第158話 ツーカー
馬車は暗闇の中をひたすら進んでいた。
リーシャ、マリア、コンラートの3人が寝ているため、俺は寝ずに馬車の後ろで警戒している。
荷台で馬車を操縦している婆さんもまた前方を警戒していた。
だが、夜が明け、周囲が明るくなり始めても襲撃はなかった。
「ラウラ、何かあるかー?」
俺は馬車の後ろを見ながら婆さんに声をかける。
「何もないよ。さすがに正面からは来ないかもね……」
まあ、あの魔術師はかなりの腕だったが、さすがに多勢に無勢だ。
来るならからめ手を使うだろう。
「来るならパッパと来て、倒されてほしいもんだわ」
一晩中警戒は疲れる。
もしかしたらそれが狙いなのかもしれないが……
「相手もこっちを把握しているかはわからないしねー。今回は敵の姿が見えないから苦労するよ……」
「把握ねー……なあ、今回の手紙のことを知っているのはお前以外に誰だ?」
「誰も知らないと思うよ。正直に言うが、私はオリヴィア様とコンラート王子の間柄を知っていた。密会の手助けもしたからね」
だろうねー。
コンラートはともかく、オリヴィアが護衛の目を盗むのは難しい。
だが、魔術師のラウラがいれば別だ。
「それ、ダメだろ」
「ダメだよ。だから王にチクらないでね」
「チクりはせんが、よくそんなリスクを負ったなー」
「孫くらいの年齢の子にお願いされたらねー」
断れなかったわけか……
「家庭教師としては優秀だが、教育係としてはダメだな」
「森で生まれ育った私にそんなもんを要求されても困るね」
それもそうか。
「ふーん……お前がオリヴィアの家庭教師をしていることは?」
「城の者なら知っている。もちろん、ギルドも知っているけど、他の冒険者なんかは知らないね」
「なるほどねー」
となると必然的に……
「何かわかったのかい……ん?」
婆さんが何かに反応した瞬間、リーシャがゆらりと起き上がった。
「敵か……」
こいつ、怖えー。
起き上がると同時に剣の柄を握りやがった。
「待ちな、絶世の嬢ちゃん、あれは……」
どうでもいいけど、こいつもリーシャのことを絶世の嬢ちゃんて呼ぶんだな……
マリアのこともちっちゃい嬢ちゃんって呼んでたし、ジャックの手紙に書いてあったんだろう。
「何かあったのか?」
俺は後方の警戒を怠ることができないので婆さんに聞く。
前方に注意を引いておいて、後ろから攻撃するということも十分に考えられるのだ。
「人? 鎧を着ているところを見ると、兵士かしら?」
俺の代わりにリーシャが見てくれたらしく、詳細を教えてくれた。
「一人か?」
「一人ね。しかも、歩き」
歩き?
こんなところで馬も乗らずに一人?
「逃亡兵の可能性がある。襲ってきたら斬れ」
「ふふっ……わかった」
笑いやがった……
怖いわー。
これでこいつの顔と体つきが好みじゃなかったらコンラートと同じ道を行っていたかもしれん。
でも、大丈夫! こいつは絶世だから!
「んー? あれはユルゲン、か?」
ん?
婆さんの知り合いか?
「誰だ?」
「オリヴィア様の親衛隊の者だよ」
親衛隊ねー……
「リーシャ、代われ。ついでにマリアとコンラートを起こせ」
「ん」
俺はリーシャを後ろに呼び、後方の監視を任せると、馬車の前に行き、顔を出す。
すると、遥か前方には人影が見えてきた。
「まだ暗くてよくわからんな。遠いし」
「遠見の魔法を使いな」
俺は婆さんに言われた通りに遠見の魔法を使い、人影を見る。
すると、確かに鎧を着た髭を生やしたおっさんがこちらに向かって手を振っていた。
「確かに兵士だな」
「ああ……ところで、なんで絶世の嬢ちゃんは見えたんだい? あの子からは魔力を感じないんだが……」
とてもではないが、薄暗いし、遠いため、肉眼で見える距離ではない。
「あいつのことは気にするな。性格以外何もかも絶世なんだよ」
性格だって、嫉妬深いのと真っ黒なのと自分勝手なところと野心が高すぎるところと激重なところと…………やっぱいいや。
「そうかい……」
「どうする? 親衛隊が一人でここにいるってことはそういうことだろう?」
「とりあえず、話を聞くよ。悪いが、あんたらはしゃべらないでくれ。私が話す」
「わかった。任せる」
俺が顔を引っ込めて馬車の中に戻ると、マリアとコンラートがすでに起きていた。
「何かありましたか?」
マリアが髪を手櫛で整えながら聞いてくる。
「オリヴィアの親衛隊の者が一人でいたんだと。今、そいつのところに向かっていっている」
「それはつまり……」
コンラートが暗くなった。
「その可能性が高い。だが、俺達のことはまだ言わない方が良い。ラウラが話すからお前達はしゃべるな」
「わかりました」
「……わかったよ」
マリアはすぐに頷いたが、コンラートは渋々といった様子だ。
「リーシャ、どう思う?」
「どうも思わない。あなたと一緒」
リーシャは後ろを見たまま答える。
「そうか。お前、俺から離れられるか?」
「最悪な聞き方ね。でも、わかってる。問題ないわ」
「悪いな」
「別にいい。しかし、つまんないわ。全然、敵もモンスターも出ない」
平和でいいじゃん。
「ねえ、私、この2人の会話がまったくわからないんだけど?」
コンラートがそう言いながらマリアを見下ろす。
「いつものことです。済ました顔して通じ合っているんですよ…………ふふっ」
笑うな。
お前、何を思い出した?
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