第10話/風紀委員を籠絡せよ
聞けば事態は案の定というか、いつもの事で。
中丸右兵衛がエロゲを学校に持ち込み、それを風紀委員が抜き打ち検査しない訳がない。
無理矢理ふりきって逃げ出してきたが、追いつかれるのも時間の問題であり。
「早く何かアイディアを! 余を助けておくれぇ!! このままだと……図書員な義妹とスクールラブするエロゲがっ、シナリオが最の高なぁんだぞ!! お前にも貸すからさぁ……」
「そうやって安易に持ち込むからじゃない? 普通のマンガやゲームじゃないくてエロゲはアウトでしょ、ま、僕は君のそういう所って結構好きだよ」
「ええ~~、照れるなぁ。余も善人のことだーいちゅきィ!!」
「うわきもっ、近づかないでくれる??」
「余ォのことを嫌いになってもエロゲは助けておーくれぇいッ!!」
「おわっ、しがみつかないでよズボンが脱げる!? その丁髷ポニテ切るぞこの野郎ッ!」
べりべりと右兵衛を引き剥がしながら、善人は考え始めた。
エロゲを貸された所で同棲なのだ、ルゥの前でプレイなど出来る筈がない。
とはいえ、右兵衛を助けるメリットはあって。
(秘密基地計画には風紀委員を籠絡して見逃して貰わないとダメだからね……、奈緒ちゃんとは手を結んだって言っても内通者は多ければ多い方がいいってもんよ)
正直な所、新しい部活を立ち上げて正式に使用許可を得た方が早いが。
それではつまらない、というのが善人という人間の性だった。
秘密基地計画の為にも、右兵衛を助けるべきだろう。
「じゃあ右兵衛、何が出せる? いくら親友の君といえど不正の片棒を担ぐんだ、無償で動く訳にはいかないな」
「ほほーォ? 屋上近くで大胆な計画をしてるヤツの言う事じゃァないと思うがね」
「いいんだよ? このまま突き出すのも……奈緒ちゃんに」
「余としては善人の行為を羽寺にチクる最終手段を持ってる事を忘れて欲しくないな」
「ああっ、卑怯だよそれ!?」
類は友を呼ぶとはこういう事か、校則違反を平気で犯す二人は睨みあった後で固い握手を交わす。
「ハードめな金髪幼馴染みモノをよろしく、ルゥにプレイさせて遊ぼうと思うんだ」
「中々に悪辣な趣味よなお主、余のように嫌われても知らんぞ」
「大丈夫だ……なにせ二人で家を出て同棲をする事になったからな」
「それは重畳…………え? 何それ!? おい善人!? 詳しく聞かせてくれよそれ気になるじゃァねぇか!?」
会話が聞こえていた周囲のクラスメイトも、マジで? という顔で注目。
なにせ善人の恋人、幼馴染みのルゥと言えば校内で一位二位を争う美少女でありながら、姿を目にしたものが殆どいないという神秘のヴェールに包まれた存在。
悪ガキと謎の美少女の同棲とはいったい、と詳しく知りたいようであったが。
「ふふーん、詳しくは秘密さ。すまないねラブラブで、いやー、可愛い女の子の幼馴染みがいて恋人な勝ち組でごめんねぇ」
「ファックッ、善人テメェ惚気ただけかよ!」
「真面目な問題、ルゥはここにいないし。ルゥがどんな性格をしてるとか知ってる人ってあんまいないでしょ? それなのに詳しく話ってどうかしてるよ」
「妙な所で誠実ゥだよなお前……、そういう所はけっこう尊敬してるけど」
「ありがと、じゃあ作戦でも練ろうか時間がないんだろう?」
雑談はここまでと、善人は右兵衛から情報を聞きだし整理を始めた。
件の風紀委員の名前は、末村橘(すえむらたちばな)
同じ二年生で隣のクラスであり、礼儀正しいと評判であるが。
「弱みを突く為の情報が足りないね……、おーい皆っ、隣のクラスの末村君の情報持ってない? お題はパイン味の飴3つだ!」
「おい知ってるか?」「お堅い風紀委員の一人だろ?」「眼鏡が青い」「ちょっと背が高い」「声は高めだよなアイツ」「顔が良いからモテるわよね」
「実は成績悪いとか、そーいうのないのーー??」
善人の呼びかけに答えた男子達は、顔を見合わせて沈黙。
