02_この世界の常識

 国立時明高等学校二階、二年二組教室。

 四限目、世界史。


「ニュースでも散々報道されていたが、一応クイズと行こう。今日が何の日か、思い当たる奴はいるか?」


 一年の始まりである春は過ぎ、象徴である桜は見る影もなく全てが散った。新入生に在校生。ドキドキしながら新たな一年を迎えたのも二ヶ月ほどは前になる。

 新鮮味も徐々に薄れ、授業もそれぞれの受講スタイルが確立されていく。真面目にノートを執る者、ぼうっと頬杖をつく者、相槌なのか意識を失っているのか判断がつかない首を縦に振っている者。ああ、最後はどうやら居眠りだったらしい。

 ガタリと静かに音がした。やけに大振りにその学生は身体を揺すってから、チラリと周りを見る。わかる。


「はい!」

「元気がいいな。じゃあ答えてみろ」


 注目は一人の生徒が手を挙げたことで霧散する。

 先生の質問というある種の面倒臭さが伴うそれに、しかし奇特な数名はむしろ積極的に答えようとする。


「当てたら何か貰えますか!」

「現金なのは結構。だが残念何もないぞ」

「えー!」

「そしてお前の番は終わりだ」


 最前列の席で問答は進んだ。立ち上がることはなく元気に「何かくれ」と期待した生徒に、返ってきたのは無慈悲な現実のみ。

 他の授業でも真っ先に手を挙げる殊勝な生徒が轟沈する。しかし緩い空気にすぐに次の生徒が手を挙げる。


「いいぞ」

「はい。ノーザ大陸の大爆発ですよね。世界が変わった三十年前の」


 メガネをかけた真面目そうな男子生徒が、落ち着いて席を立つ。はっきりと聞こえるようにと、抑揚よく決して大きくない声で答えを言った。

 世界史の教師は頷くが、正解とも不正解とも言わない。腕を組んで、そして口を開いた。


「そうだな。じゃあそれがなんと呼ばれているのか。それはわかるか?」

「――コンティエンド、です」

「正解だ。座っていいぞ」


 ノーザ大陸。大爆発。コンティエンド。どれも最早聞き慣れた言葉だ。早朝のテレビにだって、その一部始終がノイズとブレと共に報道されていた。教師の年齢からすれば当時を経験したであろうから、尚更に記憶に焼き付いているだろう。

 アレはそれほどに大きな事件だった。教科書に真っ先に載った、災害としては最悪規模の代物。当時を知らない自分でも、思わず生唾を飲むような臨場感が脳にフラッシュバックするかのようだった。

 恥ずかしながら初めて授業で見させられた時は吐き気が止まらず、保健室に厄介になってしまったほどには。


「コンティエンド、それが正式名称というかわかりやすい通称となっている。他にはノーザの大悪魔とか、生き延びた現地の人からは星の裁きとも呼ばれているな。先生もこの話をするために少し調べてみたが、当時は各地で違った呼び方が散見されていたらしいぞ。それをREPが統合して、コンティエンドとしたらしい」


 メモの手を止めずに、教師の話に耳を傾ける。テストには出されないとは思うが、一応記載しておこう。出たとしても、最後のサービス問題的立ち位置であると経験が予測しているが、それはそれ。ノート点の足しになってくれれば幸いだ。


「由来については……あー、先生でもさっぱりだ。REPのお偉いさん方も取材などには残さなかったらしいな。造語という説もあれば、明確な意図があってのことだという説もある。まぁテストには出ないだろうから、名称だけちゃんと書けるようにしとけよ?」


 同じくノート点に必死であろうクラスメイトを盗み見る。正直書くことがなくなった。かといって落書きなどで時間を潰すつもりもない。窓際ではない席であるため、右左見たところで生徒しかいない。

 これは困ったと思いつつ、書いてるフリでボールペンを手に下を見る姿勢をキープする。


「さて、そのコンティエンドが三十年前の今日、起きたと言う訳だ。アレは凄かったぞ? 比喩でもなく地球全体が揺れたかのようだった。それほどの衝撃だったんだ」


 実感など湧かないだろう。自分たちからすれば、生まれる前に起きた出来事だ。何せ三十年前。赤子として子宮にいることすらもなく、そもそもこの地球上にいなかったのだこの世代は。

 しかし親世代の恐怖に震える姿だけは知っている。次があるかもしれないと怯える老人世代。その泣き震える姿。混乱に直撃した親世代。実際にその惨状を目の当たりにした者も多くないらしい。聖地巡礼、は聞こえが悪いか。災害現場に直に訪れようとした若者も居たと聞く。


「コンティエンドの日。つまり三十年前の今日。確かにこの地球は一夜にして一変した。新たなエネルギーの発見。その未知が齎す多くの技術の発展と、怪物の出現」

「…………リヴィル」

「ああ、その怪物たちのせいで人類滅亡すらも可能性として存在していたんだ」


 零れたように、誰かの独り言、もしくは返答が聞こえる。それを教師は拾い上げた。

 クラス中が静まる。それは授業に対しての厳格な姿勢ではなく、それぞれのうちにある恐怖を思い起こしているからだろう。コンティエンドを経験していなくても、それの二次災害染みた破壊には自分たちも思い当たる節があるのだから。


「ま、それも今となっちゃ何とかなる状況になったがな。REP様の努力のおかげだ」


 肩を竦めるように、やや大袈裟に教師は首を振った。同時、チャイムが鳴る。四限目が終了する合図だ。

 午前だけの授業に加えて短縮授業。進めるにも対して進まないからと、ほとんどが雑談や不意打ち小テストなどでお茶を濁すようにしていた。今日の授業はこれで終わりを告げるが、まだ帰ることはできない。


「このあとは避難訓練だ。さっきの事をちゃんと受け止めているのなら、真摯に取り組むようにな。自分の命は自分で守れるようにしないと。トイレに行きたいやつは今のうちに行っておけよー」


 クラス長の号令の後、荷物を纏めた教師はそう言って教室を出て行った。

 少し騒がしくなりながら、一足早く帰りの準備を整えたりトイレに向かったりと好きに動き始める。何をするでもなく、まだ消されていない黒板を見て、板書された授業の内容に目を走らせた。


 コンティエンド。一つの大陸の事実的消滅。リヴィルという人を襲う怪物。それが三十年前から当たり前になった、この世界の常識だ。

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