アンとシャーロット
アンとシャーロットは冬でも何通も手紙のやり取りをするほど仲が良く、歳を重ねる毎に打ち解けていった。
「キャーッ!やったわね!シャーロット様」
「はい!アン様のおかげです!」
ユリエルから婚約の了承を勝ち取ったあと、少し遅れてアンも王都へとやってきて、シャーロットはすぐにオルレリアン邸に呼ばれた。まだユリエルの婚約者ではないので、アンの友人としての訪問だった。
「私も、シャーロット様のおかげでオルレリアン家を潰さずに済んで良かったです」
アンの実家であるフェレスター家は、オルレリアン家が離縁と言い出せば全面戦争をする気だったようだ。不妊を言い訳にするのなら、もっと早く解放するべきであり、不誠実すぎると剣を取る気満々で、愛娘の名誉を穢した責任を取らせるとピリピリしていたようだ。血気盛んな公爵家と、お堅く緻密な侯爵家の全面戦争となれば、周辺領地は大きく巻き込まれることになっただろう。
「でも、アン様はいつでもお子は出来ると思います」
「うん、それなんだけど……多分出来ると思うの。既に手遅れでなければだけど…オルレリアンという家が原因だったのだと気付いたのよ。シャーロット様も気をつけて!ユリエルもオルレリアンの血を濃く受け継ぎ、そして神殿という特殊空間で成長をしたので、私と同じ目に合うかもしれません」
「話がよく分かりません」
シャーロットは初めての味のするお茶を口に含みながら、何を気をつければいいのかと疑問に思っていた。
「オルレリアン家は厳格で、陰鬱で、そして禁欲的な家です。今から私と勉強をしましょう」
アンはそう言うと、シャーロットを街に連れ出し、一軒の本屋へと入った。
「騎士はここで待機!!ルーファスだけ店に入りなさい!」
「もう一人必要です」
「では、口の固い者を選んで店の中腹で待ちなさい」
「ここは山か!」
「いいえ、ここは戦場です。決して誰も近付けさせないように!」
シャーロットは訪れたことがなかった貴族街の外れにある本屋に入ると、キョロキョロと物珍しそうにしている。
「コチラです。店の一番奥」
アンは店主に声をかけると、店の奥のドアを開けて手招きをしていた。
「ミセスオルレリアン、ここは一体…」
「乙女の秘密基地と呼ばれる場所ですわ。貸切の客のみの完全予約制なので、ほとんど警備の必要はありません」
「こんなところに聖女様をお連れするなんて…」
ルーファスは頭を抱えた。隣にある本の表紙はタイトルがなく、その代わりに識別番号かのように数字の羅列が書いてあるのみ。数十年前まで、禁書として扱われていた本であることが分かった。
ここは、表向きは普通の本屋としているが、所謂ポルノ本屋だったのだ。ポルノグラフィは長く禁止されていたが、その人気の高さから隠れた出版活動や印刷屋の活動を止めることができず、公での販売をしないことを条件に禁書は解放された。
「やだわ。私たちに今一番必要な本です。妹には私のように苦労をして欲しくないの。知識というのは秘匿するものではなく、平等に解放するべきものだと思いません?」
「こんな本たちを神殿に持ち込むことはできません」
「そうよね。オルレリアン邸も無理よ。なので、王都に一棟家を買ったの!ちょうど理不尽な扱いをされたので暫く離れたいと思っていたのよね」
アンはポルノグラフィを楽しむためだけに私邸を構えたらしい。これが表に漏れたら大変なことになるだろう。
「アン様、これは男性同士の恋愛の話です」
「男性同士で愛し合う人は珍しいことではありません。女性同士もです。有名な人だと…テへティス侯爵は婚姻せずに男性を囲っていらっしゃいます。公言している人は稀ですけどね」
「では、ユリエルが男性と二人で会うのも浮気となりますか?私とアン様が二人で会うのも?」
シャーロットは顔を青くしながら本を閉じた。人は結構簡単に絶望するものなのかもしれない。
「一般的には同性同士で部屋に二人でいても咎める人はいません。ですが、相手が嫌がる人と二人で部屋にいることがないように配慮する必要はあるでしょう。全ては相手の捉え方次第ですから」
「ユリエルに確認しなくてはなりません…」
「ルーファス、コレとコレとコレと……面倒臭いからこの棚全部…いや、勉強のためにはこっちの棚も全部読むべきかしら…うん。何度も店に来るのもリスクだし、全部もらいましょう。ルーファス、覚えた?」
