第122話 10年後に…………


 俺達は町の店を見にいくことにし、叔母上の屋敷を出た。

 町にはそこまで店があるわけではないが、異国なので変わった服や装飾品がある。

 リーシャとマリアは楽しそうに店を回り、品物を見ていた。


 俺達は夕方まで店を回ると、日が暮れる前に屋敷に戻り、叔母上達と最後の夕食を食べた。

 夕食後になると、クリフとヘレナは部屋にやってきたので最後の魔法の授業と話をする。


「ロイドさん達は明日に出るんでしたよね?」


 食器を魔法で浮かしているクリフが聞いてくる。


「そうだ。エイミルに行く。世話になったな」

「いえ、こちらこそ魔法を教えていただきありがとうございました」


 クリフが食器を浮かしまま頭を下げた。


「もう十分に魔力をコントロールできてるな。あとは少しずつ、その魔力を上げていけばいい」

「本当ですか! ありがとうございます!」


 うんうん。


「クリフ、立派な男になれよ。お前の父親は偉大だったが、それを超えろ。子は親を超えるもんだ」

「はい!」

「それと母を大事にしろ」

「わかってます」


 本当に6歳かね?


「ヘレナ、来い」


 俺はベッドでリーシャとマリアと話をしているヘレナを呼ぶ。

 すると、ヘレナは以前のような警戒はまったくせず、素直に俺のところにトコトコとやってくる。


「なあに?」


 口調もこのようにくだけている。

 まあ、年相応でかわいいと思う。


「叔母上やそいつらに何を教わったかは知らんが、いい女になれよ」


 リーシャとマリアが非常に余計なことを吹き込んでいる気がする。


「うん。大事なのは高潔さ」


 意味わかってるんだろうか?


「…………その高潔さを大事にな」


 将来、惨劇が起きませんように。


「うん」

「よし、これをやろう」


 俺はカバンからネックレスを取り出し、ヘレナに渡した。


「え? あ、ありがとう」


 ヘレナはお礼を言うと、ネックレスをじーっと見る。


「たいしたものではないが、贈り物だ。エーデルタルトでは最初に父親なんかの親族が女の子に装飾品を渡すんだ。まあ、この国にはない風習だろうが、渡しておく」


 本当は結婚する時にそれを返すまでが風習だが、そこは別にいいや。


「つけてやろうか?」

「つけて」


 ヘレナが頷いて、ネックレスを渡してきたので俺はそれを受け取ると、ヘレナの後ろに回る。

 そして、ヘレナの首にネックレスをつけた。


「ヘレナ、似合っているよ」


 クリフがヘレナを褒める。


「えへへ、ありがとうございます!」


 褒められたヘレナは俺に丁寧にお礼を言って、頭を下げると、リーシャとマリアのところに戻っていった。

 多分、自慢するんだろう。


「お前にはないぞ。お前は渡す側の人間だ」


 俺はクリフにそう言い、椅子に座る。


「覚えておきます」

「絶対に忘れるな」

「…………はい」


 俺はかつて父親に教えてもらったことをクリフに教えると、魔法の授業を再開した。

 そして、最後の夜は遅くまで皆で過ごし、就寝した。


 翌朝、朝食を食べ、準備を終えると、眠そうなクリフとヘレナに見送られ、叔母上と共に屋敷を出た。


「昨日は遅かったみたいだな」


 港に向かって歩いていると、叔母上が笑いながら声をかけてくる。


「ですね。まあ、たまには夜更かしもいいでしょう」

「お前はいつもだっただろうに」


 別にそんなことはない。


「皆が寝るのが早すぎるんですよ」

「そうかもな……………ロイド、リーシャ、マリア。ウチの子を見てくれてありがとうな」


 叔母上が俺達に礼を言う。


「楽しかったからいいですよ」

「良い子達でしたしね」

「ホントですよね。かわいかったです」


 俺達も楽しかった。

 親戚のお兄ちゃんぶれたし。


「そうか……あの子達も楽しそうで良かったよ。トラヴィス様が死んで寂しそうだったが、お前達のおかげで立ち直りも早そうだ」

「叔母上がいれば大丈夫ですよ」

「いつの日かでいい。また会ってやってくれ」

「そうします。俺達がどうなるかわかりませんけどね」


 無事にウォルターに行けるのかね?


