【改訂版】『問題児と更生官』
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第1話 保有才能調査と問題児
西暦も二二〇〇年が過ぎ、僕ら人類は二〇〇年前とは比べ物にならないくらいの進歩を遂げていた。
過去の人類が想像した人型ロボットはその辺をちょっと歩けば見かけるし、頭上を見上げれば反重力装置の補助を受けた人々が空を飛んでいる光景が日常となっている。
そうした進歩を可能としたのにはいくつかの要因があるが、その一つが、〝
——〝保有才能調査〟
この技術が確立された結果、僕らは生誕と同時に自分の才能を知ることができるようになった。ほんのちょっとの血を分析機にかけるだけで、僕らの持つ才能はすべて数値化され、生まれながらにして自らの持つ才能の全てがわかるようになったのだ。
それは確かに、画期的な発明だった。
この技術が実用化される二一〇八年より前までには、自分の本当の才能に気が付かずに一生を終える人が、それこそ星の数ほどいたであろうことは想像に難かたくない。
テニスで世界ランキング一位になれるほどの才能を持っていた人が、そのことに気が付きもせずに一介の会社員として一生を終える。画家としての才能に富とんでいた人が、筆を一度も持つことすらなくしがない日雇い労働者としてその生涯を送る。
それは悲劇だし、また、ある意味では喜劇でもあったのだと僕は思う。
だけど僕らの生きる現代では、〝保有才能調査〟のお陰で僕らは自分の才能を知ることができるようになり、それを集中的に伸ばすことが可能になった。僕らは生誕と同時にその才能によって独自のカリキュラムが決められ、それにしたがって学習していくことを義務付けられるようになったのだ。野球の才能があるものは野球漬けの、数学の才能があるものは数学漬けの、スイカを育てる才能のあるものはスイカを作り続ける毎日を送る。
そうして本当の才能を発揮できる職業人に満ち溢れた現代の世界では、多くのスポーツでは競技レベルが上がり、科学の世界ではいくつもの新しい理論が発見され、幾多の優れた芸術作品が生み出され、経済はめざましい発展を遂げていった。
考えてみれば当たり前のことだ。過去の時代とは、捧げる努力の質が全く違うのだから。
自分に才能があるかどうかわからない状態で続ける努力と、才能に恵まれていると知りながらする努力。それは例えるなら、一メートル先も見えない真っ暗な迷路をふたりの人間に進ませ、一方は着の身着のまま、一方は迷路内の地図、おまけに懐中電灯と方位磁針付きという条件の中でゴールに着くまでの時間を競わせるようなものだ。どちらがより良い結果を招くのかは、火を見るよりも明らかなことだった。
こうして僕ら人類は〝保有才能調査〟によって飛躍的な進歩を遂げた。
今ではもう〝保有才能調査〟のない世界など考えられないほどに、僕らにとってその存在は当たり前で、欠かすことのできないものとなっている。
だけど、どんな完璧な人間にもひとつは短所があるように、〝保有才能調査〟にも欠点がないわけではなかった。
才能によりカリキュラムが決められるということはつまり、僕らの将来は、僕らの意志以外で決定されてしまうということだ。職業選択の自由はいまや過去のものとなり、現代に生きる僕らは、その才能にしたがって決められた人生を歩んでいくことが義務付けられるようになった。
だから僕らは、将来の夢を想い描くことがなくなった。もう少しだけ正確にいうと、将来なりたい職業についての夢を。
野球中継を見て選手に憧れはしても、実際に目指そうとすることはないし、誰かの笑顔のために料理人になろうとすることもない。
よしんば実際に目指そうとしたところで、大抵のひとはやっていく中で才能のある者と自分との差に絶望し、諦め、やがて自分自身の才能を活いかそうとカリキュラムに従い始める。誰だって結果の伴わない努力よりも、やればやるだけ結果がついてくる努力の方を選ぶに決まっているのだ。
……だけど、中には諦めずに何年も努力を続ける者たちがいた。
そうした自分の才能のない分野に尽力する者たち。
彼らは——〝
そしていま、小さな部屋の中に、僕の対面で憤っている少女がいた。
彼女もまた問題児のひとりだった。
僕の仕事は、彼女たち問題児に更生を促すこと。
本来の才能に従う、正しいとされている道に、彼女たちが戻るように説得することだ。
それが、僕の生まれながらに持つ才能だったのだ。
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