第14話/スパルタに媚びろ
(ここで逃げれば女が廃るってもんよぉっ!!)
媚びながらキスだなんて、無茶苦茶にも程がある。
我慢のさせすぎで頭がエロ本になってしまったのだろうか、だとしてもルゥとしては断ることなんて出来ない。
ここで善人の理性をゼロにするぐらいの媚びを売れなくて、どうして彼の恋人と言えようか。
(――ルゥは妙なプライドがある、必ず乗ってくる筈だ)
(いいでしょう……見せてやるぜ私の媚びっ媚びなキスをよォ!!)
正座のままだったルゥはすっくと立ち上がり、ビシっと右手の人差し指を彼に向けた。
己の顔が羞恥に染まり熱くなっているのが分かる、だが自分自身になんて負けていられない。
そんな彼女の姿が、善人にはとても愛おしく感じて。
「倍プッシュだ……っ! 私が勝てば善人が今持ってる券を二倍にするッ! だぁーがぁー、善人が負ければ【キス一回券】は全部没収ぅ!!」
「いいだろう、……見せつけてくれよ月海!! 最高に媚び媚びなキスをさぁ!!」
お互いに気合いは十分、だがその前に行う事がある。
月海はニヤリと笑って、善人に告げた。
「ところでダーリンや、帰ってきたら手洗いうがいじゃぞ?」
「あ、そうだったね。じゃあついでに着替えてくるからテレビでも見て待っててよ」
「じゃあジュースとぽてちも用意しときまーすっ、食べ終わったらやっていきましょうっ!」
他の誰かが聞いていたら、二人の会話はごく普通のモノに思えただろう。
だが実際には違う、普段と同じ調子のやりとりの裏で。
(――急げ考えろッ、ルゥを出し抜くんだ!!)
(こんな事もあろうかと!! こんな事もあろうかとッ!! 準備してきた秘密兵器が火を噴くぜッ!! さー急げ急げぇい!)
媚びろ、と言った所で受け身で待っている訳がない。
媚びろ、と言われた所で普通に媚びる訳がなく。
二人は勝利を目指し、躊躇無く悪巧みである。
(君の弱点は分かってるんだ、――このままパンツ一丁で出て行ってやる)
(ふっ、善人が私の何処をどんな感じで好きなのか把握していないワケがないッ、ならばそこを突くのみじゃっ!)
善人は手洗いうがいの後でパンツひとつになり、そこで考え込んだ。
果たしてこれで大丈夫なのだろうか、インパクトが足りない、そんな気がしている。
何かないかと周囲を見渡し、ふと床に起きっぱなしの通学鞄が目に入って。
(――やってみる価値はありそうだ)
一方でルゥはコーラをコップへ、ピザ味のポテチを皿に用意すると納戸兼寝室に移動し。
クローゼットの奥から、少々特殊な一品を捜し当てる。
深呼吸をひとつ、それを頭に装着し居間に戻れば。
「な、なななななっ、なーーんて格好してんですかあああああああああああっ!! この卑怯者ッ!!」
「それはコッチの台詞だよっ、は? そんな卑怯すぎるよねソレ??」
「そっちの方が卑怯でしょうが!! なんで裸なんですかぁ……っ! しかも月海専用って胸に書いてるの何なんです?? 変態ッ、変態変態この変態がぁッ!!」
「猫耳カチューシャ頭に着けてくる方がヤバいと思うんだけど??」
「…………う゛う゛う゛」
「ぐぬぬ……」
にらみ合う二人は、そろりそろりとちゃぶ台を挟んで着席。
幼馴染みというだけあって、お互いのやり口は知り尽くしている。
だからこそ分かってしまった、この勝負はお互いにノーガード戦法であると。
「ま、まぁ一息つこうか。中々やるねルゥ、恥ずかしさに耐えて僕の好みドストライクで攻めてくるとかさ」
「あ~~っ、も~~っ、くぅっ、こちらの弱点を突いてくるとは思いましたけどっ、躊躇いがなさすぎじゃないですか?? ――あ、ポテチどうぞどうぞ」
「これはこれはご親切に、では遠慮な…………うん?」
「どうしましたか? 食べれませんか? 只のポテチですよ? それとも……私の用意したポテチが食べれないとでも?」
「その圧なに!? 君って声がかわいい系だから余計に迫力あるんだけど??」
まるで浮気を問いつめられている気分だ、しかし善人にやましい事など何一つない。
だから皿に手を伸ばし、直前で止めた。
気づいたからだ、これが罠だと。
(しまったッ、ポテチを食べるという事は……大人のキスをする雰囲気ではなくなるという事!?)
