フレイヤとルーファス
ある日、世界の片隅で小さな女の子が生まれ、それと同時に神が舞い降りた。それが神歴元年1月1日。後に毎年行われるようになる降神祭の日だ。
神は言った。「この子供を大切にしなさい。この娘が生きている限り私は地上に滞在する」その言葉によって、名も知られぬ村は大陸中から注目を浴びた。一番近くの神殿に神は移り住み、国に加護が与えられた。
神は不思議な色をした魂を気に入り、愚かな人間に初めて興味を持った。
その不思議な色の魂の持ち主はイザベラと名付けられ、神の指示で神殿で育てられ、神は子供の成長を喜んで見ていた。そして、21年目のある日、イザベラの腹に神の子が宿り、聖女ハンナが生まれた。聖女ハンナは生まれる前から強い後光を持ち、特別な加護を持って生まれ、イザベラは聖母と呼ばれるようになった。
神の神託を受ける聖女ハンナは歳の近い王子と結婚し、王子はすぐに大陸王と呼ばれるようになった。全ての国が大陸王の意思にしたがい、皆に祝福を受けて聖女は五人の子供を産んだ。聖女の子には神託が降ることはなかったが、加護は持ち合わせていた。
聖女の子五人は近隣国の王族と結婚し、聖女の孫は十五人となっていたが、聖母イザベラの死後、神が去った地上は加護のある生活が当たり前となり、信仰心が薄れて神の子孫は一人、また一人と殺されてしまう。
「我が子供達のいない地上に加護はない」
最後の子孫が絶命したその日、太陽が顔を出すことはなかった。忘れ去られていた病や洪水、干ばつ、戦争、全て経験したことがない人間たちは、ゆっくりと息をすることも許されない日々に、加護の大きさを再び知り、神の偉大さを世に繋ごうと、神殿は反省の歴史として本を残し、貴族はその本を読まなければ貴族として認められなった。
一方、神は黄泉の国へ向かうはずだった聖母の魂を抱きながら地上の様子を見ていたが、もう興味を持つことはない。ただ涙する不思議な色の魂を手放すことはなかった。
時が過ぎ、大陸は再び分かれ、幾つもの戦争や侵略が行われていたが、神はただただ涙するだけの魂を不憫に思い、この魂は地上にいる時に輝くのだと気付いた神が、黄泉の国へ行くはずだった魂を再び地上へと戻した。そうして生まれたのがフレイヤだった。
フレイヤは加護を持たず、神殿に保護されることもなく平民の一人として成人する。その大人の仲間入りをした十五歳の誕生日、降神祭を楽しむために神殿へと向かった。
「おぉフレイヤじゃないか!何歳になった?」
「ルーファス!久しぶりじゃないか!本当に聖騎士になってたのか!」
神殿の入り口で警備をしていたのは王都の外れの田舎街で一緒に育ったルーファスだった。二年前騎士になると街を出てから会うのは初めてなのに、時が戻ったように自然と話が出来た。
「ハハッ当たり前だろう。どうだ?カッコいいか?」
「うーん…まぁまぁカッコいい。それに、こんな分厚い布見たことない。騎士服…高く売れそう」
「フレイヤ、男の身体に気安く触るのはよせ。今日誕生日だろう?何歳になったんだ?」
ルーファスはフレイヤの無警戒に伸びてくる手を掴むと、もう一度最初の質問をした。
「今日で私も大人の仲間入り!だから王都まで来たんだ」
「ふうーん…これで大人か…まだまだ身体は子供のようだが」
フレイヤがムッと口を尖らせた時、神殿の方からワッと歓声が上がった。
「フレイヤ、今日は人が多いから気を付けろよ?なんかあったら俺のとこに来い」
フレイヤと別れてすぐに、神が降臨して人が溢れ返った。まさか、本当に神が?と半信半疑のまま人混みに揉まれて、丘の上の神殿を振り返って見上げることもできなかった。
人の流れはすぐに外に向かって、近くにいる同僚の声も聞こえないほど人々が声を上げていた。人波の中で、天から降り注ぐような光を見た気がした。それが降臨した神だったと気付いたのは、人混みが落ち着き始めた一時間も後のことだった。
