第15話 ショゴス襲来

「なんですかこれ―――――っ!!?」


 あっという間のことだった。

 配信に気を取られている間に、やつらは忍びよっていた。


 おそらくは、暗闇に潜んでいたのだろう。死角から現れた不定形生物の群れが庭さん――、いやマツリカちゃんと呼ぼうか。さっきそう呼べって言われたしな。


 ――彼女を飲み込んだんだ。


 奥からうぞうぞ這い出てくる、半透明の黒と発光する玉虫色が混ざった軟体ボディ。彼女の身体をからめとりながら、どんどんと体積を増す。触手によって拘束された彼女は身動きが取れずいいようにされていた。


「や、ヤダ……! どこ触って、うんっ……た、助けて! こいつら、足とか触ってきますよぉ!」


 突然のことにパニくったマツリカちゃんが暴れる。

 だけど奴らの習性的にそれは悪手だ。触手が危険を察知して素早く動く。


 よりしっかりと全身をホールドされるマツリカちゃん。紺のセーラー服に、触手が巻き付いて、体のラインが強調された。きついだろうが、しょうがないな。あれは怪我をさせないようにしているんだ。


 うねうねで、もぞもぞでひんやりボディがマツリカちゃんの全身をはい回る。夏場はくっつくと涼しくて、寒い時は暖かく柔らかいやつ。全身の凝りをほぐすように、四肢に巻き付いていく。こうなると逃げられないんだ。衝撃も吸収する安全設計だからな。


「え、えええ!? に、逃げられない? え、な、なに? 今度は顔に近づいて、いったい何を――、もむっ?」


 おお、今度は触手がマツリカちゃんの口に突っ込まれたぞ!? 


 あれは給仕行動だな! 流れるような保護マッサージからの給仕。奉仕種族ほうししゅぞく面目躍如めんもくやくじょというところだ。


「んんんん~~~~~! ぷはっ! な、なにか流し込まれました!!! お、お師匠さん! 助けてください! このままじゃ私食べられる!」


 マツリカちゃんは、恐怖と混乱で涙目だった。


 いや、そんなに焦らなくていいんだよ。

 そいつらは、ただ、出会った君に奉仕したいだけなんだから。


 それにさ、こういう光景はなんというか、ぐっとくるじゃないか。


 ―――――――――――――――――――――――

 -おいおいおい!!!! なんだあれ、スライムの変種か???

 -アサヒニキ何やってんだ? 

 -はよ助けてあげー

 -ああ、ああ、マツリカちゃんがエッチい感じに!

 -薄い本がはかどるな! ――まじはかどるな

 -アサヒニキ早く! 早く!

 ―――――――――――――――――――――――


「あ、うう、ん……、た、助けてよぉ……」


 全身をもみくちゃにされている彼女。顔が上気して血行が良くなってるのが良くわかる。あれ食らった後は、体の疲れが全部とれるんだよなぁ。老廃物全部出る。彼女も健康間違いなしだな。


 うんうんとうなづく俺に、アースが声をかけた。


『アサヒ。私たちは彼らの習性を知っています。ですが、そろそろ止めないと彼女の信頼を永遠に失うのではないですか? このままでは決定的かと。それに――』


 ―――――――――――――――――――――――

 -ハァハァハァハァ

 -えっちい、めちゃえっちぃ

 -わいはカスや、でもカスでええんや

 -幻滅しました。いいぞもっとやれ

 -斎藤アサヒ タヒね タヒね タヒね あ、でもえっちなマツリカちゃんグッドです

 ―――――――――――――――――――――――

 

 コメント欄も盛り上がっていた。

 確かにこれはよろしくない。あとで彼女から恨まれかねない。


 懐かしさについつい眺めしまったけれど、事情を知らないならただマツリカちゃんが襲われているだけだしな。それをニヤニヤと眺めてる俺は言わずもがな。


「あううう……」


 粘液ボディから顔だけを出して宙づりになった彼女もぐったりしていた。


「そろそろやめな『てけり・り』」


 そう呼びかけたら、反応は迅速だった。


 マツリカちゃんにまとわりついてこってり濃厚奉仕をしていた粘液ボディが、俺のほうを向く。


 奴も俺をおぼえているのだろうか。黒光りするボディが震える。こいつらに顔はない。だけど俺には粘液質がうれしそうにしているのが分かった。


「りりり、てけり・り!」 


 ほら、鳴き声もうれしそうだしな。


 ◆◆◆



「こいつの名は『ショゴス』っていってな。一にして全、全にして一な群体生物で、深淵層に生息する迷宮魔物なんだ」


「あ、はい」


「迷宮魔物って言っても、有害なやつじゃないんだぞ? 生き物を癒すのが趣味っていう変わったやつだ。最初はびっくりするかもしれないが、こいつらの全身マッサージと、栄養たっぷりの体液を受けると、驚くほど体がすっきりする。深淵層で死にかけたら、こいつらを見つけてすぐに飛び込んだほうがいい。生きてる安全地帯セーフティゾーンだからな。体に包まれたまま、安全な場所に連れて行ってくれるし、怪我も全回復できるぞ」


「はぁ、そうですか」


 深淵アビス層には独特な生態系がある。地上や、深層までの常識では測れないことが多い。そんな特殊な環境や、原生生物を利用するのも、深淵アビス級探索者に必要なことだ。


 ――ということを、伝えているつもりなのだが、マツリカちゃんはぷいっと横を向いてご機嫌ななめだった。すぐに助けなかったのを怒ってるらしい。


「理屈はわかりました。でも、私はびっくりしたんですよ?」


 と湿度の高い目を向けてくる。


「説明もせずに、放置したのは悪かった」


 なので素直に謝る。


「……それだけですか?」


「ん」


「私が襲われてるのを見て、喜んでませんでした? ううん。すごいニヤニヤしてた!」


 ぷりぷりと怒る彼女を宥めながら己の心に聞く。

 ――まぁ、否定はできないよな。

 

 ショゴス責め、絶対エロいし。


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