元王子とシチュー

 今日も教会の孤児院の前に薪を置きに来たのだが、そこに手紙が置いてあった。『薪屋さんへ』と書いてあったので、俺宛だろうとは思ったが教会の敷地内は騎士の巡回があるので手紙を懐にしまってそそくさと去る。



 今ではお尋ね者の王子として張り出されていた手配書も、一枚、また一枚と風に飛ばされ、世の中では俺は死んだとされていた。今では俺の名前を呼ぶ人間は誰もいない。



「俺は別に薪屋じゃねぇんだけど…」



 ベッドと小さなテーブルしかない小屋には椅子はないので座るのは藁を敷き詰めただけのベッドだ。紙を折っただけの封もされていない封筒を開けて手紙を取り出すと、花がコロコロとベッドの上に転がった。



「押し花…か?」



 封筒の中を見ると、まだ二つ押し花が転がっていた。不思議に思って手紙を開く。



『いつも薪をありがとう。おかげでとても暖かいです。お礼に押し花を贈ります。次は来週に出来上がります』



 来週も押し花をくれるつもりなのか?そう疑問に思いつつも、ベッドの上に転がる色鮮やかな花は嬉しかった。崩れないように一つ一つテーブルの上に花をどかして、俺はそれを見ながら朝食のパンを齧った。

 小屋にこもってから初めてもらった手紙は、捨てる気にはなれなかった。



 昼間は狩りをしたり、木こりの真似事のように木を切り倒したりして、今では食事に困ることは無くなった。冬のために肉や野菜は干したり、乾燥させることも覚えた。秋になればジャムを作って土の中に作った保管庫に入れておけば冬の間耐え忍ぶことが出来る。少しばかりの料理をするようになって、冬以外にも薪は必要だと知ることが出来、最初は秋過ぎから持って行っていた薪も、今では一年中毎日欠かさず持って行っている。



 冬に咲く花は他の季節に比べて数は少ない。孤児院に併設されている学校で、この花を売ることが出来ると教えているのかもしれない。貴族の通うアカデミーとは違い、お金の稼ぎ方を教えてくれる学校だと聞いている。俺が国王になっていたとしても、とてもそんな学校は作れなかっただろう。



 冬の夜は長い。俺は床に積み上がった本を手に取って蝋燭の光だけで文字を追った。今では俺の趣味は読書だ。本は高いので、それほど頻繁には買うことが出来ないが、他に使うところもないので、ほとんどの金を本に費やしている。



 ふとテーブルに並べたままになっている花が目に入った。今では押し花は小さなテーブルの半分を埋め尽くしているが、退かすことはない。

 その日から俺はまるで聖女を真似るかのように一つの小屋を建てることに集中した。孤児院のように立派な石造りの建物ではない。

 少しずつ少しずつ、足場を作るのにも時間がかかる。一人では木を持ち上げるのも一苦労だ。それでもなんとか工夫をしながら半年かけて小屋は完成した。悴む手に気付かないふりをしながら作り始めて、気がついたら緑生い茂る夏となっていた。



 森の奥にある2軒の小さな小屋。獣道のようだった森の入り口から小屋までの道を綺麗に整えれば、薄暗かった道も美しい山道のように見えた。それでもこんな森の中に入ってくる者も少なければ、忘れ去られた小屋を訪れる者もいなかった。そんなことを期待していたわけではない。



 俺は小屋の隣に建てた、二回りほど大きな建物に名前をつけることにした。



ーー森の栞屋?



「おい、入ってみようぜ!」


「やだよ。僕怖いよ」



 俺は誰も来ない栞屋で本を読んでいると、外から話し声が聞こえてきた。いつもは鳥や虫の声しか聞こえないのですぐに気付き、声のする窓の方へと視線を向けると、窓から子供がぴこぴこと頭を覗かせているのが見えた。



「入るか?」



 俺は窓を開けて小さな二つの塊に声をかけたが、うさぎのように飛んで逃げていってしまった。そこには木の実の入った籠が取り残されていた。



「また来るだろ…」



 道を整備したから子供達が森の奥までくるようなったのだろう。この辺りで危険なのは猪だが、小屋の辺りは猪の嫌いな薬草が生えているから滅多に会うはことはない。俺は木の実が傷んでしまわないように保管庫に入れておくことにした。しかし籠は目印になると思って看板に掛けておき、籠の中にメモを入れておいた。



「俺たちの苺を返せ!」



 翌朝、夜明けとともに薪を孤児院に届けて小屋に帰ると、恐らく昨日逃げ出した小僧が一人で座っていた。俺の顔を見るなり怒鳴ってくるので、面倒くさいとは思ったものの、黙って保管庫の扉を開ける。



「お、俺は入らないぞ!?」



 入れとは一言も言っていないのだが、知らない男に対して全く警戒心がないよりかは幾分マシだ。真夏にマントを被った俺は不審人物と思われても仕方がない。



「ほら、お前らの木の実はこれだ。ついでにこれも持ってけ」



 俺は今日売りに行こうと思っていた鹿の肉をくれてやった。大物を仕留めたのはいいが、街まで持っていくのも疲れるのでちょうどよかった。半分は干し肉にでもしなきゃいけないかと思っていたんだ。



「あ、ありがとう…」


「おぅ坊主。ちゃんと礼も言えて偉いじゃないか。気をつけて帰れよ」



 小僧はそのまま昨日と同じように逃げるように飛んで帰った。子供っていうのは猪とそう大差ないかもしれない。小僧がいなくなればいつもの静かな森だ。


 今日の夕食は肉もあるからシチューでも作るのもいいかもしれない。その時にあるものをかき集めただけの代物だが、料理なんてそんなもんだ。とても昔食べていた料理人のようにはいかない。



「おっさん!」

 


 午後になってのんびりと昼寝をしていると、急に声をかけられてびっくりした。獣にでも襲われたのかと思った。



「何だ坊主、肉が足りなかったか?」


「そうじゃない。あの肉めちゃくちゃ美味しかったよ」


「そりゃどーも。人の昼寝の邪魔をして何の用だ?」



 俺はまだおっさんと呼ばれるほど歳は取っていないが、最近髭も生え出したので、小僧達からしたらおっさんといえばおっさんかもしれない。



「これ、カーチャンから。肉をもらったのに、何のお礼もしないのは失礼だから持って行けって」


「これは何だ?」


「カーチャンがさっき作ったシチューだよ。夜ご飯にどうぞって、カーチャン三時間もかけて作ったんだ」



 少年は瓶詰めされたシチューを麻の袋からだして見せる。


「あぁ、ありがとう…」


「瓶は明日取りに来るからなー!また明日ー!」



 今日も慌ただしく帰っていき、俺の手元にはまだ温かいシチューが残った。コルクを開けるといい匂いがして、俺はそのまま少し早い夕食を食べることにした。


「美味い…」


 料理を始めてから、もう何年も街で飯を食うことも無くなっていた。他人の温もりのするシチューは、今まで食べた中で一番美味いと思った。



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