第3話 配信開始!


 ダンジョン探索は5年前と大きく変わった。


 まず安全になっている。ダンジョン内で採掘できる特殊な鉱物ジ・オード結晶体も大型機械が入り自動化されているらしく襲撃に怯える必要がなくなっていた。それに、中層以降にいる迷宮魔物ダンジョンクリーチャーたちへの攻撃方法も確立した。


 当時は、みんなが迷宮宝具ジ・オード作用機を装備しているわけじゃなかったから、何が有効かもわからないまま未知の化け物に挑んでいた。

 奴らに効くのは、同じ迷宮で産出される魔素結晶ジ・オードエナジーを使った武器だけだって事が分かったのはずいぶん後のことだ。


 それから時がすぎた。もう命をベットして探索する時代は終わった。迷宮は日常となり、探索は仕事と娯楽に変化している。


 それを象徴するのが、ドローンを使ったリアルタイム配信だ。


 探索者イコール動画配信者。


 今、世界のエンターテイメントコンテンツのトップに君臨しているのは世界各国の迷宮配信者ラビリンチューバーである。


「アサヒさんもー、これからはー、一人前の迷宮配信者ラビリンチューバーですからー、言動にはくれぐれも注意してくださいねー、過度な罵倒ばとうや差別発言は炎上しますし、内容によっては一発BAN免停もありえますからー」


「ん……BANっていうともしかして」

「はいー、探索者ライセンスの取り上げはもれなく付きますねー」


 おう……。そりゃ大事だわ。


 シィさんの話ちゃんと聞いといてよかった。

 せっかく復帰するのにやらかして即引退なんて最悪だ。


「一応聞くんですけど、配信は切れないんですかね。遭難防止目的だけなら、配信までする必要ないと思うんですけど」


「んー。たまに嫌がる方もいらっしゃりますがー、規則ですのでー。……多いんですよ。閉鎖空間だからって、女性探索者さんに悪い事しようとしたりする犯罪者さんが。不特定多数に見られてると、抑制できるんですよね。そういうの……」


 間延びしたしゃべり方をやめ、急にトーンを落とす。シィさんの顔は本気だった。その圧にちょっとびびるくらい。


 やっぱりこいつ、監視カメラも兼ねてるんじゃねぇか。


 飛び回る【伝えたい君】に視線を寄こすと、すいと目の前にやってくる。よろしくねとばかりにモニタ上で大きなスマイルマークが表示された。


 ええい。可愛いふりをしても駄目だぞ。監視者め。


 とはいえ、昔のダンジョンは本当に無法地帯だったのだ。

 気に入らないヤツを深層に取り残して殺そうとした奴がいた。仲が悪すぎて連携が取れず全滅した奴らがいた。あとは……、手に入れた価値のある鉱物を巡って仲間割れしたりな。殺伐としてたんだ。世界中がひっくり返ってたから。


 それがなくなったのなら、ずっと監視されてるのもまぁ、我慢するべきだろう。

 

「あとあとー、単純にダンジョン開発運営機構D・D・D・Mの重要な資金源にもなってますのでー。ああ、探索者さんにもちゃんと視聴分のペイはありますのでー、人気者になれば一攫千金いっかくせんきんですよ? トップ迷宮配信者ラビリンチューバ―目指してくださいっ」


 ふんすと気合を入れるシィさん。

 そのしぐさが可愛くて、俺は世間話交じりで聞いてみる。

 

「迷宮配信、お姉さんも好きですか?」

「はいー、大好きですねー。夢がありますー。モンスターを颯爽さっそうと倒す配信も素敵ですけど、全人未踏の場所を探検したり、未知の魔物クリーチャーとの遭遇を一緒に経験出来るのがいいですねー。冒険のドキドキ感詰まってます」


 ふむふむ。シィさんは冒険感が好き――っと。


「俺が有名になったら、お姉さんも見てくれます?」

「ええ。見ますともー、でも有名って言うとですねぇ……」


 シィさんは、現在トップ迷宮配信者と呼ばれる人たちの名前をいくつか出してくれた。最近の探索者には疎い俺には知らない名前ばかりだった。


「このあたりの人は超えてもらわないと、いけないですねぇー」

「む、その人達がどれくらいすごいのか分かんないっすね」


「アサヒさんはー、5年前の中京断崖ちゅうきょうだんがい】をクリアした方と聞いてますからー、とっても期待していますー。今言った人達に、すぐ追いつくと思ってますよー」

