第37話 無明・無限・兵器世界(あるいはナイの地平)

『フィールド操作OKです。いつでも地上兵力を強襲できます』

「了解。綿津見わだつみから繋げる」

『いつでもどうぞ、アサヒ』


 俺達に気づいた戦車隊がこちらを向く。

 照準が当たる前に、攻撃を仕掛ける必要がある。


 アースを大きく振るい、目の前の大地にを刻んだ。弓状ゆみじょうに切り裂かれた地面を起点にし、大地がめくれ上がる。


 【綿津見】

 土の津波を作り出し、攻撃と同時にめくらましをかける技だ。


「左からまわる! 奪取するぞ」

『わかりました。アサヒ』


 戦車砲が、続けざまに火を吐いた。綿津見で作った土塊がはじけ飛び、形を失う。続いて銃による一斉射撃が降り注ぐ。が――


 そこに俺達はもういない。


「ノロいんだよっ!」

 

 土塊を陽動にして回り込んだ先は、戦車隊の直上だ。

 上部装甲への強襲。アースを振りぬくと、ガインと複合素材に弾かれ刃が滑る。


 固い。土を抉るようにはいかない。

 だが。傷はついた。そこに刃を差し込み、相棒にタイミングが来たことを告げる。


「アース!」

『了解です。アサヒ。フィールド浸食最大。コントロールを奪取します』

 

 とりつかれた車両が身じろぎをするように震えた。そして、ゆっくりと砲塔を味方であるはずの他の車両に向け――砲弾を撃ち放った。


 ズガンッ!!


 戦車の装甲は何で出来ているだろうか。鉄・チタン・アルミ・セラミック? いずれも鉱物・土に類するものだ。【土塊返し】の名を持つアースが操るのは、大地に属するものすべてだ。


 そうであるならば、鉱物の複合体である戦闘機械もまたその範疇であると言える。


 俺達のものになった、戦車がゆっくりと砲塔を旋回させる。その先にあるのは今もなおドクターを追い回している対空兵器群だ。


「まずはミサイルだ」


 ズガン!!


 装填された砲弾が放たれた。


 横っ腹を打ち抜かれた短SAMは爆発炎上。続けざまに砲塔を旋回し、第二射を別の短SAMを破壊した。


 地上の状況が変わったことを見て取ったドクターも攻勢に転じ、空から風が吹きおろし始める。対空兵器を優先的につぶせば、ドクターも戦いやすい。


『はじめは驚きましたが、【虚神】よりもくみしやすいです』

「ああ。兵器を持ち出したのは悪手だったな」

『その通りですね。次々行きましょう』


 戦車を3両奪ったあたりで、チクタクマンの群れが違う行動を開始した。


「ピー、ガガガ。状況ハ対人戦闘へ移行。我ガ軍は、歩兵部隊を派遣し事態の収拾を図りまス」


 アナウンスとともに出現したのは、生身の兵士たちだった。

 迷彩柄の戦闘服に身を包み、整然と隊列を整える奴らは、みな一様にかおが無い。


 屈強な男たちであることは分かるのだが、黒い絵の具で塗りつぶしたように輪郭だけしか認識できない。


「ピー、ガガガ。敵襲、敵襲。地上の敵は単独でアる。各部隊は陸戦戦力ヲ投入シ対応にあたレ。繰り返す敵兵は単独であル」


 殺到する敵兵。一気に戦いが原始的になる。

 いいね。わかりやすくなってきた。


「アース、戦車のコントロールは任せる。こいつらは俺がやる」


 楽しくなってきた俺は敵の群れの中に踊り出た。

 そうして、戦場は乱戦にもつれ込んでいく。


 視界の端に、ドローンが見えた。


 ――――――――――――――――――

 -いけいけ、アサヒニキ!

 -現代兵器がなんぼのもんじゃい

 -てけり・りりり!!

 ――――――――――――――――――



 ◆◆◆



 戦車を、対空兵器と、無貌の兵士たちを薙ぎ払うと、泥の面積が減っていく。確実に敵を削っている感覚はある。だがどうにも俺は嫌な予感を感じていた。


 泥の面積が少ない気がする。そもそも泥は京都の都市部をすべて覆っていた。あれらはどこへ行った? やられるがままになっているのはなぜだ? 敵の次の手が読めない。これは、よくない傾向だ。


「ドクター、何か変だ。空を見てくれ!」


 低空を旋回しているドクターに声をかけると、爆笑とともに返事が返ってきた。


「だ―――っはっはは! 心配性でぇーすねアサヒ! 大丈夫ですよ、空には何も――――」


 ドクターが笑いを止めた。


「あれは……、なんですな?」


「ピー、ガガガ。我が軍は膠着ス戦場に対シ、空爆を開始するコトを決定シタ。周辺住民ハ速やカに避難ヲ開始して下サイ」



 ウウウウゥ―――――――、ウウウウゥゥ―――――――


 アナウンスとともに聞こえてきたのは、思わず背筋が寒くなるような音だ。

 腹の底からぞわざわと不安感が湧き上がってくる、空襲警報。


 学生のころ、夏の課外学習で見せられた凄惨な映像作品を思い出す。

 かつて日本であった悲惨な戦争。俺は嫌いだった。こんな胸糞悪いものを見せられなくたって、戦争なんかするわけないじゃないか。


「アサヒ、あさーひ!! 爆撃機でぇすよ! 凄い数です! 編隊を組みやってきまぁすよ! 西の空です! 私が撃墜しますが、爆発に注意してくださいよぉ!」



 

『アサヒ、こちらの泥にも変化が。集まって、何かが出てきます。これは』


 泥が集まって大きな沼を作る。大質量の存在を生成する。


 大地から次々と生えてくるは巨大な筒状のものだ。鈍色に光る金属の筒を見た瞬間、寒気がした。地対空ミサイルなんて比較にならないくらい巨大で、長い。それが次々と噴煙を上げて空へ放たれていく――


「ピー、ガガガ。戦況は最終局面二。政府は敵基地へ核弾頭ヲ搭載しタ弾道ミサイルICBMの発射ヲ決定。世界は終わリヲ迎えまス。サヨウナラ、サヨウナラ、サヨウナラ――――」


 垂直に打ち出され、空の彼方に消えていった弾道ミサイル。

 あれはどこに向う? 標的は俺達だよな? そのまま落ちてくる、んだよな? ほかへ飛ばされてもヤバいんだけど。


「え……。いくらなんでも、それはさすがに……」


 背中に冷や汗が流れていった。


 その単語は聞き捨てならないぞ。核弾頭だ?

 さっきのミサイル。あれに、本当に、核が??



「アサヒ、アサ――ヒ!! 今のなんですか!? ヤバそうなのが飛んでいきまぁしたねぇ!」


 爆撃機の編隊に対応していたドクターも驚いた声を上げていた。

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