砂漠の星音

河居おさけ

ひとつめ。

わたしは人間であった。

よくある話で、戦争中に躍起になった国が人体実験で「兵器」を作る過程でわたしは人間であった過去を持つことになった。


現在は鉛の心臓と時代遅れの機械の身体を引きずってこの砂漠だらけの惑星で死んだまま生きているのだ。

たまに現れる顔のいい詐欺師と仕事をして賃金を得た。

わたしは考えるのを止めてしまったのだろうか。人間に戻ろうと必死だった頃もあったが、いまはもうただまだ必要とされているので存在を続けているのだ。

そうなのだ。太古の昔の、「道具」であった時代の機械のように。生きる。


「おじさん!」


このガキは最近わたしに構いはじめた知らない暇なガキである。

この惑星の治安が悪くなっていくにつれて人々は身体の一部を機械化させることはよくあることになったが、このガキはどうやら100%生身の身体であるようだ。

100%生身の身体の人間はこの時代を生きにくいだろうに。


……まぁ、わたしには関係のないことか……。


「おじさんは、何年から生きているの?」

「天暦1923年生まれ。」

「へぇ!天暦1923年って何年前?すごく前?」


いまじゃ、天暦なんて使わないのだ。


「聖暦前5年だ。いまから、……、」

「分からないね」

「…………。」

「おれは12年前から生きてるよ。2年前までは世界が楽しく見えていたけど、もう最近じゃ真っ暗だよ。この世界は変わらないといけないと思うんだ。みんなじぶんの生きることばっかり考えているんだから……、それも大事だけどもっとみんなで仲良く……」


ガキがまた夢物語を語り始めた。

こいつはいつもおれがいるところを発見しては自身の社会に対する不平不満を吐いていく。おれはそれを聞き流す。返事もないままに。

最近の若者には珍しいが、それでもまぁ、若者っていうのは「こういう」時期があったりするものなんだ。


「おれ、バンドとかやってみたくてさ、」


若者だから。


「フルートを吹きたいんだよね。でもフルートって知ってる?なんかどっかの惑星の細長い楽器なんだけどさ、フォ~って音が面白くって……。まぁ、いいか。なんでも。」


沈黙が始まった。


いつものガキはわたしの横にいるあいだ止まることなく話をするのだが、きょうは「いつものでは」ないようだ。

少し下を向くガキは、自身の着用している服のボタン部分を指で回すように触ってからわたしの方を見た。


「帰るね。」


窓の前の机に座っていたガキの顔はバカみたいな逆光で見えなかった。そのままガキは一筋の光だけが差している暗い部屋を素早く抜け出すと、そのあとまたわたしの横に来て話をすることはなかった。


きょうも恒星の光が機械の表皮の温度を上げる日。


「あ!テスリョン。仕事、持ってきたよ。」


顔のいい詐欺師がやってきた。本当は詐欺師ではなく冒険家だが、わたしを無報酬でこき使うので実際詐欺師みたいなものである。古代の機械のように生きているとはいえ、それはわたしの「気分」の問題で、いまは古代ではないわけだし機械も働けば報酬をもらわなければ妥当ではない。


「見て、これ。」

「それは、鉄のパイプか」

「違うよ。フルートって言うんだ、これ。遠くのテラって星の楽器だよ。」

「……」

「ま、興味ないか!きょうお願いする仕事はさ、すぐそこのデッカい犬がいる豪邸の金持ちの依頼でさ……」

「そのフルート、」

「ん?」


…………。


「その、フルート、どうするんだ?」

「どうするって……あは!興味あるんだ。意外だな!このフルートはさ、さっきここに来るときに得たんだ。売ったら良いと思ってな。でもテラの物っていま価値あるんだっけ?またテラブーム来ねぇかな!そしたら……」

「わたしが、買うよ。」


顔のいい詐欺師は、最近流行りの輝く機械の眼球を2つきらめかせてこちらを見た。


「いくら」

「この建物」


何故?というような表情を詐欺師は隠せないまま、その建物の一部である現在自身の居る部屋をぐるりと眺めて、フルートを見た。バカみたいに光の差す窓と机の方も見る。


「じゃあ、きょうはあのデッカい犬に会わなくてもいいのかも。」

「……」


わたしはそっと詐欺師に手を伸ばす。詐欺師は握手をするように自身の手をぬっと差し出したが、わたしは無視してフルートをそっとその男の手から差し抜いた。


「……あんたはもっと気持ちを表現する方がいいよ」

「必要がない」

「あるさ」


わたしはその詐欺師に背を向け狭い部屋を出、8階までは行き来するエレベーターに乗り8階へと向かった。8階からは階段を使って地上まで降りる。

地上階まで到着し、乾いた地面に足を踏み出すと、未舗装の道は土ぼこりを上げた。


「おぉい」とはるか上の方からあの男の声がしたので見上げる。


「おぉい、テスリョン!このエレベーターは何で8階までしか……いや、いいわ。本当にいいのか、建物、結構デカいぞ」


わたしは顔のいい詐欺師に軽く手を振り道を進んだ。

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砂漠の星音 河居おさけ @kawaiiosake

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