第27話 追憶:VSヴルトゥーム&ミ=ゴ

 【虚神】ラヴクラフトヴルトゥーム。

 巨大な人誘花じんゆうか。人食らう花園。


 攻撃方法は、極小の花粉状粒子による洗脳と張り巡らした根による攻撃だ。

 洗脳は気合で何とかする。長く吸っていればヤバいだろうが、短時間ならば何とでもなるだろう。長い深淵アビスの旅で、俺には精神攻撃耐性と呼べるものが出来上がっていた。


 問題は、根による攻撃だ。

 ドクターが言っていた。植物というのは、外に出ている茎・花の部分よりも数倍巨大な根を持つものがあるらしい。こいつもそうだ。巨大な花弁よりもさらに長大で、太い根。それが土を巻き上げながら、地中より襲ってくる!


『アサヒ、3時および4時、6時、9時それに10時と12時方向。土中から根腕こんわんによる攻撃です』


「わかりにくい! 要するにあたり一面ってことだろ? ぬおりゃあ!」


 土塊操作で空中に退避しつつ、アースを振るう。同時に飛び出してきた根腕を円周状に消し飛ばした。


 根……根かこれ!? キモい、ひたすらにキモい! 大人の胴体周りほどもある太い根の周囲にびっしりと人間の目と口と、赤ちゃんサイズの手が生えてる! うぞうぞ、うぞうぞと手招きをして、小さな口が一斉に叫ぶ「マ” マ” ァ”ァ”ァ”ア”アアア!!!」


「んぐっ!?」


 思わず胃に来た。

 甘いような、生臭いような匂いもひどい。


『アサヒ、上空からも襲撃。ミ=ゴ来ます』

「んなろぉお!」


 空中で身体を強引に捻って迎撃する。


 【異獣】ダーレスこれもエボン神父が命名した。どういう分類なのかはわからないけれど、【虚神】ラヴクラフトより知性的に数段落ちる、この世界における獣であると言っていた。


 【異獣】ダーレスの特徴としては、集団で現れる種族であることだ。一方、【虚神】ラヴクラフトは基本的に一個体だけ。風の精みたいに、群体にして個体って奴もいるにはいるが多くはない。それよりも面倒なのは、その不滅性だ。


 【虚神】たちは、アースで削り飛ばした次の日にまた現れたりする。だから、ヤツラは不滅の存在なのだろうというのがドクターの考察だ。


 着地し、距離を取る。

 地下と空からの波状攻撃が続く。一対多数だ。だけどこれまでも圧倒的多数を相手にしてきた。戦い方は心得ている。


「あいつを掘り返してやる。アース」

『了解です。アサヒ』


 一足飛びで距離を詰める。身体強化のかかった俺の身体は人間としての速度を超える。ヴルトゥームの根本まで駆け抜ける。邪魔な花弁を一振りで削り取り、同時に周囲のミ=ゴを消し飛ばした。あたりはクリア。次は本体への攻撃だ。


 ヴルトゥームの根本へとアースをつきこむ。

 植物を枯らすには、根っこからだ。


「大地を揺らせ! 【月震げっしん】!」


 突きこんだ場所から、土塊操作と連動した振動波を送る。最大出力で放つそれは局地的な地震に匹敵する。


 大地がめくれ、ヴルトゥームごと、地盤が浮き上がる。根のすべてを露出したヤツは無力化する。この出力ならばそれが可能なはずだった。


 だが……











 露出した根に、ミ=ゴがびっしりと貼りついていた。


 【異獣】ダーレスミ=ゴの姿はいろいろある。種族としてのミ=ゴであるならば、個体差があるのだろう。そしておそらく、グループもある。空を飛ぶミ=ゴ。浅い水辺を住処とするミ=ゴ。そして今俺が直面したのは、土中に潜むミ=ゴ達だった。


 セミの幼虫じみたミ=ゴたちが一斉に声を上げる。


「アアア■ァアアア■■■―――!!! イ■■ィィィィイイイイ――――!!!」

 

