【幕間】残念令嬢の知らない場所で
王都で人気のカフェ〈アマーリエ〉。
その片隅で、二人の令嬢がお茶のテーブルについていた。
オレンジブロンドの小柄な令嬢と、ハニーブロンドのややぽっちゃりめの令嬢である。
衝立に仕切られたその席は、デートや密談にはもってこいだ。
「それで、これは一体どういうこと?」
オレンジブロンドの伯爵令嬢――ジャネット・ファインズは詰問するように口を切った。
彼女の前には、今朝出たばかりの〈カルヴィーノ・ジャーナル〉。
王都でも悪評高いゴシップ紙である。
その一面には、目の前に座るハニーブロンドの令嬢と若い男性が並んで写るポートレートがでかでかと載っていた。
二人の間には、稲妻型の大きな亀裂が走っている。
『イモラ・エマニュエル子爵令嬢、伯爵令息との婚約が三日で破綻!』
細く骨ばったジャネットの指が、苛立たしげに記事を叩く。
「ジョージ様に聞いたときは耳を疑ったわ。あなた、あの方の面前で、イサーク様を追いかけ回したそうじゃない!」
「だって……だって……」
イモラは膝の上でレースのハンカチを揉み絞った。
その目は、カフェに来たときから真っ赤に泣き腫らされている。
「あの方、女連れだったのよ!」
それがどうした、とジャネットは思う。
財務大臣の嫡男で侯爵令息。自身も凄腕の捜査官で、おまけに見目も麗しい。
それほどの優良物件が、未だに独身でいることのほうがおかしいのだ。
「女連れだろうが何だろうが、どうせあんたは近づけないでしょ?」
王立学院時代、イサークに対し、度を越したつきまとい行為を繰り返したイモラには、グスマン侯爵家から正式に接近禁止命令が出されていた。
にも関わらず、昨日は公園の遊歩道でイサークを追い回した挙句、リブリア河ではあろうことか婚約者にボートを漕がせて追いすがったというのだから、開いた口が塞がらない。
「そうよ。なのに、あの女!」
バン! とテーブルを叩くと、イモラはわっと泣き出した。
「何で、何でパトリシアなんかがイサーク様と一緒にいるのよぉ……っ」
「っ⁉」
ジャネットは椅子を鳴らして立ち上がり、イモラの両肩に手をかけた。
「
「いたっ! そ、そうよ。パトリシアよ。あの
ぎりっ。
ジャネットは奥歯を噛みしめる。
(あの女……。カイル様だけじゃなく、イサーク様にまで媚びを売ってるってこと⁉)
つい先日〈セルドール ファインズ〉の前で見た二人の姿がよみがえる。
ジャネットは、イサークのような気難しそうな男より、カイルのような明るいタイプが好みだった。
騎士団長の次男で家柄は申し分なく、そのくせ家を継ぐ必要がないから、結婚しても長男の嫁よりはるかに楽ができる。
ジャネットにとっては、まさに理想の相手だった。
王立学院にいたころは、訓練場に手作りの菓子を届けたり、誕生日にジュエリーを贈ったり、せっせとアピールしたものだ。
だがカイルは誰にでも愛想良く接する割に、決まった相手は決して作らず、24歳になる今も独身のままだった。
父のファインズ伯爵を通じて何度も打診した婚約話も、のらりくらりと
(それはともかく……)
パトリシア。
子どもっぽい花柄のドレスを着た、実家が太いだけの豚女。
ロッドとかいう平民男にさえ婚約破棄され、以来すっかりなりをひそめていたのに、いつの間にカイルやイサークのようなエリート中のエリートと出歩くようになったのだろう。
「だ、大体、イサーク様だって、カイル様だって、あの子との婚約話はとうに断っているはずよぅ」
まだぐすぐすと啜り上げながらイモラが言う。
「当然よ。オーク女の分際で、人間と結婚しようなんて図々しいにもほどがあるわ」
なのになぜ、カイルは今になってあんな女を構うのか。
「一度、きちんと注意してさしあげたほうがいいかもね」
ジャネットはそう言うと、意味ありげな眼差しでイモラを見た。
「あの子ったら、ミリアさ……ミリアがいないからって、ちょーっと調子に乗り過ぎじゃないかしら」
でしょ? と目で促せば、イモラは従順にこくこくと頷く。
「そ、そうね。調子に乗ってる。イサーク様とあんなふうに出歩くなんて……。そうそう、イサーク様っていえば、昨日ねえ……」
「だ・か・ら!」
ジャネットはイモラを強引に遮り、素早く考えを巡らせた。
この手のことはミリアのほうが得意だったけれど、私にだってやってやれないことはない。
「思い知らせるなら、早いうちがいいと思うの。たとえば建国祭とかね」
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