第6話/日付変更線
美人は怒ると怖いという法則に従い、羽寺月海もまた怒ると迫力が増す少女だった。
遺伝子の不思議か母方の祖母譲りの金髪が、怒ったときは妙に煌めいて見えて。
また、青い瞳が無機質なガラスの様に輝くのも、善人が気圧される一因でもある。
「――ね、善人、座古善人、私の善人、貴男は私のなのに、どーして他の女の匂いがするの? ねぇ、ねぇ、ねぇ、なんで?」
「お、落ち着こう、誤解してるんだよルゥは」
「どこが? 現にその制服から匂いがしてるんだよ?」
「…………なるほど、じゃあ上だけ脱ぐから誰の匂いか確かめて欲しい」
制服の上、学ランを脱いで差しだしながら彼は冷静に考えていた。
まず彼女の怒り度合いはかなりのモノだ、フルネームを含めて何度も名前を呼ぶのがその証拠。
同時にそうなった場合は、確信を持って言っている時でもあって。
「くんくん、くんくん、――やっぱり、他の子の匂いがしますよ?」
(考えろ、今日僕は誰と接触した? 女の子の匂いが付くような状況とは? ルゥは匂いに敏感だ、直接触れ合ってなくても感じ取る可能性が――)
「…………あれ? この匂いって何処かで嗅いだような、あっれーどこだぁ、おっかしーなぁ、確かに知ってる匂いなんだけど、何処で嗅いだんだぁ?」
(お、風向きが変わったね? となると――ルゥに知り合い、なら…………奈緒ちゃんしかいなくない??)
どうして彼女の匂いが移ったのだろうか、当然、彼女と善人はその様な仲ではない。
思い当たる節といえば、校門と、それから放課後の。
そこまで考えた時、善人は思い出した。
「………………あっ」
「あ? 今、あって言いましたよね!? 言えっ、何かあったんでしょう!! 言うんだ善人ォ!!」
「ごめん、君に渡すプリントを奈緒ちゃんから頼まれてたのを忘れてたよ、それから縫いぐるみも一緒に頼まれてるんだ、はいコレ」
「……………………もぉぉぉぉぉぉぉぉっ、それを早く言ってくださいよっ、恥ずかしっ、うわっ、うわぁ~~、なんだよ完全に誤解じゃないですか、ううっ、私とした事が義兄大好き人間な親友を疑ってしまうとは……なんと不甲斐ないっ」
「うーん、僕の形した人形抱きしめてニヤけないで言ってくれないかな?」
さっすが奈緒、パーフェクトだ褒めてつかわすっ! と、ヨシト人形を抱きしめくるくる回り喜ぶルゥの姿に。
彼は思わず苦笑して、次いでわき上がるのは愛しさ。
それがどんな理由でも、見目麗しい恋人が喜んでいるのは見ている方も嬉しくて。
「誤解は解けたね、じゃあさっきの続きをしようか」
「はえ? さっきの続きですか?」
「キス券使いたいなーって、さっきは拒まれたけど……今の君に拒む権利や理由があるのかな?」
「う゛っ!? そ、それはズルいですってっ、聞いてないよぉ~~~~」
「そうかい? じゃあ本当にズルいって思ってるのか本音が聞きたいな」
「本音ですとっ!?」
ぐぎぎっ、と唸ったあとルゥは白い肌を紅潮させもじもじと俯く。
大事そうにヨシト人形をぎゅっと両腕で抱きしめて、ちらちらと彼を見る。
(ズルいですよ、本音が聞きたいだなんて。……分かってる癖に)
さっきだって心の準備が出来ていたなら、羞恥心が上回らなかったら。
(キス、したいに決まってるじゃないですかぁ)
今の月海には断る理由がなくて、むしろする理由の方が多い。
けれど、これからキスすると思うと途端に恥ずかしくなって緊張してしまう。
でも言わなければ、キスしたいと言わなければならない。
「さ、君はどう思ってる?」
「…………し、たい、です」
「へえ、何を? 具体的に教えてくれないかな言質取りたいから」
「っ!? くっ、こ、この鬼畜っ、いいですよ言いますよっ、――――キス! 私もしたいですっ!!」
言った、言ってしまった、月海は頭の中が真っ白になりそうで。
善人といえば、拳を握りしめ小さくガッツポーズ。
気が変わらない内に、と近づくが。
「…………なんで逃げるのさ」
「やっぱまだ恥ずかしいからでしょっ!! わかってる癖にぃ!!」
「ふーん、ルゥは自分の言ったことを守らないと、そういう事でいいかい?」
「いい訳ないんだよぉっ! 待って、ホント待ってくれぇ!! ちゃんとキスしますから受け入れますからっ、待ってぇっ!!」
「君は本当に焦らしプレイが好きだよね??」
「焦らしプレイっていうなぁっ!! うううっ、譲歩するから、ウィークリーの条件緩和するから、ねっ、もうちょっとだけ待ってくれると嬉しいなぁーーって? きゅるーん、お・ね・が・いっ、だーりんっ!」
「ッ!?」
瞬間、善人は硬直した。
彼女は本気だ、本気で時間を稼ごうとしている。
だってそうだ、ウィークリーの使用条件緩和もそうだが。
(ナント!! ルゥが!! あのルゥが色仕掛けで誘惑しておられるぞよ!? は? 何なの? 上目遣いで前屈みになって、両腕を胸の下でおっぱい強調して?? しかも上の下着つけてない感じだよね??)
