第12話 青銅の門

 清々しいほど青い空が眩しかった。吹く風にはほんのりと薔薇の香りが含まれている。

 馬の蹄の音と、車輪の回る音が響く。石畳の上だからか、快適な揺れに感じる。

 リーネとレーナを乗せた二頭立ての箱馬車は、聖女の園の正門へと向かっていた。

 二頭の白馬の毛並みは見事なもので、日の光を受けて神々しく輝いていた。

 生贄の儀式などという禍々しいもののために用意されたのでなかったら、どんなによかっただろう。


 リーネは首から下げたペンダントを落ち着きなく弄びながら、門を潜り抜ける瞬間を今か今かと待ち望んでいた。

 どこかで、上手くいかないのではないかという考えが過るが、御者台に目をやれば、エーヴァルトの頼もしい後ろ姿が見え、大丈夫だと思わせてくれる。

 隣を見れば、頭から白いベールをかぶり、首からはいつものペンダントと、その上に重そうな青い石が連なったペンダントを重ね付けするレーナがちょこんと座っていた。首が重いのか、顔を下に向けている。

 白いベールと、このペンダントが、生贄の証らしい。

 忌々しいそれをすぐに剥ぎ取りたい衝動に駆られ、リーネは姉のベール越しの白い顔を見やる。


 生贄の儀式の始まりは早朝だった。大聖堂で、神官長の取り仕切る大仰な儀式があったのだ。そこは、みんなの前でレーナが祈りの言葉を口にして、一杯の杯を飲み干した。それからというもの、レーナに瞳は虚ろで、まるで抜け殻のようになってしまった。

 毒を飲まされたのではと青ざめていたリーネに、「半日ほど精神を麻痺させる薬だ」とこっそり耳打ちしてくれた。

 リーネはこの後の流れを全てエーヴァルトに任せていた。彼はゲームの主人公で、復活の魔王を倒すべく立ち上がる勇者である。疑う余地はどこにもない。誓約も交わしている仲であるし。


 リーネは疑われない程度に荷物をまとめてきていた。マイヤー夫妻からもらったペンダントと、肩から掛けた小さな鞄には、日記帳を詰め込んだ。

 実のところ、リーネの使っていたものはほとんどが教会からの支給品で、個人のものといえば、このふたつしかなかったのだ。衣服だって、櫛だって、支給品だったのだから。


「門だ……」


 遠目に、白い壁の裂け目——くすんだ緑色が見えた。唯一の出入り口である、青銅の門だ。

 心臓が大きくドクンと跳ねたあと、急激に早鐘を打つ。幼い頃、この門をくぐり抜けることを何度繰り返し思い描いただろう。

 雲一つない空の下、あと少しで、この箱庭から脱出する。

 いつの間にか握りしめていた手は、汗がびっしりで、軽く開くと、そこからすーっと冷えていく。


 門の両脇には、神官が二人立っていた。彼らは馬車の姿を認めると、大きな門を開きにかかる。広く開け放たれた門の姿を見たとき、視界が滲んだ。

 表には極力出さないようにしていたけれど、内心では叫び出したい気持ちだった。


(夢みたい……嘘みたい……)


 乗客の震える胸の内を露ほども知らぬ馬車は、速度を変えることもなく、何の感慨もない調子で、そのまま門を潜り抜けた。








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