「エイミルまでは無事に送り届けてやる。リヴァイアサンが出ても私のアシュリー号なら大丈夫だ」


 リヴァイアサンというのは空想の生き物だ。

 船が沈んだらそいつのせいって言われている。


「心強いですけど、漂流だけはやめてくださいね」

「しつこいなー……お前、そういうところがあるぞ。義姉さんにそっくり」


 俺はもっとあっさりしてるわ。


「似てませんよ。俺は両親に似ないことが誇りです」

「あっそ。さて、着いたな」


 俺達が話していると、港までやってきた。


「この町ともお別れか…………」


 とは言ったものの、別に思い出すことはないな。

 クリフとヘレナくらいだ。


「いいから乗れ。もういつでも出港できる状態なんだ」

「叔母上、缶詰は?」

「すでに積んである。船内の倉庫にあるから勝手に持ってけ」

「そうですか…………リーシャ、マリア、忘れ物はないか?」


 俺は最後にリーシャとマリアに確認する。


「ないわ」

「行きましょう! 今度こそエイミルで陸の旅です!」

「よし! 行こう!」


 俺達は船に乗り込む。


「乗ったなー。じゃあ、私は操縦するからお前らは客室で休んでいろ。メリッサ! ロイド達を案内しろ!」


 叔母上が大きな声でそう言うと、俺達のもとにメガネをかけたメイド服のおばさんがやってきた。

 そして、俺に向かって、頭を下げる。


「お久しぶりです、殿下。お元気そうで何より」


 えーっと……………あ!


「口うるさいババア!」


 俺が廊下を走ったらグチグチ言っていたババアだ。


「ババア?」


 あ、失礼だったね。

 メリッサはそんな年齢ではない。


「いや、すまん。子供の頃にそう呼んでいたのがよみがえった。いかんせん、懐かしくてな…………」

「まあ、私も本当に歳を取りましたがね」


 ババア……じゃない、メリッサが俺を責めたようなジト目で見てくる。


「何を言う? お前は若いままだ。それに元気そうで良かった」

「殿下は大きくなられました…………殿下、奥様方、こちらです」


 メリッサはそう言って歩き出したため、俺達もついていき、船内に入った。

 船内に入ると、豪華客船らしく、遊技場などがあり、本当に無駄金を使っているなと思わせる船だった。


「…………ロイド、ババアはさすがに失礼よ」

「…………そうですよ!」


 船内に入り、客室まで案内されていると、リーシャとマリアが小声で苦言を呈してくる。


「お気になさらずに。正直、懐かしくて涙が出そうでしたから」


 地獄耳だ…………


「いや、本当にそう思っていたわけではないぞ」

「わかっています。それにロイド殿下はまだマシです。殿下は明確な悪口としておっしゃっていましたからね。イアン殿下は悪気もなく、素でおばちゃん呼びでした」


 あいつ、クズだな。


「俺の方がマシだろう?」


 な?


