第162話 へんしーん
俺達は村長の家の前まで来ると、扉に耳を当てる。
『マズいぞ。エーデルタルトの王子が来てる。話が違うじゃないか!』
ユルゲンの声だ。
しかし、話が違うって何だ?
『落ち着け。作戦に大きな影響はない』
この声は…………あの時の襲撃野郎だな。
やはりこっちにいたか……
『エーデルタルトだぞ!? 野蛮で権力を笠に着る傲慢国家だ! そんな国家の王子は絶対に関わらないって言っていたではないか!?』
ひでー……
なんでそこまで言われなきゃならんのだ。
『何かの事情があったのだろう。私の予想ではジャスのカジノで大負けしたために金が支払えなくなって仕事を受けたとかそういうのだと思う』
勝ったわい!
『どうする!? もう少ししたら裏から来るぞ』
『安心しろ。裏には罠が多数仕掛けてある。それに、たとえ、ここに来たとしても私がどうにかしてやる』
やっぱり罠か……
『エーデルタルトの王子はともかく、ラウラの婆さんまでいるぞ! あのババアは元Aランクだ!』
『心配するな。そんなおいぼれに負けるほど私は弱くない』
おいぼれ(笑)
『だが……』
『わかった、わかった。だったら様子を見てくる。お前がここで待機してろ』
あ、マズい。
出てくる。
俺達は慌てて扉から離れると、家の裏に回り、隠れる。
すると、すぐに扉が開く音が聞こえたので、そっと覗くと例の黒づくめの男が家を出て、どこかに歩いていくのが見えた。
俺がその場でじっと待っていると、婆さんが肩を指でトントンと叩いてくる。
何か気付いたのかと思い、婆さんの方を向くと、婆さんが家の隣にある納屋を指差していた。
「…………あそこにオリヴィア様がおられる」
ん?
家じゃないの?
まあ、納屋とはいえ、かなりの大きさだが……
「…………行こう」
俺達は家の裏から離れると、隣の納屋に向かう。
そして、納屋の扉の前まで来ると、婆さんが扉を調べ始めた。
「鍵がかかっているね」
確かに扉には鉄の錠前がついている。
「俺がやろう」
俺は婆さんと位置を交代すると、人差し指を上に向けた。
すると、俺の指先から短いナイフ程度の炎の棒が現れる。
「なんだい、それ?」
「フレイムナイフ」
叔母上が使っていた魔法だ。
俺はそのフレイムナイフで音が出ないように慎重に錠前を焼き切る。
すると、切れた錠前が地面に落ちた。
「婆さん、行こう」
「ああ」
俺が慎重に扉を開けると、木製の扉がぎーっと音を立てながら開いていく。
だが、納屋の中は真っ暗で何も見えない。
「ライト」
婆さんが魔法を使うと、納屋の中が明るくなった。
納屋は床がなく、地面がむき出しとなっており、広さの割には物がそんなにない。
そんな中、奥には鎖に繋がれたオリヴィアが横たわっていた。
「オリヴィア様!」
婆さんがオリヴィアのところに駆けていったので俺は罠を警戒し、入口のそばで待つことにした。
「オリヴィア様、オリヴィア様!」
婆さんがオリヴィアを揺するが、オリヴィアは反応しない。
「くっ! 幻術で深く眠らされているか…………ならば」
婆さんが何かの詠唱を始めた。
すると、俺の横にある扉がゆっくりと開き始める。
納屋に入ってきたのは剣を持ったユルゲンだった。
ユルゲンは扉を開け切ると、ゆっくりと婆さんとオリヴィアに近づいている。
どうやら開いた扉の影にいた俺には気付いていない様子だ。
バカかな?
「後ろから斬るのは騎士道に反してないか?」
俺が声をかけると、ユルゲンが慌ててこちらに振り向き、剣を向けてきた。
「くっ! そこに隠れていたか!?」
いや、俺、何もしてない……
「ユルゲン、オリヴィアを救いに来たんじゃないのか?」
「戯言を!」
バレているのはわかっているようだ。
「一つ聞きたいんだが、動機は何だ? お前が国家を裏切る必要があるとは思えん」
「黙れ! 貴様には関係ない!」
「冥土の土産に教えてくれてもいいだろ」
「うるさい! 抜け、王子!」
うーん、ダメだこりゃ……
動機を教えてくれそうにないわ。
「やれやれ。心の狭い男だ。そういうのは女にモテないぞ」
俺はそう言いながらコンラートから譲り受けた剣を抜く。
「俺は貴様みたいな女を侍らす男が大嫌いなんだ!」
「んー? 本当にモテないのか……となると、動機はオリヴィアかな?」
「黙れっ!」
ユルゲンは剣を振り上げると、怒鳴りながら鬼の形相で斬りかかってくる。
「まじかー……」
俺はユルゲンが振り下ろした剣を抜いた剣で受け止めた。
「くっ! 貧弱な魔術師風情が!」
「逆にお前は何ができるんだ? 構えた時点でわかったが、剣もロクに使えんだろ」
ぶっちゃけ、雑魚だ。
剣を得意としていない俺がそう感じるくらいには弱い。
これで親衛隊になれるんだからすごいわ。
「くそっ!」
男は拙い足取りで距離を取る。
「うーん、ロクに鍛えていないし、コネかなんかで親衛隊に入った貴族だな」
「うるさい!」
まあ、平和な国だし、それでもいいんだろうな。
「ほら、そんなところにいないでかかってこい。そこからでは俺を斬れんぞ?」
「くっ! 舐めるな!」
ユルゲンは叫ぶと、剣を振り上げ、突っ込んできた。
「うーん、舐めているのはお前…………パライズ」
「がっ!」
ユルゲンが俺に剣を振り下ろそうとした瞬間、動きが止まる。
「魔術師だって言ってんじゃん」
俺は動かなくなり、前のめりに倒れ込んでくるユルゲンに向かって剣を振る。
すると、俺の剣がユルゲンの腕を切り、そのままユルゲンの首に食い込んだ。
そして、ユルゲンは地面に倒れ、動かなくなった。
「すごいね、この剣……」
さすがはコンラートの剣だ。
「終わったかい?」
オリヴィアを診ている婆さんがこちらを見ずに聞いてくる。
「終わった。そっちは?」
「寝てる。幻術は解いたが、体力の消耗が激しいね。まあ、命にかかわることではなさそうだから一安心だよ」
ちゃんと生きてたわけね。
「まあ、死んだら困るか……」
「ユルゲンの目的はオリヴィア様ってことかい?」
「あの怒りようだとそんな感じ。ラウラ、オリヴィアを背負えるか?」
「ババアに無理をさせないでおくれ。あんたが背負いな」
俺が?