「そうですかねぇ」

「そうですよー、頑張ってくださいっ、さぁお話はここまでですよ~、れっつ配信配信♪」


 シィさんがパチリと指をならすと、配信用随伴ドローン【いつでも見てる君】のモニターに●RECの文字が点灯する。なるほど、これで俺の姿は全世界に配信されるわけだ。


「はい。では新人探索者さんのしゅっぱーつ! 素敵なダンジョンライフをお過ごしくださいー!」


 シィさんは、そう言って、飛び跳ねながら応援してくれた。と思えば「私は映りたくないのでー」とそそくさと去っていった。


 残ったのは俺と2基のドローンのみ。

 いや、俺にはこいつがいた。手にしたスコップに話かける。


「だ、そうだが。まぁぼちぼちやるかアース」

『はい、アサヒ。私たちの再デビューですね』


 シィさんと話している間、アースは空気を読んで沈黙を守っていた。

 アースのみたいな喋る迷宮宝具は珍しい。根ほり葉ほり聞かれるのも面倒だからな。まったく良くできた相棒だ。


 だが、今からは良いだろう。配信が始まれば嫌でも存在は広まる。



「ええとまずは、画面の前の皆に挨拶しないと――って、マジ緊張するんだけどな……」

『先ほどの彼女がいうには、探索者の責務らしいですよ。ふぁいとです、アサヒ』

「んー、慣れんなー……」


 そういいながら、俺はぎこちない笑顔を【いつでも見てる君】に向ける――



 COMMENT――――――――

  onair-now


 -お、新人キタ――って野郎かよ

 -女の子が良かったー、おっかなびっくりの新人カワユスからなぁ

 -おにーさん名前なんてーの? ダンジョンは初めてか? 力抜けよ

 -新人の初配信に結構な人数来るんだな

 -DDDMの公式が宣伝するからな。あと、何日で辞めるか賭けるやつらもいる

 -おにーさんガチガチでワロタ。声上ずってるし

 -その迷宮宝具なに? スコップ? 採掘型かー、人気無いやつだな

 -今どき武器型以外は“無い”なー。個人で掘っても、自動採掘機に及ばない量しか掘れん。なら大型の迷宮魔物ダンジョンクリーチャーを狩ってドロップ結晶狙うほうがいい

 -まぁ、お手並み拝見と行こうぜ

 -おにーさん、こっちむいてー、かーわーいいー。お尻向けてよ

 -お、まず俺たちに今後の方針教えてくれるの? いい奴だなあんた



 -は? いきなり深層に行くだって? スコップ一本で? 自殺志願者かよ

 -やめとけやめとけ。たまーにこういう奴いるんだよ。いきなり中層以降のモンスターに突撃かますDQN。大概怪我して探索者辞めるんだ。

 -おにーさん、深層は遠いよー、やめよーよー

 -あ、聞いてないわ。スコップ振り上げてら。何して――



 -え

 -はぁ?

 -いや、意味わからんのやが

 -ん? え? んなー!?

 -おい、下の階に降りてったか今?

 -何が起こったか、見たままを話すぜ。新人が穴掘って地中に埋まった

 -いや埋まったわけじゃねーわ。下の階に降りたんだよ 

 -え、床って掘れるのか?

 -えええええええええ????? (二度見) えええええええ?????

 -ちょwwww おまwwww それは反則じゃねwwwwww

 -穴掘るとか、穴掘るとかww ドローン追え追え! 

 -また下の階層に抜けた

 -マジか……、そんなん出来るんか。それで下いくのか? うそやん

 -あ、俺聞いたことあるわ。ダンジョンの内壁って普通は崩せないらしいんだけど、特殊な迷宮宝具だと突破できるって。でもこれ……、掘るの早すぎじゃね?

 -おい、ドローン、固まってないで早く追え! もう兄ちゃん見えなくなってるぞ! うお、また下の階層に抜けた!? 階層の床ってそんなに薄いのかよ!


 ――――――――――――――

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