「微妙…………」

「ごめんなさい、微妙です」

「嫌なご兄弟でしたよ」


 俺達は嫌なガキだったらしい。


「すまん、すまん。まあ、昔の話だ」

「そうですね。本当に懐かしいです」

「お前は戻らんのか?」

「アシュリー様を放ってはおけません。それにまだ子供の教育が残っています」


 クリフとヘレナか……


「あいつらは楽そうだな」

「それはもう」


 すげー根に持ってるわ、これ。


「本当にババアと思っていたわけではないんだぞ」


 むしろ好意を持っていた。


「存じております。リーシャ様の前では言えませんが、そういうことだろうなと思っていましたから」


 言ってんじゃん。


「子供の頃の話は懐かしいな」

「そうでしょうね…………こちらになります」


 メリッサがとある部屋の前で止まった。


「短い間ですが、ごゆるりとお過ごしください。何かあれば呼んでいただければ対応いたします」


 メリッサはそう言いながら頭を下げると、来た道を引き返していった。

 俺達はメリッサを見送ると、客室に入る。


 客室は叔母上の屋敷の客室よりもはるかに豪華で広く、かつての王宮暮らしを思い出させるかのような部屋だった。


「すごいわね」

「私、こんなところに泊まったことすらありません」


 さすがのクォリティーにリーシャもマリアも驚く。


「今日明日だけだが、ゆっくりしようか…………」

「そうね」

「私、天蓋付きのベッドで寝るのが夢だったんですー」


 確かに部屋には大きな天蓋付きのベッドがある。


「良かったな。楽しめ」

「はい!」


 俺達は思い思いに過ごすことに決め、豪遊した。

 部屋にはワインセラーまであり、風呂も豪華だった。

 当然、食事も豪華であり、遊技場で遊んだり、高いワインを飲みながら王族の暮らしを満喫していった。

 そして、翌日に昼になると、メリッサが俺達を呼びにきたので甲板に出る。

 すると、前方には港町が見えていた。


「おー、ロイド。ご要望通り、遭難せずに着いたぞ」


 甲板の先にいる叔母上が振り向いて、笑う。


「さすがは叔母上ですね」

「心にもないことを言うな。すぐに港に停泊する。もうちょっと待ってろ」


 叔母上はそう言うと、再び、前を向き、船を操作する。

 そして、船が港にゆっくりと近づいていき、ついに船の動きが止まった。

 すると、叔母上が俺達のもとにやってくる。


「着いたぞ。ここがエイミルの西の町レイルだ」

「ここまで長かったです」

「だろうな」


 叔母上が笑った。


「叔母上、ありがとうございました」


 俺が礼を言うと、叔母上がゆっくりと俺に近づき、抱きしめてくる。


「ロイド、元気でやりなさい」


 かつて子供の頃に聞いた優しい声色が俺の耳に響いた。


「はい…………叔母上も健康には気を付けて」

「ロイド、あなたは優秀な子です。必ずや上手くやるでしょう。だから絶対にリーシャやマリアのことをないがしろにしてはいけません。必ず、守り、そして、悲しませることをしてはいけません。いいですね?」

「はい。ロンズデールの名に誓います」


 俺は命を懸けてリーシャとマリアを守る。

 だが、同時に悲しませてもいけない。


「息災を……そして、あなたに幸福が訪れることを遠いギリスの地から祈ります」

「俺も叔母上の息災と共にクリフとヘレナの幸福を祈ります」

「ありがとう…………」


 叔母上は感謝の言葉を言うと、俺から離れる。

 そして、リーシャとマリアの方を向くと、腰の剣を抜いた。


「リーシャ、マリア。お前達はロイドを支え、ロイドのために生き、ロイドに人生を捧げることをこの場で誓いなさい」


 叔母上は剣を2人に向ける。


「お言葉ですが、わたくしはとっくの昔に誓っております」


 リーシャは表情をまったく変えずに平然と返した。


「私はこの場でアシュリー様に誓いましょう。このマリア・フランドル、たとえ、この命が尽きようともロイド様と共にあり、ロイド様に人生を捧げることを誓います」


 マリアもまた表情を一切変えずには堂々と誓いの言葉を述べる。


「よろしい。お前達は誰が何と言おうと、偉大なるエーデルタルトの子であり、ロンズデールの人間である。それに異を唱える者はこのアシュリー・パーカーが斬る…………さあ、行きなさい。あなた達の旅はまだ続く。必ずや幸福が訪れ、祝福を得るでしょう」


 叔母上が涙を流した。


「叔母上、俺はあなたを誇りに思います。ありがとうございました…………では、さようならです」


 俺はそう言うと、リーシャとマリアと共に船を降りた。

 そして、港に降り、確かな大地を確認すると、アシュリー号を見上げる。

 すると、叔母上が笑いながら俺達を見下ろしていた。


「ロイド、お前に良いことを教えてやろう。ギリスでは貴族の女子にネックレスを送るのは結婚を申し込む時だけだ」


 ………………え!?


「はい?」

「私の娘がそういうことを気にしない子だったらいいが、よく覚えておけ!」

「叔母上ー! ちょっと待て!」


 お前の娘がそういうことを気にしない子なわけないだろ!


「出港だ!」


 叔母上は俺を無視し、アシュリー号を動かしだす。


「叔母上ー! 説明をしておいてくださーい!」

「無理だ。ヘレナは嬉しそうにネックレスを自慢してきたぞ。私はかわいい甥っ子が私の娘を悲しませることはないと信じている。ではな! いつかまた会おう!」


 叔母上はそう言うと、俺から目を切り、船の進行方向を見た。

 そして、アシュリー号はどんどんと港から離れていく。


「叔母上ー!!」


 俺は港から離れていくアシュリー号に向かって叫ぶが、叔母上がこちらを振り向くことはなかった。

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