5-5

 旦那様が顔を片手で隠しており、私の方を向けてくれません。


 何も言えずに見ていると、数秒後、指の隙間から夜空のような藍色の瞳が、私の方に向きます。


「見た……、か?」


 旦那様の瞳、初めて見ました。


 すごくキラキラと輝き、綺麗で思わず見惚れてしまいます。

 ですが、今は見惚れている場合ではありません。


「はい、見ました。あの……」


「そうか、悪いな。気持悪いもんを見せてしまった。綺麗なもんを見せたのだが、台無しだな……」


 …………今まで顔を黒い布で隠していた理由は、それだったのですね。


 顔半分を染めてしまっている、痛々しい火傷の跡。

 一瞬しか見えなかったですが、もう古く、何年も前に出来た物のように見えました。


「…………旦那様、よく見せてください」


「っ、華鈴……」


 旦那様の顔に手を伸ばし頬に手を添え、軽くこちらを向くように言うと、素直に手を離し向いてくださいました。


 目の周りは黒く染まっており、今以上に治すことは難しそうな状態。

 おそらくですが、もう数十年も前に火傷をしてしまったのでしょう。


「華鈴、無理するな。気持ち悪いだろう」


「無理などしておりません。あの、旦那様は、痛みなどはありませんか? 古傷でも、天候によっては痛む時があると聞いたことがあります」


「いや、痛みは、ない」


 ほっ、それなら良かったです。

 痛みがないのなら、私は安心しました。


「…………華鈴?」


「はい、なんでしょうか?」


「いや、そんなにまじまじ見られると、気まずいんだが…………」


「へ、あ、すすす、すいません!!!!」


「あ、まっ、ちょ、今暴れるのは危険だ!! 待て待て、お、落ち着け!!」


「はっ!! すすす、すいません!!」


 咄嗟に離れるため、旦那様の胸を思いっきり押してしまいました。


 あ、危なかったです。

 上空だったのをすっかり忘れておりました。


「あの、すいませっ―――」


 顔を上げると、思ったより顔が近い?!

 少しでも動けば、口がぶつかってしまいそう。


 ────心臓が、バクバクと音を立て、波打っているのを感じます。


 私の視界が、旦那様の綺麗な藍色の瞳により覆われます。


 吸い込まれそうな瞳、このまま見続けてしまうと、私はどうなってしまうのでしょうか。


「──華鈴、一度降りるぞ」


「あ、はい」


 パッと、旦那様が顔を逸らしたため、吸い込まれそうな藍色の拘束から開放されました。でも、心臓はまだ高鳴っております。


 初めて見た旦那様の瞳、顔。

 私は、今まで以上にドキドキしてしまって、どうにかなってしまいそうです!


 ちらっと、旦那様の横顔を見ますと、着地点を真剣に探しています。

 ですが、視線に気づいてしまったらしく、一瞬、私と目が合いました。


「っ!!」


 っ、驚きと焦りで、思わず顔を逸らしてしまいました……。


 黒い布で隠していた旦那様もかっこよかったのですが、素顔を出している旦那様は、今まで見たどんな旦那様よりも輝いて見えて、見たいのに、見る事が出来ません。


 うぅ、私の旦那様は、なぜこんなにもお美しいのですか。

 私は、またしても旦那様におぼれてしまいました。


 ・

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 ・

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「たどり着いたぞ、足を地面に付ける事は出来るか?」


「大丈夫そうです、ありがとうございます」


 地上に辿り着くと、旦那様が優しく私を下ろしてくださいました。


 最後まで私を気遣ってくださる旦那様は、私と目を合わせてくださいません。そらされたままです……。


「旦那様」


「なんだ?」


「なぜ顔を逸らしてしまうのですか、私は悲しいです」


「そ、んなこと、言われてもなぁ……」


 私が問いかけても、旦那様はこちらを見てはくれません。こんなこと初めてです。


 何を言えばいいのでしょうか。

 今、旦那様が求めている言葉は何でしょうか。


 ────いえ、求めてなどいないでしょう。

 

 旦那様は、人に自分の欲しい物を求める方ではありません。

 欲しい物は自分で手に入れる、そのようなお方です。


 なら、私がお伝えする言葉は決まりました。

 素直に、私の気持ちを伝えればいいのです。


「旦那様、こちらを向いてください」


 背伸びをし、旦那様の顔を両手で包み、こちらに向かせます。すると、旦那様は驚いた表情を浮かべ、私を見てきました。


「か、華鈴?」


 困惑の声を出す旦那様。

 やっと、私と目を合わせてくださいました。

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