終末の魔術師

@phaimu

第1話

終末の魔術師はどこにでもいて、どこにもいない。本当はいたるところに存在しているのにみんなそれに気づかない、いや気づかないふりをしている。自分自身の精神の奥底からつながっている細い糸が終末の魔術師へとつながっている。その細い糸からいろんな感情が週末の魔術師へと伝播している。喜怒哀楽。みんながよく知っている感情も伝播しているんだけど、最も多く伝播している感情はほかにある。それは他人への関心といったもの、大抵は他人への悪意だ。どんなに他人を称賛していても、心のどこかで悪意はひっそりと芽吹いている。悪意の力は強烈で人間を動かす大きな原動力の一つだ。そんな悪意を栄養にして、終末の魔術師はすくすくと育っている。成長している魔術師に気づく人間は少数。大多数が気づくころにはもう手遅れ。


 相原レオが違和感に気づいたのは雨が降る午後の木曜日だった。レオは高校生で、授業中に教室の窓から外の景色を見ていた。一定のリズムで降ってきていた雨粒の速度が段々遅くなっていることに気づいた。ゆっくりとだが、しっかりと遅くなっていた。遅くなっているのは雨粒だけではなくて、レオの周囲すべてが遅滞してきていた。そして、秒針がちょうど十二時を指した十四時五十分ちょうどにレオ以外のすべてのものの動きが止まった。チョークで黒板に文字を書きながら不満そうな顔でレオを見たまま固まっている教師の姿はどこか滑稽だった。レオはしばらく周りの様子を見てから席を立った。

ただ、気怠かった。

周りで固まっている同級生を見ながらレオは教室を出た。

 屋上に上がり、空を見ると月が出ていた。大きな丸い満月だった。さっきまで雨が降っていたはずなのに、まだ夜ではなく午後だったはずなのに。幾ばくかの疑問が湧いてきたが、レオは考えるのをやめた。何もすることもなく、レオはあおむけになって、満月を見た。太陽と違ってじっくりと見れる月はレオに不思議な温もりを与えてくれた。満月で明るかったが、レオは自然と眠気を感じ、気が付くと意識を失っていた。


 レオは目を覚ました。どうやらベッドの上にいるようだ。そしてとなりには背を向けた裸の女が一人横たわっていた。

「君は旅をしなければならない」

 レオが声のした方を振り向くとそこには初老の男が一人いた。銀髪で、茶色いコートを着て、どこかに品を感じさせる男だった。

「君は旅をしなければならない」

 男がもう一度言った。

「旅って一体どこにさ?」

 男はゆっくりと首を振る。

「わからない。だが、旅とはそういうものだ。行先もわからず歩いていく。何かを求めながら、溺れる者がわらをもつかむように両の掌で空をかきながら進んでいくのだよ。そしてどこかにたどり着く。そこが旅の終着点なのさ」

「旅の終着点にいくってことは死ぬってことなのかい?」

「違う。旅の終着点に行くと自分自身が生まれ変わるのだ。そしてまた新たな旅が始まる」

「終わりの見えない旅ってやつ?」

 男はゆっくりとレオの方を見た。

「それは誰にもわからない。君自身が決めることだ」

「俺自身? 俺自身が決めるってなんだよ? 答えてくれよ」

 レオの声は震えていた。男の話は要領がつかめなかったが、どこかレオを不安にさせた。

 男はふふ、と少しだけ笑うと片手を挙げ、掌を天に向けた。

「光あれ」

 男はそういうと、レオの周りの景色はホワイトアウトし、やがて真っ暗になり何も見えなくなった。暗闇の中へ薄れゆく意識の中でレオは親友を失ったような喪失感を味わった。


 再びレオは目覚めた。空が夕焼けがかっている。レオは灰色のパーカーを着ていて、少し肌寒かった。レオの右手には海があり、レオは堤防の上に寝ていた。

「君は一体どんな夢を見ていたのかな」

 あおむけになっているレオの顔を男がのぞき込んでいる。夢に出てきた男の顔に非常によく似ている。けれども、髪は黒々としていて生命力にあふれているし、半そでのアロハシャツと水色のパンツを履いている。そして、夢の中に出てきた男と同じような品の良さを感じた。

「あなたに……よく似た人が出てくる夢でした」

 夢の中では隣に裸の女が寝ていたのだがレオはそれを言うのが少し小恥ずかしくて、そのことは言わないでおいた。

「私によく似た人か。もしかするとそれは私の父かもしれないな」

「あなたのお父さんですか」

「そう。私の父だ。」

 男はその場に胡坐をかくとどこからか持ってきたKIRINの缶ビールをレオに差し出した。

「ちょっと飲もうじゃないか」

 男がビール缶を開けた。それに応じてレオもプルタブを立てて缶を開けた。中から少しずつ泡が飛び出してくる。

「乾杯」

 男がそう言って、レオの缶と自分の缶をぶつけた。カン、という心地よい音の後に男は一息でビールを飲みほした。レオはその豪快な飲みっぷりを見ながら、自分も少しだけビールを飲んでみた。はじめて飲んだはずのビールのその味をレオはどこかで知っているような気がした。

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