第10話 プラム王女の涙

「ハヌマン?」


 俺は聞きとがめたが、ヒヨコ丸は我に返ったようだった。


『被害状況報告。右キャタピラ前部駆動輪に被弾。自己修復中。しばらくの間、回避行動困難です。』


 俺は訳がわからなかった。


「被弾って!?」


 王女が顔をしかめて頭を押さえながら画面のひとつを指さした。


「あれは…なんだ? ヒヨコ丸殿に似ているが…?」


「なんだって!?」


 その画面にはヒヨコ丸にそっくりだがひとまわり大きな戦車が映っていた。

 敵陣の奥深く、本陣らしい所の後ろの一段と高台になっている場所だったが、いつのまに現れたのかわからなかった。


「ヒヨコ丸! 説明しろ、あれをハヌマンと呼んだな? あれはなんなんだ! なぜ探知できなかった!」


『…僕の同僚です。いや、先輩でした。』


「同僚…? 先輩?」


 俺は混乱して何がなんだかわからなかったが、とにかく王女の治療をしようと冷却シートを出した。


「ジョニー殿、我は後でよいからお主ら内輪の話を解決してくれ。」


 王女は普通の大人以上の落ち着きぶりだった。だが俺は感心している場合ではなかった。


「ヒヨコ丸、説明はあとでいい! 勝てるのか? 退却か?」


『だ、誰が退却なんか! 僕のほうが新型で性能は上です!』


 ヒヨコ丸は砲塔を旋回させてハヌマンと呼ばれた戦車に狙いを定めると、主砲を乱射しはじめた。

 外では轟音で耳をやられるだろうが、内部は静寂だった。


 全弾命中したかに見えたが、ハヌマンを覆っていた爆炎がはれた時、俺は冷や汗が吹き出るのを感じた。


『重力シールド!? 目標に損害なし!』


「まずい! 反撃くるぞ!」


 お客にこれ以上ケガをさせるわけにはいかず、俺は王女に覆いかぶさった。


「な、なにをする! 画面が見えないではないか。」


『磁力シールド展開!』


 先ほどより更に激しい衝撃が俺たちを襲った。上下左右にゆれる中、俺は必死で副操縦席の上で王女の頭を抱えこんだ。



「ヒヨコ丸、被害状況は!? キャタピラ直ったか? 逃げよう、早く!」


 今までのヒヨコ丸の余裕に満ちた物言いは面影もなかった。


『…磁力シールド貫通弾あり…反磁力徹甲弾被弾…主砲大破…』


「はやく! 逃げよう!」


 揺れがおさまり、俺は力の限り叫んだが王女に思いきりつきとばされた。


「うわッ。」


「いつまでくっついておるのだ。この無礼者めが。」


 王女は顔を真っ赤にして、自分の体を抱きながら恥ずかしそうに俺を見ていた。


「す、すみません。」


 操縦席に戻った俺は操縦桿に手をかけた。


「ヒヨコ丸、手動操縦に切りかえろ! 離脱するぞ!」


『いやだ! まだ戦える!』


 ヒヨコ丸はダダをこねたが、俺は操縦桿を乱暴に操作した。


『いやだ! せめて敵軍にあと一撃を! 収束弾頭発射!』


「やめろ!」


 ヒヨコ丸のランチャーから弾道を描いて弾頭が発射された。キャタピラの修復ができたのか、ヒヨコ丸が動き出した。

 俺は車体を急転回させて敵軍から離れようとした。


『そんな…。発射した収束弾がこちらへ向かってくる!? ジャミング!? 重力反転シールドか!?』


「にげるぞ!」


 空中の弾体が割れて、中から無数の子爆弾が俺たちのまわりに落下してきた。数えきれない小爆発が俺たちの乗ったヒヨコ丸を包みこんだ。


 幸い、子爆弾の威力は対人用だったので派手さの割には致命傷にはならなかった。

 俺たちは退却しながら洞窟を見つけて逃げこんだのだった。





 王女は俺の手をひき離すと静かに微笑んだ。


「なぜ敵にもセンシャがいたのかわからぬが、調べが足りんかった。非は我にある。ゆるせ。」


「お客様…。」


「これ以上、我と関わるとお主の命もあやういぞ。奴らは我も我の味方も容赦すまい。さ、はやくお主らの世界に帰られよ。」


 王女は再び俺に一礼すると、また出口へとトボトボと歩き始めた。


 俺の頭の中に、別の光景がよみがえってきた。冷や汗が吹き出し、唇が震えて喉はカラカラになった。


(救えない…俺のせいでまた救えないのか…いやだ、そんなのはいやだ。)


 俺はふるえる膝を押さえこむと、王女の背に叫んだ。


「俺が! 守りますから!」


 王女は歩みをとめて、俺の方に不思議そうな顔をしてふりかえった。


「俺が…お客様を…全力で守ります。だから、だからあきらめないで下さい! 投降だけはやめてください!」


「お主…。」


 王女の大きな金色の目が潤み、水滴となりポタポタと地面に落ちた。


「戦車屋ジョニー殿、その言葉…今の我には…どんな言葉よりも嬉しいぞ…。」


「お客様…。」


 王女は手で涙を拭くと泣き笑いの顔になった。


「わかった、ジョニー殿。ただ、そのお客様、というのをやめてくれぬか。あの…その…プラム、と呼んでくれぬか。」


 王女は真っ赤になって手で自分の顔を覆い隠してしまった。


「わかりました、プラムさん。実は俺も…ジョニーじゃなくて本当は、梅松竹緒っていいます。」


「ウメ…? タケオ。そうか。タケオだな。わかった、タケオ。よろしくたのむ。」



 俺と王女の間に新たな空気が流れたが、ふてくされた声が俺たちを現実に引き戻した。


『なにをこんな時にナンパしてるんですか? しかもそんな子どもを。』


「ナンパちゃうわっ!」


『わかりました。僕もあきらめないことにします。ちょっと待ってくださいね。』


 ヒヨコ丸の後部ハッチがパタンと開き、そこから出てきたものを見て俺と王女は目を丸くした。

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