(な、なにか言ってくれええええええええっ、恥ずかしちっ、スッゴイ恥ずかちーーーっ!!)
(これは今すぐ押し倒しても無罪なのでは? いやいやいや、ここはぐっと我慢だ、一歩ずつ進むんだよ座古善人ッ、僕になら出来る、まずはキスできる時間を確約させるんだ)
(うううううっ、視線っ、視線が突き刺さるっ、おいどんは恥ずかしくて生きておられんばいっ!! もーーーーーーっ、早く何か言ってよぉ……っ!!)
焦らしプレイをしているのは、果たしてどちらなのか。
善人はその後、ゆうに一分はじっくりルゥの艶やかな誘惑を眺めて。
深々と感嘆のため息を漏らした後、真剣な表情を彼女に向ける。
「分かった、ウィークリーは無条件で使わせて欲しい」
「…………くぅ、同意するしかないっ」
「次に、キスする時間は日付が変わった後まで待ってあげるけど……、キス券の消費は無しにしようね」
「ええーいっ、もってけドロボーーっ!! その二つだけですよねっ? それだけですからねっ!!」
決まってしまった、今は夕方の五時過ぎで予定時刻まで約七時間。
それはまでは安心出来ると共に、心の準備ができるとルゥは胸をなで下ろしたが。
気づいてしまった、つまりそれまで悶々とした時間を過ごすと同義という事で。
「………………ぁぅ」
「うーん楽しみだなぁ、あ、安心してよ僕も色々限界だから暴力はふるわないけど強引にキスするから」
「っ!?」
「どんなキスをするかは、まぁご想像にお任せするってコトで」
「うわ~~んっ、なんでそんなコト言うんですかッ!? 私をイジメてそんなに楽しいんですかヨシトぉ!!」
「……君の羞恥が混ざった悲鳴にしか得られない栄養素があるんだよ」
「そんなもんこの世から消え去れぇっ!!」
ルゥのヤケッパチな悲鳴から始まったから七時間は、二人が思ったより長くて。
「…………そろそろ晩ご飯だから一度帰るね」
「うん……」
いつもの何気ない遣り取り、でも視線はお互いの唇をチラチラと。
ゲームをしても、マンガを読んでも落ち着かない。
夕食後に再び戻ってきても、妙に意識してしまって会話が続かず。
(どーしてルゥの唇はあんなに魅力的か、これは研究して論文を発表する案件では??)
(一回キスしたんだっ、したんだよ私はっ、ガンバレーっ、ガンバレ私ーーっ! …………あの時のキス、善人の唇はちょっと堅かったけどなんか心地よく……ってぇっ、考えないっ、もう考えないのっ、意識しすぎて気絶しちゃいそうなんだよぉ~~っ)
(はぁ……、リップいらないぐらい鮮やな色で、柔らかくて、…………大人のヤツするとダメだよなやっぱ、今不意打ちしちゃダメだよなぁ……辛い、自分で言い出しておいて、かなり長く感じるんだけど??)
(油断するべからずぅ……、気を抜いたら不意打ちもありえる、善人は本質的にいたずらっ子の悪ガキだから、で、でも強引なキスも……)
悶々、悶々、悶々と、時間が過ぎていく。
そんな中、善人はふと気づいた。
別に日付変更直後ではなくとも、目覚めのキスとかでもいいのでは、と。
――次の瞬間であった、ピッ、と彼の腕時計が日付の変更を知らせる。
(…………時間だね)
(き、来てしまったっ、するの? 今キスされちゃうんですか!?)
(うわぁ……ガチガチに緊張してる、これは――やっぱり、おはようのキスの方がいいのでは?)
(今、なんか善人が遠慮しちゃう気がするっ! そんな雰囲気だこれっ! ううっ、私が緊張しすぎてるから、また善人が気を使って――)
どくん、どくん、どくん、月海の心臓が早鐘を打ち鳴らす。
ごうごうと血流がうるさい、体が強ばって言葉がうまく出てこない。
だから、気づいてと彼女は目を閉じて。
(うおおおおおおおおっ、女は度胸!! 来るならこーいっ!!)
(キス待ちっ!? しかもいつの間にかメイクもしてる!? こ、これはいけるのでは!?)
ごくりと唾を飲んだのは、おそらく二人共で。
今、この場はキスを巡る戦場と化したのだった。
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