(けど善人? 善人は食べるもんね、私が勧めてるんだから食べますよね?)
(……断ることはできる、コーラだって飲まなきゃいい、けどルゥにまで強制はできない。やられたッ、いい雰囲気にならないように楔を打ち込まれたッ!!)
(これで最悪は防げる……筈っ、そして善人にこれを返す手がないなら――)
詰みとまではいかないが、この勝負は月海に負けはなくなる。
善人の迷いは一瞬、その手は、その指はポテチを掴みパリパリ、バリバリボリボリ。
コーラだって美味しそうに、ぐびぐびとコップを傾けて。
「やっぱオヤツはこれだね、明日は甘いのがいいかな」
「ポテチ最高! この触感がたまらんですたいっ、……でも善人? ポテチを食べた直後に大人のキスはイヤですよ」
「僕らにはまだ少しはやいよね、だから……代わりにこのポテチを食べさせてあげよう」
「いやいやいや……ってぇッ、なんで近づくんですかっ!! そんな姿で近づかないでくださいよっ、服っ、服を着るんじゃいッ!!」
「今このときだけはパンツ一丁で食べたいし、食べさせたいんだ……」
「それで私がドキドキすると思うなっ! こんな変態なカレピで悲しいですよっ!! うおおおおおっ、むりやり抱きしめるんじゃないっ、食べさせるなっ、おわっ!? その指なんですかもしや口を~~~もごオオオオオオオオオッ!?」
どうして可愛い子が慌ててる姿は、こんなにも心の栄養素になるのか。
半分涙目になり必死で抵抗する月海とは正反対に、善人はとても穏やかな表情。
もはや彼は勝利を目指していない、だからこれは彼女のペースを乱す嫌がらせでもあり。
「おっと、君がそんなに暴れるからコーラが手にかかっちゃったよ。――舐めて綺麗にしてくれるかい?」
「誰がするかッ! 恥ずかしくないんですか恋人にセクハラしてッ!! 訴えてやる! DVだDVですよっ!!」
「せめておっぱいを揉ませてくれてから言って??」
「それは言わないお約束でしょーーがッ!! オラッ、媚びっ媚びでキスしてやるから正座するんだよぅ!!」
「はいはい、お手並み拝見といこうかね」
善人は苦笑しながら月海を解放すると、その横で正座した。
彼女は羞恥に震えながらジトっと彼を睨む、落ち着けぇ……落ち着けぇ、と深呼吸。
彼が精神攻撃をしてきたのは分かってる、ここで耐えれば勝利なのだから。
「心の準備はいいのかね善人ォ……、私の全力の媚び媚びキスをみたいかーーッ!!」
「見たいっ! 見たいっ! ルゥ様サイコオオオオ!!」
「おーし、ならばここからはお口チャックだぁ……、いい加減に善人も恥ずか死にさせてくれようぞ」
「望むところだよ!!」
「ええいっ、黙っとれぇいっ!!」
期待に胸を膨らませながら善人は彼女を見つめる、デート服にネコ耳のルゥは美しさと可愛らしさが普段以上に溢れていて。
この勝負、負けは確実だろう。
だからせめて、魂を削ってでも堪能しようと決めたのだ。
――彼女は長い睫を震わせながら目を閉じ、そして両手をグーにし。
「にゃんにゃんっ、にゃんにゃんっ、月海ねこだにゃ~ん」
「――――ッ!?」
ダメだ、これはダメだ、と善人は戦慄した。
なんという破壊力、顔に恥じらいが隠せていないのが威力を増している。
だというのに、彼女は顔を近づけて。
「すんすん、すんすんすん、ちょっと汗くさい匂いがするにゃ、勉強をがんばった匂いかにゃ? 月海ねこの好きな匂いだにゃ」
「~~っ、ぁ――」
「ドコにキスしちゃおーかにゃあ、唇かにゃ? それとも……専用って書かれてる胸板かにゃ?」
「~~~~~~ぃ」
「何か言いたげだにゃ、でもダーメ、にゃ」
彼女としては、猫っぽくすれば条件を満たすと安易に考えた結果だろう。
だから誘惑するつもりなんて皆無で、でも悪戯そうに輝く青い瞳は、善人の唇にあてられた指先は。
(今日、僕は死ぬのかもしれないな)
善人は死を覚悟した、なんていいものを見れたのだろうか。
悟りを開きそうな彼の様子に、彼女の目はキラーンと光って。
シュッシュッ、シュッシュッと効果音を口で言いながらシャドーボクシングの構え。
「にゃにゃにゃにゃにゃっ、くらえッ、ねこぱーんち、にゃにゃにゃにゃにゃにゃにゃあ! 止まった所にキスするにゃ~~んっ!」
(これ以上すると僕は萌え死ぬぞぉ!!)
