第12話/浴室に祈りを捧げよ
羽寺月海にとって、まったくの未知な体験であった。
先日、セックスに挑戦した時より心臓が高鳴っている気がする。
一方で善人は、酷く落ち着いている自分に気づいていて。
(うわっ、なんかすっごい無機質な目で見てるんですけどおおおおおおおッ!? ホントどうしちゃったんですか善人!? ちょっとビックリしすぎて恥ずかしさが薄れてきましたよコンチクショーー!!)
(これもこれで色気があるしルゥらしいんだけど、もっと他の服を着て貰えるように交渉するかな?)
(ううなんか悔しーーっ、こんな美少女が目の前で脱いでるんですよ!? もうちょっと興奮するとかあるでしょっ!! でもそんな事されたらもっと恥ずかしくなるの確実ですけどもぉ!!)
(あ、Tシャツの裾がちょっとほつれてる。後で繕っておこう)
新居である所為もあって、居間で、しかも座っている善人の目の前で服を脱ぐという行為にルゥはとても奇妙な気分になった。
同時に、普段からもっと着込んでいるんだった、そんな後悔が猛烈に襲う。
躊躇が動きを鈍らせ、まるで見る者を焦らすようにゆっくりとTシャツを脱いでいく。
(日に当たってないからルゥはかなり白いよね。不健康にギリギリ見えるかどうかってラインが芸術品みたいなイメージあるな)
(残り一枚いいいいいいッ、どーして私はブラをしてないんだいっ?? それにパンツもこんな事になるならもっと綺麗なのを……)
(どーせ見られるのに腕で隠して、パンツ脱ぎにくくないのかなぁ)
スレンダー巨乳と言えればルゥとしては万々歳であったが、生憎と現実はそうではない。
善人から見れば、肌の白さが映える理想的な大きさでであるのだが。
ともあれ全裸になった彼女は全身を真っ赤にしながら、右腕で胸を、左手で股間を隠して俯く。
(ミロのヴィーナスみたいだ……、よし、僕はこの技術品をピカピカに磨くために産まれてきたんだね)
(ノオオオオッ、なんで何も言わないんですかっ、……はっ!? もしかして太った!? デブだって呆れられてるぅ!?)
(間食多い割には全体的に細いよね、どーなってんだろ)
(何かッ、何か言ってよお願いだからッ!!)
しばし彼女の裸体に見とれていた善人だが、ならば自分もと脱ぎだし。
ルゥはぎょっとして目を反らしたが、好奇心に耐えきれず唸りながら直視して。
こんなの不公平だと、どうして彼はそんなに平気なのだろうか。
「じゃあ風呂場に行こうか、自分で歩く?」
「どうしてそこにそんな選択肢がッ!? 自分であるけますっ、だからブラブラさせながら近づくなァ!!」
「はいはい、風邪引くから早く移動しようね」
「やっ、やめーーッ、背中を押すなこの野郎ッ!」
ぐいぐいと押される中、ルゥは悔しさに歯噛みしていた。
確かに彼は先ほど言った、安心してくれと言っていたのをしっかりと覚えている。
だがそれにも限度がある、自分はこんなにも恥ずかしくて今にも死にそうなのに。
彼は平然とした顔でその上、股間が何一つ反応していない。
(これって普通の反応なんです? い、いえ、でもあの時は…………――――え? 有言実行ってコトです??)
(ルゥのこの綺麗な柔肌を極力傷つけずに洗うには、タオルかスポンジか、それとも手か……悩む所だね)
(うあー、なんでこんなに速く引っ越し決まったのに電気も水道もガスもバッチシなんですかぁ……いえ、使えないより使えた方がいいですけどもぉ)
浴室に到着するとルゥは椅子に座らされ、善人はシャワーから水を出しつつ手順を脳内で再確認。
同時に、湯船のセッティングも忘れない。
水が温水に変わった所で、彼女の頭に躊躇無く浴びせ。
「おわっぷっ!? 何か一言くださいってっ!?」
「ごめんごめん、取りあえず頭から全身濡らして、それから手で全部洗っていくから」
「へ? 手? 今、手って言いました??」
「君の肌を例えスポンジですら傷つけたくないからね、仕方ない判断さ」
「それホントに仕方ないんですかッ!?」
ルゥは慌てたが善人は無視を決め込んで、とうとう始まってしまった。
彼は手にボディソープをたっぷり出し、まずは彼女の背中から。
そこから首筋にいって、耳の後ろ、顔と来て。
(う、嘘っ、前もですか!? でも顔が泡だらけで目を開けられないし喋れないッ!?)
