5-4

 やはり、帰されてしまいました。

 当たり前です、アポすら取っていないのですから。


「旦那様、いかがいたしますか?」


「待つしかないな。九時まで営業しているとなると………。ふむ、今は午後の七時。二時間ここで待っていると変に目立つ。カフェの中に入るも、九時前に退社されてしまえばすぐに動くことが出来ん。むむ……」


 険しい声を上げ、旦那様が空を仰いでしまいました。


 私も、旦那様に頼ってばかりではなく、動かなければ!!

 周りに、何かちょうど良い建物は無いでしょうか。



 ・・・・・・・・・・・・・。



 周りの人が、旦那様の容姿や妖しい雰囲気に注目されておりますね。


 え、ま、待ってくださいよ。

 見惚れてしまう人などはいませんよね、大丈夫ですよね。


 私以外の女性が旦那様に見惚れるのは駄目です、許しません。


「よしっ、わかった。空の散歩でもして時間を潰そうか」


「わかりまっ――空の散歩?」


 ん? どういう事でしょうか。展望台などに行くという事でしょうか。

 ですが、空の散歩が出来るほどではないかと……。


「こっちに来い」


「は、はい」


 旦那様に手を引かれてしまい、ついて行くと何故か辿り着いたのは、ビルの裏側。路地裏と呼ばれる所です。


 な、なぜ、空の散歩をすると言って、路地裏に向かったのでしょうか。


 あっ、人がここにはいません。

 高いビルにより陽光が遮られ、薄暗いです。

 少々肌寒くもあります。


 旦那様? 何を考えておられるのですか?


「ここなら人はいないか。少しは楽しまないとここまで来た意味がないからな。上から都会を見て、楽しむぞ」


「ど、どうやってですか?」


「こうやってだ」


 旦那様は隠していた狐の耳と九本の尾を出すと、私の腰に手を回してきました。


 抱き抱えられた際、落ちないように首に手を回せと言われたため、そっと回します。


「落ちないように気を付けるのだぞ」


「あの、もしかしてですが、旦那様。空、飛べるのですか?」


 問いかけると、黒い布の隙間から覗き見える口元がにやっと上がります。


 その顔だけで私は、この後何が起きるのか予想が出来ました……はい、出来てしまいました。


「あ、あの、旦那様、す、少しだけお待ちくだっ―――」


「悪いが、断るぞ」


 断られた!? え、体に浮遊感。旦那様が上にピョンと跳びました!!


 あ、ああああ、赤色に染まっている空が近くなっていきます!!!


「ひっ…………って、あれ。体に衝撃などはないのですね。浮遊感だけ……?」


「なるべく衝撃を抑えたからな。人の目にも映らないようにしているから、周りも気にせんでよい」


 な、なんでも出来るのですね、旦那様。かっこいいです!!


「それより、どうだ? 今までこんなに近場で夕暮れを見た事はないだろう?」


 旦那様の声で、何とか気持ちが落ち着いてきました。


 周りを見ると、広がるのは鮮やかな赤。

 今日という日が終わると、沈む太陽が知らせてくださる景色。


「わぁ、凄い……」


 目が奪われるような澄んだ空気、光景に目をそらす事が出来ない。


 鳥が自由に赤い世界を飛び回り、光の線が四方に伸びております。


 手を伸ばせば、この綺麗な景色を掴めるんじゃないかと。

 思わず、伸ばしてしまいました。


「綺麗だろ、我のお気に入りだ」


 伸ばした手を、旦那様の大きな手が包み込みます。


 旦那様を見上げると、儚い旦那様の横顔。


 儚いけれど、芯のある空気を纏っている旦那様。

 今、手を離してしまうと、旦那様が私の前から消えてしまいそうな。そんな雰囲気を感じます。


「ん? どうした?」


「いえ、今にも旦那様が消えてしまうんじゃないかと。少々思ってしまっただけです」


「我が今消えたら、華鈴はこの高さから落ちるのだが、大丈夫か?」


 …………下をちらっと見てみます。


 高層ビルまでもが小さく見えるほど高く飛んでおります。人なんて米粒より小さい……。


「────無理です」


「だろ? だから安心しろ。我は華鈴の前から消えん、離れる事も考えておらん。な?」


 旦那様が私の顔を見て、優しくそう言ってくれました。


 そのまま絡めた手を旦那様は、自身の口元に持っていき、私の手の甲に軽くキスを落とします。


「だ、旦那様?!」


「くくっ、たまには良いだろう。このような甘いのも」


 ケラケラと、私の顔を見て笑う旦那様。

 楽しそうなのはいいのですが、私は顔が赤くなってしまいます。


 むぅ、今日の旦那様は、手が早いです!

 いつもはこのようなことはしないのに……。


 ────あぁ、そうか。

 私がさっきから不安そうにしていたから、それに気づきこのような事をしてくださったのでしょうか。


 それが当たっているのなら、私は本当に旦那様へご迷惑をかけてばかりなのです。

 何かしたいと思っても、結局は助けられてしまいます。


「っ、どうしたんだ? どこか痛いか?」


 旦那様の顔が、涙で歪んで見えない。

 嬉しすぎて、温かくて。涙が止まらない。


「私は、っ、私は本当に、幸せです」


「それなら、良かった」


 私の額に、旦那様は軽くキスを落とす。

 ふふっ、こういう所での”初めて”はお気になさらないのですね。



 ────いえ、"初めて"は、ここがいいです。



「旦那様」


「むっ」


 旦那様の服をそっと掴み、顔を近づかせてみます。

 すると、旦那様は私がしたい事をすぐに察してくださいました。


 頬を染め、少々考えていましたが、すぐに覚悟を決めてくださったみたいです。

 私の顎に手を添え、顔を近づかせてくれました。


 夕暮れを背負い、私達は初めてのキスをする。あと、数センチで――………



 ――――――――ブワッ!!!



「っ!!」


「っ、しまっ――――」


 あともう少しの所で、私達の邪魔をするように突風が吹き荒れ、旦那様の顔を隠していた黒い布を飛ばしてしまわれました。憎みます。


「旦那様、だいじょっ──……」


 ────あ。


 何とか旦那様は片手で顔を隠そうとしますが、私はしっかりと見てしまいました。


 旦那様の顔半分、目元に、大きな火傷の跡があるのを―――…………

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