第32話 革命器の使い方

 迷宮核ダンジョンコアは、迷宮ダンジョンをコントロールすることができる迷宮の中心ともいえる存在だ。埋蔵されるジオード結晶の分布の把握から、迷宮全体の監視。迷宮魔物クリーチャーの任意発生さえ可能にする。


 人類に大きな変革を起こした迷宮。

 だが、迷宮ってのはそもそも何なんだろう?  


 おそらく深淵アビスと呼ばれるあの世界が本体だ。深淵に潜むものどもが、地上を浸食しようと狙っているのならば、迷宮ダンジョンはあの異世界から地上に至るための橋頭保きょうとうほとも言えた。


「なぜ迷宮が魔物クリーチャーを生み出すのかも謎ですねぇ……。地上を攻める戦力なら、深淵の怪物たちで足りるでしょうに。それに興味深いのは魔物のデザインでぇすね。ドラゴン、オーク、ゴブリン。我々人類が伝説やおとぎ話、あるいは近年のゲーム文化の中で空想した怪物の姿を取っていますよねぇ。なぜなんでしょう。もっとわけのわからない、それこそ深淵で見られる異形の魔物でもよさそうなのに」


「そういえば、なんでなんだろうな」


「この迷宮核とという機構は、地上の人間の潜在意識を読み取っているのではないかと思うのですよ。全く未知の存在というのも怖いものですが、人類には根源的恐怖とか、畏怖とかの原型アーキタイプがありますからねぇ。そういうものを利用して、こちらの戦意を折りに来ているのかもしれません」


「なるほどなぁ。ドクターはたまだけど、賢そうなこと言うよな」


「ふはっ! 私はいつでも知識の神髄を極めようと日々思索しているというのに、まるで普段は頭がオカシイかのようなことを言うではありませんか!」


「普段は頭おかしいよ。あんた」


「ふんっ、脳みそまで筋肉のアサヒ坊に言われたくないですねぇ!」


 こんな風にドクターと益体やくたいのない雑談に興じているのには訳がある。俺たちの弟子である二人の女の子。マツリカちゃんとシノンちゃん。彼女らの戦いを見守っているからだ。


 戦いはもうすぐ終わる。巨大な赤い竜に追われる二人がいた。


「はぁ、はぁ……! シノンちゃん、足止めいきます!」


 マツリカちゃんが薄墨丸うすずみまるを構える。

 襲い来る巨大な竜には体のあちこちに黒い切り傷が見えた。薄墨丸で付けられた傷だろう。そこでマツリカちゃんが、刀身に手を添え命令をする。


「薄墨丸! マーカー全部! 食べて!!」


 瞬間、竜にあった黒い傷が膨張して爆ぜた。膨らんだ黒は、竜の身体に直径1mを超える大穴を開ける。傷に残された黒の汚泥が周辺の体組織ごと闇に引き込みえぐり取ったのだ。


 たまらず悲鳴を上げ倒れる巨体。

 いいじゃないか。破壊範囲は比較的小さいが、効果的な攻撃だ。

 発動タイミングを指定できるのもいい。傷をつける場所を工夫すれば大型の敵でも一撃で仕留めることも可能だろう。


 その攻撃で竜は怖気づいた。

 怒りの咆哮。憎々しげにマツリカちゃんをにらみつけるが、足の一部を抉られた竜は歩みを止めざるを得ない。その場に立ち止まりまごついた。

 

「そこ、どんピシャですわ!」


 その隙に飛び込んできたのは、シノンちゃんだった。


「切り裂きましてよ! 銀の腕アガートラム!」


 水平に構えた銀の剣。彼女の革命器【銀の腕】アガートラムは刀身にまばゆい光をたたえていた。もとの刀身より3倍もあるだろうか。細身のショートソードだった銀の腕アガートラムはいまや、巨大なエネルギーの刃になっていた。


 その光輝く奔流ほんりゅうが竜を襲う。


往生おうじょうなさいまし!!」


 気合の一振りで、竜の首は胴体ごと両断された。


「ドクターあれさ、どこで拾ったんだ? 見覚えがない力なんだよな」


「アサヒ坊は深淵で光の巨人のような奴を見たことはありませんかな? 私は昔出会ったことがありましてな。対峙した時は「あ、死んだな」と思ったのですが、どうも敵対するつもりはなかったらしく、そのままのしのしと歩いていったんですな。その時彼が落としていった金属片を鍛えて作ったのが、あの剣ですねぇ」


「へぇー、人型?」

「老人のような風貌をしてましたねぇ。髭もじゃでした」

「あぁ、ちょっと見たことあるかも」


 以前から深淵で人間に近い形をしたモノを見かけることはあった。【虚神】ラヴクラフトとも【異獣】ダーレスとも違う、光に包まれ人に近しい姿をした巨人。


 あれも深淵に潜む神のうちの何かなんだろうと思うが、例によって詳細は不明だ。ただ強い力を持つ存在であることは間違いない。


 シノンちゃんの革命器は、その存在の力を純粋なエネルギーに変えてぶっぱなす系の技が使えるようだ。大型に向く武器だな。


「お、お師匠さんお師匠さん、見てましたか!? 竜、私たちで全部倒しましたよっ!!」


 そうこうしていると、ヤケクソ気味の笑顔のマツリカちゃんが近づいてくる。後ろに続くシノンちゃんも目が血走っていた。


「ご苦労さん。一通りの迷宮魔物クリーチャーは倒せるようになったな」

「りゅ、竜は少し苦戦しましたわ。二人でないとつらい相手です」

「かまわないよ。どうせ深淵では単独戦闘は危ない。ペアで戦うのが安全だよ」


 二人の成長はめざましかった。途中までショゴスのお世話になることも多かったが、すぐにそれぞれの革命器の特性を理解して戦うようになった。


 それでも最初は、

『もう嫌ですわ嫌ですわ嫌ですわ! おうちに帰えらせてくださいまし!』

 だとか、

『夢、これは夢だよ……、こんなに大量の敵に囲まれるなんて……。ああハルちゃんとスタバ行く約束してたんだったぁ』


 だとか、かなり泣きが入っていたが。


 ゴブリン、オークからはじまり、バジリスク、吸血鬼ノスフェラトゥと難易度を上げていった。マツリカちゃんには因縁の相手となるケルベロス。さらに強力な赤竜も。


 二人とも毎回新しい魔物を出すたびに、いい反応をしてくれるんだ。怯えたり悲鳴を上げたりな。今倒した竜も、1ダース呼び出した分の最後の1体だった。


「これで、ブートキャンプ終わり、なんですよね?」

「もう戦うのは勘弁ですわ……、ここからまたおかわりされたら心が折れましてよ」


「ああ、二人ともお疲れ様。驚きだったよ。できるとは思ってたけどこんなに早くやりきるとはな。これで二人とも深淵級探索者だ」


 本当はもう少しやっときたかったんだけどなー。心折っちゃったらまずいし。ここらが潮時かと、二人にお墨付きを言い渡した。すると――


「「い――、やったぁ!!」」


 と二人は手を取り合って喜んでいた。

 正直、かなりつらかったんだろう。シノンちゃんなんか感動のあまり、泣いちゃってるしな。


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