 極至近距離から怨嗟えんさの念破。複数から集中的に食らった俺の脳は激しく揺らされ、一瞬意識を手放す。その間は一秒程度なはず。それでも完全なるブラックアウトだ。ヤバいと感じる間もなかった。


 意識が戻ったと同時に、すさまじい痛みを感じた。熱い。手足が焼けるように熱いんだ。


 視力が戻った。視界の端に赤い何かが舞う。

 手。人間の手だ。


 誰の? ヴルトゥームの根に生えてる? いや違う。俺の手だ。


 左腕に続いて、右足が宙を舞っていた。

 血しぶきが空中に。視界も赤い。それがスローモーションのように見えた。


 何が起こったのか。

 空を飛ぶミ=ゴの数匹の突撃が、俺の手足をもぎ取っていったのだ。



 ◆◆◆



「――アサヒ!!」


 血だまりの中で霞む目。遠くからミウ姉が駆けてくるのが見えた。


 出血のせいで、俺の意識は途切れかけていた。

 アースは光を失い転がっている。手を離してしまえば、道具であるアースは無力だ。


 銃で必死に応戦するミウ姉。他の仲間の姿が見えない。もしかしたらいないのかもしれない。エボン神父はああ見えて現実的な指揮官だ。主力である俺がやられたとなれば、即座に撤退を選択してもおかしくない。


 ――駄目だ。

 その道具じゃ、そいつらは殺せない。

 本当に多勢に無勢だ。ミウ姉、逃げて……。


 途切れそうな意識を必死に持たせ、声にならない声を振り絞る。

 だけど俺の口はパクパクと死にかけの魚みたいに動くだけだ。


 もう、意識が。



「しっかりしろ、斎藤アサヒッ!!!!」


 耳元で大声。同時に思い切り頬を叩かれた。


「諦めるな! 生きていればまだチャンスはあるッ!!」


 ミウ姉は傷だらけだった。

 自分も相当な怪我を負っているだろうに、俺の手足を手早く縛り、背負った。


「脱出する! キミも意識をしっかりと持てッ!!」


 ミウ姉は、元自衛隊員だった。普段は自信なさげにふわふわしてるくせに、ここぞという時に見せる軍人の顔も素敵だった。


 心強いミウ姉の言葉。

 だけど俺の心はもう、折れかけていた。


「ミウ姉、ミウ姉。ごめん。俺、やられた……、負けたんだ。だからここで捨てていって……」


「何を言っている! 大丈夫だ! 負けは取り返せる! 落ちこむ前に、生き延びることを考えろ!」


 そんなこと言ったって、手足が一本ずつないんだ。

 出血もひどくて……。目も霞んで……。それでも、ミウ姉は声を張り上げる。


「最近の義肢はすごい! 迷宮の出現で、テクノロジーも格段に上昇している! 大丈夫だ! 助かる! 生きるんだ!」

「生き……、る」

「そうだ! 生き延びるんだ! キミはまだ死んでは駄目だ!」


 ミウ姉の周囲には、ミ=ゴたちが何重にも取り囲んでいた。

 生き延びるといっても、逃げ場はない。次の瞬間には、この怪物たちに刺し貫かれてるかもしれない。


「生き、る……」


 俺の右腕には、まだアースが握られていた。

 少し弱弱しくはなっているが、柄には幾何学の光線が通っていた。


「アース、もう一度だけ……」


 ミウ姉に地面に降ろしてもらった俺は、大地にアースを差し込む。

 それは、弱弱しくて、刃先数センチしか大地に入らなかったけど、俺たちの直下に巨大な大穴を出現させた。


「アース頼む……。俺たちを安全な地中まで導いて……」

『――了解しました。アサヒ』


 アースの操る土塊は、地上の入り口に蓋をし、同時に地中へ地中へと穴を掘り広げていったんだ。

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