(うおおおおおおおおおっ、はっずぅ!! なにこれ超絶恥ずかちーーっ!! キスするんです? え、この流れでキスしないダメなの!? うえ~~んっ、その場のノリで行動しすぎたぁ~~っ!!)
ぺちぺちと善人の体が叩かれる、頬、首、髪、太股、その次は右腕で、胸や足の甲。
このルーレットとやらは何時止まるのか、こちらから抱きしめてキスしてもいいのでないか。
それは負けを意味するが、実質的には勝利に他ならない。
(で、でもッ――ルゥだって限界が近い、僕には分かるぞぉ!!)
(うああああああんっ、ドコっ!? ドコにキスすればいいんですかっ! 普通にキスするより恥ずかしいじゃないですかっ!!)
双方とも限界が近い、特にルゥは息切れ寸前で。
(なにソレ反則じゃないの? いや単に体力不足と恥ずかしさが勝ってるってだけだけど、そんなハァハァ言われたらエロい以外の感想が出てこないんだけど??)
(ッ!? 雰囲気が変わった!? ううっ、何かされたら気絶しますよ私はっ!! ならキスしますよキスっ、ヒヨったと言われようが――)
(あーもう我慢の限界だよ、でもまだ僕には鋼の理性があるからね、うん、鋼の理性が壊れる前に終わらせるっ、無難な所でねっ!!)
((今だ手の甲だッ!!))
瞬間、二人は同時にお互いの右手首を掴む。
そして時が止まった様に、驚いた顔で見つめ合い。
どれほどの時間そうしていただろうか、おずおずと自身の唇と相手の右手の甲に押しつけて。
「…………きょ、今日はこれで終わろうかっ!」
「え、ええっ! そうしましょう!! それがいいですって!!」
「いやー残念だなー、これじゃドローだね相打ちだ」
「とっても残念ですけど引き分けって事で、――――…………着替えましょうか」
「うん、そうしよっか」
何もなかった事にして、二人は普段通りの格好へ。
言わずもがなルゥはブカブカなTシャツ一枚、善人もTシャツにハーフパンツ。
その後、夕食の支度を始めるまで二人は無言で視線も合わさず。
「じゃあそろそろ晩ご飯作るけど……ちょっといいかな?」
「はい? なんです?」
「明日さ、お弁当作ってほしいんだよ」
「いいですけど……またなんで? いつも学食で食べてるのでは?」
「まぁちょっとね、……楽しい事をしようと思って」
また何か企んでいるようだが、これは学校で何かするつもりだろうと彼女は判断し。
どうせなら、風変わり弁当にしてもいいのでは、とも考える。
そうとは知らずに、善人は答えを待った。
「わかりました、じゃあ作ってる所は見ないでくださいね。開けてビックリなサプライズにしてみせよう!!」
「おおー、これは期待しちゃうね!」
実の所、普通でいいんだけど、とは思ったが彼女のやる気を削ぐことはせず。
明日の昼食を楽しみにしながら、善人は夕食作りに取りかかったのであった。
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