第36話 VSチクタクマン

 チクタクマン。

 アースが命名したヤツラの動きは緩慢かんまんだった。

 大小織り交ぜて十数体の泥人形がゆらゆらと揺れる。


 先制とばかりに一体削り飛ばしたが、ヤツらは大きな動きを見せない。まるっきり棒立ちだ。歯車回る双眸そうぼうが俺を見る。


 なんだやる気がないのか? といぶかしんだが――


 カチリ、と。

 歯車がかみ合う音がして――



 ドタタタタタタタタタタッッ!!!!


 一斉に銃撃が開始された。

 黒い泥で出来た身体から無数の銃器が生え、火をいたんだ。


 俺は、瞬間の判断で土塊で防御壁を築きそこに転がり込んだ。無数の銃撃で顔を出すこともおぼつかない。見れば銃撃は空にも向いている。ドクターは!? と仰ぎ見ると、いた。


 風の中心で高笑いする生首が浮かんでいた。


「はははははははは!! アナタ、銃を使うのですか? 面白いでぇすね! 【虚神】ラヴクラフトが銃。人類の発明を使う? はははは!! 可笑しな話でぇすね!」


 ドクターが操る暴風は、銃撃をも防ぐ。

 彼の周囲をめぐる風の奔流ほんりゅうは何ものも通さない壁となっていた。


「アァサヒ! あなたはそこで見ていなさぁぁあい! 私が手本を見せてあげましょう! そぉおれ!!」


 ドクターは大きく旋回すると、大地から生えるチクタクマンたちに、風の暴威ぼういを降らせ始めた。大気が冷える。キーンと頭の芯が響くような感覚。空気が圧縮され始める。視界の端に白いものが見えた。雪だ。


「我が幻想器は風と氷雪の使い手。私のつたない知識によると、現代銃は-50℃でも動くらしいですねぇ。ではそれよりもっと下げればどうでしょうねぇ……。気になりまぁぁぁあすねぇ!!」


 吹き下ろす風は冷たさを増していく。

 危機を感じたのだろうか、チクタクマンたちの射線はすべて上空のドクターに向いたようだ。


 ――――――――――――――――――

 -ドクター大丈夫?

 -めっちゃ撃たれてるし……

 -こんなん戦争やん

 -すげぇ【虚神】ラヴクラフトって現代兵器も使うんやな

 ――――――――――――――――――


「ドクターは飛び道具にはめっぽう強い、しばらく任せる。あと人外だしな。銃弾喰らってもなかなか死なないんだよあの人。昔は脳みそ半分こぼれててもそのまま戦ってたよ」


 ―――――――――――――――――――

 -こわwww なにそれ不死身すぎw

 -いろいろ規格外やな

 -大丈夫、アサヒニキ震えてる?

 -がたがた言ってるやん……現場、そんなに寒いんか

 ―――――――――――――――――――


 実際、寒いんだ。

 ドクターが使う極低温の風は、チクタクマンを次々と氷づけにして行った。

 銃ごと凍結した泥人形が砕けて、銀の煙になっていく。

 戦況は優位だ。俺が割って入ると、ドクターの攻撃が止まる。このまま圧倒して終わるか?


 そう思った時。チクタクマンに新しい動きがあった。

 

「――ピー、ガガガ、本日未明、我ガ軍は京都方面戦線二大規模戦車部隊の投入を決定。戦場の敵を殲滅せしメルべク、大規模攻勢をかケルことヲ決定いたしマしタ」


 戦場にノイズ交じりの放送じみた音声が響く。


 ――――――――――――――――――

 -え、何、あれ……

 -ファ? 

 -いやいやいや、戦車が出てきたでwww

 ――――――――――――――――――


 泥が範囲を広げる。

 黒い沼から次々と這い出したのは、十数両の戦車部隊だ。

 砲塔が、ドクターに狙いをつける。


「アース、防御壁を! 視聴者も、音注意!」


 ズガン!! ズガガガン!!!! 


 腹の底から揺らされる大音響。舞い上がる土埃。戦車砲が次々と火を噴いた。

 比較的低空を飛行していたドクターは、撃たれ、爆炎に飲まれた。


 ――――――――――――――――――

 -ドクター爆発したぁああ!!???

 -ドクタ―――!!!!

 -逝った―――――!???

 ――――――――――――――――――


「いや、まだだ」


 煙幕が晴れる。その瞬間飛び出した小さな影。


「ばっ――はははは!! やるではないですか!? 一瞬死んだかと思いまーしたねぇ!! もしかして現代兵器なんでも出せるのでーすか!?」


 ちょっと焦げていたドクターは大きく上空に飛び上がる。

 戦車砲を警戒してのことだろう。砲塔が上空に向くには限度がある。こちらからは豆粒程度に見えるドクター。


 結構、距離をとったな。あそこまではチクタクマンの攻撃は届かない。

 だが――。


「ピー、ガガガ、戦況ハ膠着状態。敵ノ空襲に対シテ我が軍が健在なレど打つ手ナシ。軍司令部は、対空兵器の投入をモっテ対応するコトを決定。国民の安全第一でヨロシクお願いしまウ」


 次に沼から生えてきたものには、背筋が凍った。

 自走車両に積まれた異形の貨物。角度をつけ、稼働し、ドクターをにらむ。

 積んでいるのは、あれ……なんだ? 最近見たぞ。そう紛争地域のニュースとかで見るやつ――、ミサイルの小さいやつ?


「ドクター逃げろっ!! 対空ミサイルだ!」


――――――――――――――――――――

-ひぇ!?

-やばいもん出てきたぁああ!!!??

-俺知ってる、知ってる! 短SAM!! 地対空ミサイル!

――――――――――――――――――――


 次々と火を噴く、短SAMと呼ばれる地対空ミサイル。

 噴煙を吹き上空に飛ぶ。

 それらが次々と追加される。泥からまだまだ出現する。


「き、京都の街がふっとびまぁすよ!!!!」


 ドクターは無事だ。だが、今のところは、だ。

 縦横無人に飛び回り回避しているが、次々と投入される兵器群に回避で手一杯だ。

 いつの間にか高射砲の類も投入された。烈火のごとくの対空砲火が空を覆う。


 ―――――――――――――――――――――

 -すげー! ドクターヤバいのわかるけどスゲー! ミリオタの俺大歓喜 

 -日本で戦争スンナしwww 【虚神】ラヴクラフトヤバいwww

 -堕ちるべし、堕ちるべし

 -言ってる場合か!?

 -アサヒニキそろそろヤバいって。加勢しないと

 ―――――――――――――――――――――


「わかってる! アース行くぞ!」

『了解です。アサヒ』


 敵の攻撃は苛烈だ。ドクターはもうもたない。

 だが俺なら、地上の兵器など敵じゃない。


 俺はアースを構え、現代兵器群にむかって走り出す。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る