父、来たる

 今日は私の誕生日でもなければ母の誕生日でもありません。強いて言うならなんでもない日の中の特別な日です。



「聖女様、降神祭が始まります。挨拶は出来そうですか?」



 今日は神が地上に降りる日なのだそう。毎年あるけど父は一度も家からは出ない引きこもりなので、あまり意味はない。



「大丈夫」



 ユリエルが寝ずに頑張って書いた挨拶文を読むのは私のお仕事だ。隣に座って一緒に考えたのでもう覚えている。



「今年もよき日を迎えることが出来ました。聖なる父が皆を見ています。共に過ごし、共に悩み、共に笑い合いましょう」



 よく見たら少し長くなっていたので、見ないふりをしておいた。恐らくお小言は言われる。



「聖なる父よ、お目覚めください。良き日の宴にご招待します」



 降神祭は日の出と共に始まって、日が落ちるまで踊って過ごす。神殿には野菜と動物が捧げられ、動物の鳴き声と人々の歓声で父は昼寝がしたくても今日はさせてもらえないでしょう。



「宴を楽しもうぞ」



 私は神殿に続く階段の下にいる。父の声が聞こえたのはきっと気のせいです。父は神殿にいるときにしか会いに来ないのです。



「聖女様…神が…」



 ユリエルが上を見ているので、目線を追って階段の上の方を見上げると、顔を見せたばかりの太陽よりも眩しく輝く人間がいた。



「ユリエル、お前は愛し子に近付くな穢らわしい」


「はい。私は控えさせていただきます」



 父がユリエルに文句を言ってはユリエルは半歩後ろに下がるのを繰り返している。父はいつもユリエルに泣きついているのに、結構面倒くさいタイプ。



「我が子よ、酒は飲まぬのか?」


「お酒よりジュースが好きです」


「そうかそうか。まだまだ可愛い子供だ」


「私はもう成人した大人です」



 父の前にはお酒がズラリと並べられ、グラスを片手にワイン樽を抱えていた。



「そうだ、フレイヤは元気か?」


「母は今日はどこかにお泊まりです。毎年の事だからきっとそう」



 母は毎年降神祭の日は家に帰ってくることはありません。心配しなくても次の日には元気に帰ってきます。母は決して神殿にも行かないし、きっと父に会いたくないのです。



「あいつまだ怒ってるのか……よし我が子よ、母に会いに行くぞ」


「今日は一日ここに座っているのが私の仕事です。だから私は行きません」


「そうか…父は寂しくて泣いてしまいそうだ」



 チラリと指の間からこちらを見てくるけど、お仕事はきちんとしなければなりません。



「いってらっしゃい」



 うだうだと暫くごねていましたが、父は無理矢理連れて行こうとはしませんでした。私は料理長が絞ってくれた葡萄ジュースを飲みながら、父を待つことにしました。父は子供ではないのでついて行く必要はありません。



「宜しかったのですか?」



 ユリエルは父がいなくなったら、いつものように私の横に座りました。でも決してユリエルは椅子に座ることはありません。




「父は見張らなくても悪いことはしません。今日は降神祭なので、父は街に出るのがお仕事。母を見つけるのは問題ないはずです」



 母は嫌がるだろうけど、大人だから自分できっとどうにかします。だから私は私の仕事をするのです。



「神に会われたのは初めてではないのですか?」


「父の顔を見たのは初めてです。思ったよりもカッコよかったけど、いつもと何も変わりありません。約束を守ってくれたのは嬉しかったです」



 いつか会いに来ると言ったのを、私はずっと覚えていました。会いに来るといっても、そばにいるのを感じるだけで、ゴミ箱からは顔は見せに来ることは出来ないと思っていましたが、父にも肉体があったようで何よりです。



「我が子よ、弟が出来たぞ」



 太陽が半分ほど沈んで空がオレンジ色になった頃、父が母を抱えて帰ってくると、私には弟が出来ていました。母によく聞かされた通り、母のお腹は父と同じ位光っていました。私ももしかしたら同じように光っているのかもしれませんが、私には自分が眩しく感じたことはありません。



「うぅ……顔がいいのは卑怯ってもんだろう…」



 母はずっと父の腕の中で泣き喚いていましたが、父は母を離そうとはしませんでした。



「子供を作ったって父親らしいことをしなけりゃ父親とは認めないよ!名前くらいは付けて帰りな!」


「名はアンドリューだ。フレイヤ、私のただ一人の妻よ」



 神は一夫多妻制ではないようです。どの国も国王は妻をたくさん抱えていましたが、より安全に妻を抱えるなら一人の方がいいと常々思っていたので、父は賢いと思います。



「我が子シャーロット、抱きしめさせておくれ」

 


 父に本当に抱きしめられるのは初めてです。いつも抱きしめられている感じのとは全く異なります。父は暖かく、そしてお酒と母の匂いがしました。    

 私にとってはそれは家族の匂いです。父に名前を呼ばれたのは初めてでしたが、王子の時のように許可をしていなくても失礼だとは思いませんでした。



「聖なる父、来年も会いにきてください」


「会いに来たいが、それは父には難しい。それでもいつも見ているよ」



 父は神殿に帰りました。他の国の神殿へ行かないのは、もしかしたらここに、私たちがいるからなのかもしれません。




「ところでユリエル、弟を聖女と呼んでいいのでしょうか?」



 日が沈んだ広場で、悲哀に満ちた表情をする母のお腹は光っていてとても便利で、片付けがとても進んでいるようでした。でも、寝る前には消せるようになるともっと便利だとは思いました。



「少しお時間をください。生まれてくるまでには決まることでしょう」



 私は弟が生まれてくるのが楽しみで仕方がありません。母は少し心配ですが、きっとまた周りが助けてくれるでしょう。

 アンドリュー、私の家族が増えるのです。


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