形のよい乳房を洗う手つきに、邪念などひと欠片も存在しない。
だがそれをされる彼女の羞恥心がなくなる訳でもなく、むしろ職人のように淡々と行われる行為故に恥ずかしさは燃え上がり。
いったいこれは、どんな変態プレイなのだろうか。
(ちょっとは動揺し――って、ああっ、そこは!? え、ええええええええええええッ!? そこも!? そこもですか!? なんで躊躇いなくそこもぉ!?)
このままではお嫁にいけなくなる事、間違いなしだ。
とはいえ嫁入り先は背後の男で、未来に渡って逃げ場無し。
丁寧に、とても丁寧に洗われていく中でルゥは次第に自分が王侯貴族になった錯覚に陥った。
(おおー……足の指の間や爪の間までしっかりと……もしかして誰かに洗って貰えるのってスゴく心地よいのでは?)
(着実にこなしていけッ、この行為の一つ一つがルゥの美貌を輝かせ健康に繋がっていくんだッ)
(はぁ~~、極楽極楽…………ッ!? い、いや分かってたッ、分かってたけども!! 予想可能回避不可能!! でもデリカシー学んでもろて!!)
ルゥの堅く閉じられた唇から、鋭くか細い悲鳴が出た。
善人の手はとてもデリケートな箇所に、反射的に殴ってしまいそうな己を必死に律して我慢する。
その代わりに、心臓ははちきれそうな程に高らかと強く鳴り響き失神寸前だ。
「…………こんなもんかな、じゃあ流すから終わったら髪ね。それも終わったら湯船に浸かろうか」
(うええええええええええんっ、まだあるぅうううううううううううう)
「あ、流す前に僕の体も洗っておくか。ちょっと待っててね」
(どこまでもマイペースッ!? え? もしかして一緒に浸かる気なんです?? 二人で入る広さじゃない……ああもうっ、ここまで来たら一緒!! エロい雰囲気になったらマジで殴りますからねっ!!)
全てを見られてしまった、その事実がルゥの羞恥心ゲージを満タンを越えて溢れさせたが。
それが故に、一周回って冷静さを与えた。
もしやこれは荒治療の一種なのでは、と。
(…………少しは、恥ずかしくなくなったかもですね)
これはきっと、善人が一ミリもそういう目で見てないからだとは理解している。
それでも彼女にとって、とても大きな一歩だ。
二人が真に結ばれる為の、偉大なる前進。
「毎日見てるのにさ、毎回思うんだよ。ルゥは綺麗だなって、体も、今洗ってる髪も、とても綺麗だ」
(狡いですよぉ……、私が喋れない状態でそんなコト言うのぉ……)
「こんな綺麗な子が僕の側に居てくれるなんて、毎日感謝してるんだ」
(……善人ぉ)
「好きだよルゥ、愛してる、僕らはずっと一緒なんだから焦らなくていいんだ、僕らなりのスピードでさ、二人でやっていこうよ」
彼の言葉に答える代わりに、ルゥは彼の胸にもたれ掛かった。
感謝してるのは自分の方、普通の社会生活もままならないというのに毎日側に居てくれて。
他の女の子に脇目もふらず、己だけを見てくれている。
(こんなに恥ずかしいのに、胸が幸せでいっぱいで……ふふっ、死んじゃいそうなくらいです)
愛してる、愛してます善人、いつか彼に抱かれるベッドの中で言えたら。
否、言えたらではない、言うのだ。
二人で湯船に背中合わせで入ったあと、小さな声であったがルゥは確かに伝えて。
――同棲初日は、そんな幸せな時間が続いて終えられた。
(って思うじゃん? 僕も思ったよ眠る前までは、うん)
次の日である、彼女より早く起きた善人は体の異変に気づいた。
具体的には股間である、そりゃもうアレがアレしてルゥが寝ていなければ立ち上がれない程。
昨日の職人モードから我に返ってしまった以上、どうにかして発散したいものだが。
(…………何処でスるのさ)
男が思う以上に女は男の匂いに敏感だという、そして同棲中であり、部屋は相応の広さでつまり狭い。
そしてルゥがひきこもりな以上、善人が一人の時間は皆無で。
(よし、こんぶ茶さんに相談しよう!!)
最悪、実家に帰って発散すればいいだけだし。
聞くだけ聞くのもアリだろうと、善人はこんぶ茶に宛てて文面を練り始めたのであった。
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