「貫通済みとはいえ、王族の未婚の女を背負うのか? ウチだとちょっとマズいぞ」
「余計な一言を言うんじゃないよ…………もういい。私が背負う。ったく……」
婆さんはそう言うと、立ち上がった。
そして、自分に何かの魔法を使うと、再び、しゃがみ込み、オリヴィアを背負おうとする。
婆さんがオリヴィアを背負うためにこちらを向いたが、婆さんの顔はしわくちゃではなく、若い美人の女の顔になっていた。
「うーん…………リーシャの方が美人だな」
「だから見せたくなったのにー! あのクソ女、死ねよ! 間違いなく世界中の女がそう思っている!」
俺が思っていないからダメ。
「背負えるか? 腰がダメなのはマジだろ?」
「この子は軽いから問題ない。あの魔術師が戻ってくる前に早く離れよう」
それもそうだな……
「――悪いな。戻ってきてしまったよ」
男の声が聞こえたと思ったらゆっくりと扉が開かれる。
そして、黒づくめの魔術師が納屋に入ってきた。
「すごいな……まるで魔力を感じなかったぞ」
「……私も感じなかった」
オリヴィアを背負っている元婆さんが悔しげな顔をする。
「すごいだろ? まあ、感じられたら私の商売が上がったりだがね」
隠密か……
「どうやるんだ? 教えろ」
気配を消す魔法より便利そうだ。
「ふむ……まあ、教えてもいいがね。今はそんな時ではないだろう?」
そりゃそうだ。
「殿下、やれるかい?」
ラウラが聞いてくる。
「そうだな……お前、俺達とやるか?」
俺は男に聞く。
「うーむ……」
男はチラッと横たわって動かないユルゲンを見た後に俺とラウラを見ながら考え込み始めた。
「どうやら今回の作戦は失敗だったようだな。せっかく争ってもらって我らテールが攻めやすくしようと思ったのだが……」
「やはりテールか……」
ラウラが憎しげに男を睨む。
「おー、怖い。これは逃げられそうにないな。さて、ロイド殿下。まずは謝罪をしよう」
男はわざとらしく言いながら婆さんをからかうと俺を見た。
「謝罪? 聞こうではないか」
「殿下、聞く耳を持つな!」
ラウラが叫ぶ。
「ラウラ、ちょっと黙ってろ…………いいぞ、謝罪とやらをしろ」
俺はラウラを黙らせると、男に促す。
「今回のことは君達を巻き込むつもりはなかった。あくまでもテールとこの両国の問題だ」
「ふむふむ。それで?」
「私は君達に手を出すつもりはない。だから見逃してほしい」
「ほうほう。随分と都合がいいな」
ここまでしておいて、見逃せだとさ。
「実を言うと、私的にも今回のことはそこまで熱を入れていたわけではない。この国を調査中にその男から提案されただけなんだ」
男がユルゲンを見下ろす。
「こいつねー。一応聞くけど、こいつの目的は?」
「君達の想像通り、オリヴィア様だな。身の程を知らない男よ」
「ふーん、手を出したか?」
ユルゲンの奴、攫ったオリヴィアに手を出してそう。
「それを止めるのに苦労したよ。盛りの付いた男は嫌だね」
「まあ、お前には理解できないだろうな」
「ん? 何故かな?」
男が驚いたような顔をする。
「女のお前には男の欲望を理解できまい」
俺がそう言うと、男の顔から表情が消えた。
「女? こいつがかい?」
ラウラが疑うように聞いてくる。
「こいつは女だ。姿や声色を幻術で誤魔化しているだけ。なあ、そうだろ? カトリナ」
「は? カトリナ? カトリナってあの?」
婆さんが呆けるような声を出すと、男の口角が上がった。
「ふふふ、さすがですねー」
男の口から発せられた声色は聞いたことがある女のものだった。
「すごいだろ」
「ええ、素晴らしいです。やはり王族となると違いますねー。あー、でも、同じ王族でもそこのバカ女はダメでしたね」
男はそう言いながら外套を脱ぐ。
すると、短いスカートのメイド服を着たどこぞの宿屋の女が笑いながら姿を現した。
「よう、カトリナ。出張サービスか?」
「お久しぶりです、ご主人様。いや、旦那様って呼ばれるのがお好みでしたね」
そこにいたのは謎のサービスをする宿屋の娘、カトリナだった。
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