エリアスとフェゼリーテ1

 フェゼリーテが王都へ来てから数年が経ち、森は賑やかになった。



「フェジー、肉を分けてやるよ」


「ほんと?ありがとう」



 エリアスは再び自分の生活に戻り、男たちの住む家と、ルイとフェゼリーテの住む家が栞屋の目の前に建っている。




 変わったことといえば、エリアスのベッドしかない小屋にカーテンが付いたことだ。そうしなければプライベートが保てなくなった。



「お昼食べてく?」


「俺はいい」


「1人くらい増えても構わないのに…」



 フェゼリーテは森の入り口に建てられた訓練所で、馬の練習をしたい平民の窓口係として働きながら、父親のルイと交代で全員の食事を賄っている。この生活になるまでエリアスは手を貸し続けたが、彼らと馴れ合うことを嫌った。



 父親のルイは計算が出来るので、物品の管理や発注の補佐をしている。



「夏なのにローブまで着て暑くないの?」


「触るな」


「そんな言い方したって怖くないわよ!全く…そんなだからお客が全然来ないのよ?愛想笑いくらいしないでどうするの!」



 フェゼリーテは今でもたまに寝込むが、平民の暮らしにも慣れて軽口まで叩くようになった。だが、反省はというと思うようにはいっていない。



「あっ…もう…」



 エリアスがそのまま無視して家に戻って行ったので、フェゼリーテは仕方なく扉を閉じた。



「少し位仲良くしてくれてもいいじゃない…」



 森に罪人が住んでいる。それはすぐに広まった。風邪をひいては休み、何も言わなくても加護から外れた存在だとバレてしまった。そんな彼らに皆冷たい。風邪を知らない者もいる。咳を一つでもすれば、みんなが離れてく。



 起き上がれるようになり、歩けるようになるまでエリアスはルイと一緒にフェゼリーテを支え続けた。それでも心を開くことがないのは、自分が罪人だからだろう。それでも何故彼が手を差し伸べてくれたのかフェゼリーテは知らなかった。



「お父様、エリアスは何故バッセフにいたのかしら?」


「またその話か…私にはちっとも分からん。教会の人間ではなさそうだが、交流はあるようだ。最初の頃はよく神殿の立派な馬車が森の奥に行くのを見た」


「栞を買いに来ていたのかしら?」


「さぁな。たまに騎士が栞を買いに寄っているだろう。立地は悪いが贔屓にしている神官がいてもおかしくない。それより…虫に刺された所、酷くなってるんじゃないか?」


 ルイもまた、エリアスが話さない以上何も知らない。彼らにとってエリアスは慣れない生活を助けてくれる人だが、話さない以上深入りは避けるべきだと考えていた。



「変な虫に刺されたみたい。痒くて仕方なくて…」


「明日は薬をもらってくるよ。水を持ってくるから綺麗にしておきなさい」



 薬というのは手に入れるのは難しくなっている。加護の中にいる人は毒虫なんかには刺されはしないし、流通しているのは擦り傷に塗る薬草くらいだ。ここは王都で、その擦り傷ですら神殿や教会にいけば治ってしまう。



 ルイには王都に来てからの方が加護がないことを見せつけられているように思えていた。だが、それも受け入れなければならない。聖女を誘拐して生きていることが奇跡だということは理解していた。



「フェゼリーテ!!フェゼリーテ!!」



 翌朝、フェゼリーテは起きてこなかった。ルイが部屋に入れば、顔を真っ赤にしたフェゼリーテが薄目を開けた。



「熱か?大丈夫か?」



 ルイはすぐに水を汲んできてフェゼリーテに飲ませた。熱冷ましの薬は予備がまだあった。



「ご主人様~朝食…お嬢!?まさかまた風邪をひいて?」



 いつものように朝食を食べようと起き抜けのボサボサ頭でスティーブがリビングからフェゼリーテの部屋を覗き込んで、青い顔をしてアタフタと視線を泳がせた。



「あぁ朝食か…ちょっと娘を見ててもらってもいいか?すぐに作る」


「はい……っていや!ご主人がここにいてください!朝食なら俺が!」


「何度も言っているが、私はもう平民だ。お前たちが娘のために色々とやってくれるなら、相応に返さなければならない。食事の面倒をみるというのは、譲るつもりはない。だが娘も心配だから、娘のそばにいてくれると助かる」



 ルイはスティーブの肩を叩いてキッチンに立った。



 ルイの料理はお世辞にも美味しいとは言えず、野菜は焼くだけであとはパンにジャムの瓶を置くだけだが、平民には十分な食事だった。



「おはよーごぜーますご主人様!今日も木苺がたくさん穫れやしたぜ!暫くは毎日食べられそーです」



 フレッグとオーフェンはシャツの裾いっぱいに木苺を入れて腹を赤く染めていた。それを見ていつも呆れるルイは困ったように笑うだけだ。たくさん木苺があってもルイには焦さずにジャムを作る技術もなければ、フェゼリーテの看病をしながら作る時間もなかった。



「お嬢が風邪を!?みっ水を汲んできやす!」


「ご主人、薬は?」


「薬はまだある。水も後で私が汲みにいく。今日は私は仕事を休むから、お前たちはすぐに朝食を食べてくれ。なんとかなるさ」



 平民は風邪を引くこともなく仕事に穴を空けることもない。そんな中で加護なしが仕事を休むのは出来るだけ避けるべきだった。彼らを休ませるわけにはいかない。



「俺らも休みます!お嬢に何かあったら…」



 オーフェンが木苺を机の上の籠に入れていき、フレッグもそれに気付いて雑に籠に入れていった時、「ご主人!お嬢の腕!真っ赤ですぜ!」とスティーブが慌てたように呼びにきた。



「これは…何に刺されたんだ…」



 フェゼリーテの腕は腫れ上がり、肩まで真っ赤で熱を持っていた。それでもルイは三人を仕事に行かせるために追い出し、自らも薬師に薬を貰いに家を出た。

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