「覚えたって…まさか俺がこの本を…」
「他に選択肢がありますか?シャーロット様にこの本を持って街を歩けと?」
ルーファスは考えた挙句、店主に本を箱詰めさせていくつもの箱を持って店を出ることになった。その間に、シャーロットとアンは店の本を黙って読んで待っていた。
アンが用意した家はそれほど大きな屋敷ではなかったが、馬車は外から見る事はできず、隣の屋敷とも距離があるひっそりと佇む貴族街の端に建てられていた。
「貴族の秘密の逢瀬に使われていた屋敷だったそうですよ」
そう言って屋敷に入ると、二人は持ち帰った本をルーファスに並べさせながら、使用人も部屋に入れることなく本を読み漁った。
「このような本は初めて読みました」
「大丈夫。私は先日友人に借りたのが初めてでした」
ポルノ本を読む女性2人を尻目に本を片付けているルーファスは、この仕事が苦痛だと感じた。
「男がここにいることを忘れないでくださいよ!お姫様方!」
「ルーファス、女性騎士の育成を強化されたら?必要だと思いません?」
「俺以上に強くなければ聖女様の護衛は任せられません」
「じゃあ大人しく片付けていらっしゃいな」
アンもシャーロットも本を読む手を休めることはない。
「少々ロマンチックな本を読んでいるだけですわ」
「俺が今並べているのは明らかに男性向けの本ですが!?」
「読みたかったら読んでいてもいいのですよ」
「二人はもっと別な教育が必要なようだが!?」
「まぁ!貴族の教育に不足があると気付かれるとは凄いことですわ!貴族院に掛け合ってくださいね。画期的な教育だと褒められるかもしれませんもの」
「俺はなんでこんなことをやらされてるんだ…」
「ルーファス、集中できないから黙っていなさい!シャーロット様、男性に全てを任せていたら子供なんて出来ないのです。子作りには正しい知識が必要なのです」
「はい。とても勉強になります」
その日、シャーロットはアンの私邸に泊まり、翌日。シャーロットは初めてお昼過ぎまで寝ていた。朝方まで本を読み続けていたのだ。
「アン!家出とはどういうことだ!」
昼食は、料理長が出張してきてパンケーキを焼いてくれた。アンと高く登った日が照らす中ゆっくりとしていると、騎士に軽く止められながらオスカーが入ってきた。
「早かったわね、あなた。でもお客様もいるのに行儀が悪いわ」
アンはバレるのも当然とばかりに平然とパンケーキを食べている。シャーロットは突然現れたオスカーに驚いてイチゴを食べ損ねていた。
「何が行儀だ!何も言わずに家を出る奴があるか!俺がどれだけ心配したか!」
オスカーはアンの手を取ろうとしたが、アンはそれを叩き落とした。
「今更心配?私がこの冬の間受けていた屈辱に知らぬふりをしておいて心配?ルーファス、この男をあの部屋に閉じ込めておいて」
「いや、俺は聖女様の護衛なんだが…」
「何か文句でも?シャーロット様の前に突然侵入者が現れたのに、取り押さえもしないとは、どういうことなの?聖騎士団が聞いて呆れるわ」
「わかったよ…オルレリアン侯爵、こちらへ。地獄の楽園にご案内します」
羽交締めにされたオスカーは、喚きながら引き摺られていった。ユリエルの兄というお墨付きがあっても、警備の不備といえば不備に違いなかった。
「シャーロット様、ここの鍵を渡しておきますわ!いつでも公爵家直属の使用人がおりますし、秘密は守られますわ。ユリエルと一緒にあの本達を読みに来てはどうですか?」
「ふふっアン様、大丈夫です。私はとても楽しく本を読みましたから、私がユリエルに教えればいいのです」
「それは名案だわ!でもオスカーは二日位あの部屋から出すつもりはないの。たっぷり反省してもらわないと」
二人は怪しい笑みをこぼしながら昼食という名の朝食を終えた。
「あなた!その本を全て読むまでその部屋からは出られないと思いなさいね!」
「アン様…強い…」
こうして、騒ぎを聞きつけてやってきたユリエルに連れられてシャーロットは帰宅することになったが、ユリエルは婚約後に気合の入ったシャーロットとの攻防戦を日々繰り返すことになるのだった。
「おおっ!禁書は意外と役に立つな…」
ポルノ本が並べられた部屋で、オスカーは何か間違いに気付いたようだった。二人の子供が生まれるのも近い。
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