だが女子達も同じであったが、その中から一人だけ前にでる。
丸眼鏡が特徴的な彼女は、とある事で有名で。
「ッ!? 君はゴシップちゃん!? 校内の男女関係を妙に把握してるゴシップちゃんじゃないか!!」
「フフ……わざとらしいご紹介ありがとう、アタイが手を挙げたってコトは解るわね?」
「……いいだろう、もってけ飴ちゃんは倍の六個だ!」
「いやそうじゃなくて、アタイはパインよりストロベリーの方が好きだし」
「あ、ごめんごめん。じゃあそっちと……、んで、末村君に好きな人がいるって事かい?」
ゴシップちゃん(本名秘密)は、眼鏡をくいっと人差し指であげてレンズを光らせると。
制服のスカートのポケットから手帳を取り出し、オパラパラとめくる。
あれには恐らく善人とルゥの事も書かれており、彼は万が一に備え奪っておくかと思うが。
「ふッ、アタイに手を出すのは止めておくんだな……惚れちまって三角関係にすっぞ!!」
「くっ、自らゴシップになる事も厭わないなんて流石はゴシップちゃん……僕の負けだね謝罪にあんぱんもあげよう」
「なんでそんなにお菓子持ってるの??」
「逆に聞くけど持たない理由がないよね? だってルゥが欲しがるかもしれないんだよ??」
「コイツ……本気の目で言ってるッ、流石は隣の高校にも名を轟かすストーカー男ッ!! 恋人がいなかったら犯罪者になってたと評判の男!!」
「なにそれ知らないよ!? 僕ってそんな評価なの!? 悪ガキってだけじゃないワケ??」
善人は慌てて周囲を見渡すが、右兵衛を筆頭に思い当たる節があるのか、あー、と納得顔である。
だがくじけてはいられない、善人はコホンと咳払いすると彼女に末村の情報を促して。
「スマンスマン、アタイが調べた所によるとな……ズバリ、末村橘な図書委員の下級生にお熱なんだよ!!」
「おおっ、それは有力情報だよ!!」
「しかも! その図書委員は朝、そこの中丸兄にエロゲを貸して貰ってついでに仲良く談笑!! ――それを、末村橘が目撃したとすれば?」
「………………ちょっと右兵衛?」
「何それ知らない!? 余、知らないよそんな修羅場イベント!? あの子とはただ密かなエロゲ仲間で……」
慌てて右兵衛は釈明するが、ゴシップちゃんが異議アリと割り込む。
「アタイが調べた所によると……果たしてそうかな?」
「右兵衛? エロゲオタクでキモいのに顔がいいから案外とモテる右兵衛さんや?」
「――――そうだッ、この男は卑怯にもあのヒトを……。くぅッ。なんて卑劣な男なんだ中丸右兵衛!! キミは妹である中丸奈緒委員長を見習うべきだろう!! あ、申し遅れたオレは風紀委員の末村橘と申しますお隣の生徒達よ!!」
「ほわっ!? いつの間に余のクラスに!?」
「ああ、長々と茶番してたらそりゃあ追いつくよねって」
黒髪を七三分けでキッチリ固め、細いフレームの眼鏡と痩せた体型の末村橘。
彼は正々堂々と右兵衛めがけて一直線、クラスメイト達は彼の為に道を開けて。
善人は逃げようとしていた右兵衛の襟首を掴んで、探す手間が省けたとしたり顔。
「ぬおおおおおおッ、離すんだ善人ォ!! 余のピンチだぞ助けるんじゃないのかァ!!」
「ふむ、捕縛の協力感謝する座古君、だがキミもいつ刃傷沙汰を起こすか解らないヤンデレストーカーだという事を自覚しておいてくれ」
「だから僕への認識なんなの?? せめて悪ガキって言ってくれない?」
「マイフレンド……、残念ながらそれを言ってるのは羽寺だけって余は奈緒から聞いてるぞ」
「マジで!? ちょっとショック……。まぁいいや、残念だけど右兵衛は渡せないな末村君」
善人はそれ以上近づくなと、橘を己達から一メートルの距離で制止。
すると末村は、不可解そうに首を傾げると同時に目には警戒の光が。
右兵衛の縋るような視線を無視して、善人は橘に笑いかける。
「交渉しよう、場合によっては右兵衛を引き渡してもいい」
「善人ォ!?」
