墓守

松澤もる

墓守

 残額は一九一四 傍らに自動改札よぎるサラエヴォ


 職を狩るホモ・サピエンスの語らひを羆のごとく怯え聞きゐつ


 墓堀人の墓に手向くる花として世紀に一度箒星降る


 我もまた墓守なれば抜かりなく死者を詰りて千年を生く


 科学者は父と名乗るか標本を母集団より抽き出す時に

 

 指先はあかに染まりぬ段落の繭の如きを解く愉悦に


 後悔の標準偏差をみちびきて、行き給ふか、君は、いづこへ?


 垂直に黒き文字列飲み下しカフェイン嗜癖者博士論文


 死番虫穴穿ちたる戸籍簿の語ることなき名を持つ人ら


 研ぎゆかば見ゆるは何か おそらくは青信号の青にも劣る


 スライドを震はせながら向かふとき教室の手前にある鉄橋


 微かなる高みに立てばそれだけで自由落下を止めない言葉


 散骨の儀式にも似て教壇に唱ふるDies irae, Dies illa


 教室に四つの川は流れゐて壁際砂漠を歩む駱駝は


 かうやつて狂つていつたのかも知れず教壇に兜被りし国史教授も


 説き終へし大審問官を見るやうなまなことへり 電源を切る


 幸ひな名前を帯びたひとびとが労働市場に散じゆきたり


 陽気なきみのさやうなら 卒論に一人の寡婦をそつと住まはせ


 歴史家よおるがんを弾け、ゆくりなく伽藍めきたる結論なれば


 the best and the brightest 君たちの墓は簡素で済みますやうに


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墓守 松澤もる @moru1884

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