「フレイヤ!?」
夕方過ぎ、門は再び光に包まれ、眩しいながら近づいて来る男は、見覚えのある服を着た女を担ぎ上げていた。
「おぉールーファス!助けてくれ!」
「我らが神とお見受けいたします。その娘は一体どうしたのですか?」
神は足を止めず歩き続けていた。そして、ルーファスは恐ろしくも神の前に跪いた。その間に、再び人々が集まって来ていた。
「我の娘が、フレイヤの腹に宿っておる。丁重に扱え」
神はそう言うと、暴れるフレイヤを横抱きにして、ルーファスの目の前に差し出した。フレイヤの腹は、神と同じ光の色を放っていた。
「フレイヤ!どういうことだ!?」
フレイヤを受け取ると、フレイヤは腕の中で丸まるように縮こまった。
「顔が良かったから騙されて…コイツ、種だけつけて帰るとか言い始めて…私は騙されたんだ…ずっと地上にいると思っていたのに…」
頭が追いつかなかったが、泣き始めてしまったフレイヤをどうすることも出来なかった。
「我にもう時間はない。フレイヤと我の子たちが生きている限り、この国に加護を与えよう。フレイヤ、我は会えなくてもお前を愛している」
「育てもしない男を親だなんて認めない。この子は私の子だ。さっさと帰っちまえ!」
フレイヤの親は母親だけだ。父親は初めからいなかったらしい。だから、子供にも同じように父親がいなくなるのかと思うと、胸が締め付けられた。
「フレイヤ、それでもお腹の子は我の子、我はこの神殿に住むから会いに来ておくれ」
「私は絶対に行かない!」
「お腹の子は女の子。シャーロットと名付けよう」
涙でグチャグチャの顔で神を睨みつけるフレイヤに、神はそっと口付けた。もちろん俺の腕の中にいる状態でだった。
「卑怯者…」
神はその言葉を聞いて、笑いながら闇に溶けた。
それから私は暫くフレイヤの護衛として生まれ故郷に派遣された。
「ルーファス、神殿に、働くなって言うなら金を持って来いって伝えてくれよ。飢えそう…」
「食事は我々が作っているでしょう」
「あーはいはい。金もないから街に買い物にも行けない。神殿に住めと脅され、食事を盾にされて逃げ出すことも出来ない。腹が光って寝るのもままならない。そんな成人したばかりの女を監視して楽しいかい?」
フレイヤは毎日悪態をついていた。決まっていた仕事もなくなり、昼も夜も護衛が家にいる生活はストレスとなっているようだった。
「神殿はフレイヤ様に家を用意しています。そこでならもう少し自由に暮らせるでしょう」
「キーッ!その話し方やめてくれ!気が狂いそうだ」
「仕事なんだから仕方ないだろう…」
結局、村での監視生活に限界を感じたフレイヤは、家と金とほんの少しの自由と引き換えに神殿と教会本部のある敷地内に引っ越すことに同意した。
「ルーファス!ついてくるな!」
「内緒にしとくから、一人にはなるな…全くそれでも妊婦か?」
街に出ても一目で神の子を孕っているとバレるフレイヤだったが、それでも自由を求めて街に出ることを諦めなかった。鳥籠の中での生活は向いていないのだ。だから、時々家を抜け出すフレイヤと一緒に街を歩いた。
「ルーファス、お腹大きくなってきただろう?可愛いだろうな私の娘は」
「そうだな。可愛いだろうな」
大きくなるお腹を毎日眺めて、生まれて来た子供は想像よりも小さい女の子だった。両方の手のひらに収まるのではないかと思ったほど小さな女の子が少しずつ成長していくのを見て、絶対にこの子は俺が守ると、そう思っていた。
フレイヤによく似た顔で笑う姿を護れる立場が欲しくて、鍛錬に励み騎士団長となった。
絶対に護ると思っていたのに、俺は護り切ることが出来なかった。
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