聖女様の親睦パーティ
聖女様がお休みを持て余してしまっているという事で、神殿長と相談して親睦パーティを開くことにしたのですが、神は「神殿でやれ!」聖女様は「貴族だけではなく平民も参加できるように」と要望がありましたので、精一杯考え抜き、準備に当たりました。
聖女様も騎士達に警備計画の確認をしたり、孤児院でせっせと紐で花を編んだりと、準備は親睦パーティ開催の通知をする前から始めていました。
もちろん普段から神殿に足を運ぶ方は多くいらっしゃいますが、親睦パーティとなれば近隣の国からも、数万人規模の人が来ると予想される大イベントです。
恐らく敷地内もいっぱいになり、貴族の方が馬車を乗り付けるのに整備が必要になるでしょう。一際賑わう聖女様の生誕祭や降神祭よりも多くの人手がいることになるはずです。
それだけ気合を入れて開催する親睦パーティは、いつものように壇上に座っているだけではなく、エスコートをされて貴族のように入場し、ダンスを踊り、コミュニケーションをとることが目的です。
「ユリエル、うちの娘の足を踏んだら承知しないぞ!あぁ俺も娘と踊りたい…いいか、悪い虫がつかないようにしっかりと見張っているんだぞ!」
「もちろん心得ております」
準備に時間を取られている聖女様に邪魔だと言われたらしく、神は機嫌が悪い。
「ユリエル、お待たせしました」
聖女様が侍女と選んだペールブルーのドレスは、聖女様の艶のある白い肌に一層の透明感を与えているように輝いています。
聖女様の首元には、国王から教王となられたお祝いも兼ねて贈ったネックレスが青く光っていて、私はしばらく見惚れていました。神の目線を感じるのは気のせいでしょう。
「とてもお似合いです」
「ユリエルも、とても似合っていますよ」
「ありがとうございます。行きましょう」
私は初めて聖女様をエスコートするお役目をいただき、少し緊張しています。私もまた、このように女性に腕に手を添えられてエスコートするのは初めてでした。
「教王陛下シャーロット様、教王補佐ユリエル様のご入場です」
貴族が集まる神殿ホールの扉が開くと、着飾った貴族たちが大勢集まっていた。いつもの壇上から見る景色とはまるで違う光景に、聖女様は思わず足を止めた。
「本日はごゆるりとお楽しみください」
あまりの注目に、予定になかった挨拶をし、聖女様は再び歩き始めます。
「ユリエル、ダンスはまだ始まらないのですか?」
「ダンスを始めさせることは出来ますが、もう少しお待ちください」
話す相手がいないというのは、時間が長く感じるものです。しかし、私も貴族の息子です。遠巻きにされて話しかけられないことも想定していました。
「兄さん!」
少し先を通り過ぎようとしている兄を呼び止めると、ヘラヘラと笑いながら手を振ってきました。それがオルレリアン家の後継者である兄のオスカーです。どこかに父と母もいるでしょう。誰かと話をしているのを見れば、他の者も話しかけやすくなるはずです。
「聖女様、紹介いたします。私の兄で、オルレリアン侯爵家の後継者、オスカー•オルレリアンです」
「オスカーです。ご挨拶出来て光栄です」
「卿は、ユリエルにそっくりですね」
聖女様は私と兄を見比べるように視線を移します。自分ではそこまで似ているとは思いませんが、色素の薄い金髪と、グリーンの瞳はほぼ同じ色です。パーティで髪を上げていて似たような髪型をしているので、似ていると思うのも理解はできます。
「離れて暮らしている弟と似ていると言われるのは、結構嬉しいものですね」
「悪い気はしませんね。今日は義姉さんは?」
兄の結婚は七年前。すでに出家していた私は、義姉に会うことは叶わなかった。どのパーティもいつも聖女様と壇上にいたので、家族と会話をしたのは十五年ぶりのことです。
「あぁ来たよ。聖女様、ユリエル。私の妻、アンです」
「アン・オルレリアンです。どうぞよしなに。聖女様にお目にかかれて光栄でございます」
「夫人、面を上げてください。私はあまり貴族との会話には慣れていません。気軽にお話ください」
「はい。お気遣いいただきありがとうございます。ユリエル様もようやくお会いできて嬉しいですわ」
義姉は幼い頃から家に出入りしていた母の友人フェレスター公爵夫人の娘だ。聖女様の話し相手として不足はないと判断した。
義姉と兄は聖女様に気を遣いながら、子供の頃の話や最近の私の話を聞きたがった。談笑しているのを見て、思惑通り他の貴族たちも声を掛けてきて、今日の1番の目標であった社交は問題なくクリア出来た。
一安心しているところにダンスタイムを知らせる前奏曲が流れてくる。
「ユリエル、ダンスです」
「聖女様の初めてのダンスですね。お相手出来て光栄です」
「少し緊張します…」
今日の聖女様は孤児院にいる時と変わらない程表情が豊かだった。いつも壇上にいても、混ざりたいような仕草もなく眺めて楽しんでいるようだったので、とても意外です。
「大丈夫です。聖女様はダンスは上手い方だと思いますよ」
「ユリエルとは練習しかしていません。そんなのは当てになりません」
「では、私に身を任せていてください」
楽団の弾く定番のダンスナンバーは、曲に合わせてゆっくりと踊る難易度の低いものだ。淡い恋の予感のするまったりとした曲は、最初の曲に選ばれることが多い。
「ユリエル、みんなが見ています…私は踊れていますか?」
「ええ。とてもお上手です」
「たしかに、初めてとは思えないほど上手いぞ。流石我が娘だ。次に会う時には父とも踊るのだぞ?」
「父と踊るのも楽しそうです」
聖女様は慣れてきたのか、体の力が抜けてきたのがわかります。細い腰はまだ華奢すぎて折れてしまいそうですが、これからもっと花咲くように女性へと変貌を遂げるでしょう。その時も、こうやって踊れる存在でいられたらいいと思います。踊り終わった後の大きな拍手が、きっと聖女様の自信につながったはずです。次のパーティでも、きっとダンスをしに壇から下りてくれると願いながら私たちはたくさんの拍手の中退室しました。
神殿の中も大勢の人でごった返していましたが、神殿の外も多くの人がいます。聖女様は歩けるようにドレスから着替えて平民たちがいる教会側へやってきました。気付けばもうお昼過ぎ、少し会場で聖女様用の軽食を摘みながらも談笑しましたが、お腹も空いているでしょう。
「料理長はここにもいますね」
万が一のことがあってはならいと、聖女様の口に入れるものは料理長が責任を持つことになっています。今日は街に出たつもりで楽しんでもらいたいと、敷地内に屋台を用意しました。
「どうですかい聖女様」
「料理長、最高です!」
人が多いので、聖女様の立ち入れる場所は少なかったのですが、それでも孤児達や近隣国から来た信者と話し、飛び跳ねているのではないかと思うほど楽しそうでした。
聖女様の笑顔に、神殿長も喜んでいます。
「聖女様、次の降神祭も街から屋台を呼びましょう」
「はい。信者の方々は貴族も平民もとても楽しそうでした!」
片手でも余るほどしか見たことがないような満開の笑みを次はどう引き出したらいいのか、私はしばらく悩む日々を過ごしました。
親睦パーティでは、朝と夕方、二度も虹が掛かりました。きっと神がこの日を認めたのでしょう。
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