「フン、君のような要注意人物を気軽に話さないように委員長から指示が出ているんだ」
「例の図書委員の子と仲良くなれる方法があるって言ったら? ――それも右兵衛を近づけさせない方法があるんだ」
「………………ほ、ほう? そんな見え透いた罠にオレが引っかかるとでも?」
顔色は変わらず、だが橘の声色は揺れていた。
善人は悪そうな笑顔を浮かべ、彼に近づき耳打ちする。
「伝手がある、奈緒ちゃんにも協力して貰えるんだよ君の恋路は……どうだい? 僕と協力関係を結ばないかい?」
「………………嘘だ、いくらキミといえど」
「何、ちょっとだけ考え方を変えればいいだけだ。キミは右兵衛から彼女に渡すエロゲを没収して代わりに渡す、ほら、風紀委員としての役目を全うし彼女とも共通の話題が持てる」
「ッ!? だ、だが……オレは悪には決して屈しない」
「僕と協力関係になって、右兵衛を取り締まるフリをして彼女と仲良くなる。それって本当に悪かい?」
「何が言いたいッ!」
善人は彼から離れると、クラスの全員に聞こえるように声を張り上げた。
「僕らの青春時代は短いッ、この学校という場ではもう一年と半分も残されていない!! それなのに規則に縛られ好きな子と仲良くなれない……それこそが悪じゃないのかい!!」
「一理ある」「あるか?」「ある」「確かに」「まーた始まった」「とはいえウインウインに調整してくるんだよなアイツ」
「恋愛は……正義!!」「特に他人の恋路は蜜の味」「ゴシップに進展の匂い!」
周囲の反応は概ね好評、なにせこの教室は善人のホームグラウンド。
この場所で会話した事そのものが、橘の失策だ。
そして右兵衛も、ここぞとばかりに善人に加勢する。
「はいはーい! 余! 協力する! 末村橘ァ!! お前の為にあの子の好みのゲームとか好きな声優とか教える準備は出来ている!!」
「ッ、そ、そんな誘惑になど……」
「不正するんじゃないんだ。役目の利益をちょっと多めに貰うだけさ。――想像してみてごらんよ、その子と一緒に登校したりデートする自分をさ」
「や、やめろッ、オレを悪の道に、い、いや、本当に悪なのか? お、オレは……ッ」
堕ちたな、と善人は確信した。
後は強制的に悪巧みを初めてしまえば、もう彼は逃げられないだろう。
善人は右兵衛のスマホを借りると、奈緒にメッセージを送り。
「何をしている座古善人君ッ、これ以上オレを惑わすのを頼むから止めるんだ!!」
「君のスマホを見てごらん、グッドニュースが来ていると思うんだ」
「…………念のためだ、念のために確認するだけ、……ほら、何も――――ッ!? こ、これは!?」
「末村橘君、優秀な風紀委員として頑張って欲しいな」
「ま、まさか……ッ、さっき言っていた事は本当だと、だがオレだけでも、いやしかし彼女を守るのは……」
「そうだ、右兵衛の魔の手から彼女を守れるのは……君だけなんだ末村橘君!!」
「くッ、オレは……オレは悪に屈してしまった! だが悪ではないと守れない者があるんだッ! ――この屈辱、忘れないぞ善人ォ! オレの事は橘と呼んでくれマイフレンド!!」
「これからよろしく、マイフレンド橘!」
「余も余も! 三人そろってベストフレンズ!!」
勢いで右兵衛も加わり、三人で堅い握手を交わす。
危機は去って新たに仲間が加わり、善人の秘密基地計画はまた一つ安全になって。
(明日は引っ越しだっていうのに、今日は朝から大変だったなぁ)
そう、引っ越しは明日だ。
正確に言えば引っ越し作業が終わるのが明日で、帰ったら荷物の運び込みが待っている。
更に、人目を避ける為にルゥを日が昇らない内に運ぶというイベントがあって。
(………………そーいえば、ちょっとルゥは汗臭かったよなぁ。引っ越しが終わった後にでも無理矢理風呂に入らせるか)
引き篭もりで風呂嫌いのルゥに、危機が迫っていたのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます