。ただの虐殺だ…。)
俺はモニターから目を背けたが、王女は目をうるませながら祈り続けていた。
「父上、母上、ご覧になっていますか。卑劣な侵略者どもに我が鉄槌をくだします。…いいぞ、やっちまえ! ヒヨコ丸!」
俺はまた頭痛がしてきたが、早く決着がつけば早く元の世界に帰れるだろうと考えて割り切ることにした。
戦いが終わったら代金を受け取ってさっさと帰ろう、と思った時に急に雲行きがあやしくなったのだ。
突然、俺は激しい衝撃を感じた。
操縦席ごと上下にゆれ、俺はほとんど飾りになっている操縦桿にしがみついた。
「お客様、大丈夫ですか!?」
副操縦席の王女は顔をしかめて頭を押さえていた。天井の計器が外れて落ち、王女に当たったらしかった。
俺は慌てて救急セットを取りだして王女にちかよった。
「どうした、ヒヨコ丸! 状況を報告しろ!」
『そんな…ありえない。なんであいつがここに…? ありえない。』
「あいつ?」
『ハヌマン、なぜ君が…。』
AIでもとり乱すことがある、なんてことを俺はこの時に初めて知ったのだった。
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