第5話/うーわーきーもーのーっ!
善人達が通う藍母高校は屋上が封鎖されている、故にその屋上への扉の前は普段から誰も来ず。
善人の到着からきっかり一分後、奈緒がやってくる。
彼女は手に提げていた鞄からプリントと小さな紙袋を取り出すと、彼にポンと渡して。
「……え、何これだけ? 教室でもよかったんじゃ??」
「何言ってるのよ、右兵衛に余計な誤解を与えない為の最善がこれじゃない」
「そこまでするなら告白すれば??」
「バッ、~~~っ、そ、それを言ったら戦争でしょうよ!! 月海には悪いけど退学まで追い込むわよ!!」
「右兵衛の秘蔵のエロゲの隠し場所を一つ教えるから手を打たないかい?」
「――アタシ達、ズッ友だよ…………!!」
昔取った杵柄、アイドルスマイルで喜ぶ黒髪ロングの美少女に善人としては苦笑しかない。
彼は己の鞄に託されたプリントと小さな紙袋をしまって、ふと気になった。
この妙に厚みがある紙袋の中身は、いったい何だろうか。
「ああ、それね。ぬいぐるみよアタシの手作りなの、あの子に作るって約束してたから」
「ああ、そういえば君ってかなり多芸だったっけ。料理もプロ級だしDIYも得意だし……苦手なのは恋愛だけだね」
「あることないこと月海に言っておきましょうか? 残念だわ、悲しむでしょうねあの子……」
「右兵衛がベッドマットの中にエロ本を隠してる話したっけ?」
「許しましょう!! あ、それから座古君がモデルだからぬいぐるみ。愛されてるわねー」
「うーん、ちょっと照れるね」
学校と就寝時間以外はずっと一緒に居るというのに、善人としては嬉しい限りだ。
とはいえ、少しばかり依存しすぎではなかろうか。
何らかの対策をしなければならない、彼はそう危機感を覚えて。
「じゃあまた明日、月海によろしくね座古君」
「右兵衛のエロ本とエロゲを見つけても戻しておいてあげてよ奈緒ちゃん」
二人は何事もなく別れ、善人は帰宅してから制服のままルゥの部屋へ。
彼女はRPGをしながら騒いでいたので勝手にベッドを借り寝転がる、枕とは逆方向にうつ伏せが最近のマイブームだ。
互いに何も言わない、善人もルゥも、側に居るのがもはや当たり前の日常で。
(ルゥの依存が高まってるかもしれない疑惑、こんぶ茶さんに相談してみようかな)
(――――あれ? ヨシトの匂い……いつもと違う?)
(さーて、なんて書き込もうか。止めておく? 杞憂かもしれないし……でもなー)
(すんすん、すんすん、…………――わ、私以外の匂いがヨシトかするぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!?)
ルゥは思わずコントローラーを手から落とし、ギョロリと目を丸くし愕然とした顔でベッドの善人を睨む。
どういう事だろうか、ありえない、そんなバカな、己以外にこの幼馴染みに近づく女の子なんてあり得るのか。
彼が浮気を考えている、既に浮気している、そんな事はあり得ない可能性ゼロ魂を賭けてもいい。
(もしくは……、善人にアプローチしてる女の子がいるって……コトぉ!? うぎゃーーーっ、そっ、そんなまさかぁ……え、ホントに? あばばっ、あばばばばばばばっ、やーばいっ、これはヤバいんじゃないですかねっ!?)
(やっぱり相談するか、さーて簡潔に説明するとして……)
(せ、戦争じゃあ……これはしっかりと私をアピールしていくのが吉と見たっ!)
(えーっと、こんぶ茶さん、こんにちわ。今日も一杯ほど恋愛相談よさげですか、っと)
スマホに集中している善人と違って、ルゥはゲームを完全に放置をし画面にはゲームオーバーの文字が。
彼女はそわそわしながら髪を手櫛で整え、背筋をしゅっと伸ばす。
こちらとら正真正銘の正式な彼女なのだ、ぽっと出の馬の骨に負ける訳にはいかない。
(負けられない戦いがここにある……っ、だが今の私の武器は少ない、この美貌と声、ナイスバディを使ったら恥ずかしくて死んでしまうから――そう! せめてガチ恋距離!! これだぁっ!!)
(…………何してんだろう、さっきから様子が変だけど)
(気づかれないように、こーっそり、こーっそり近づいて――――、ほーれどうだぁ、ガチ恋距離でじーっと見ちゃうぞ~~)
(何でドヤ顔で見てくるの?? しかもデカT来て四つん這いになってるから胸チラしてるし)
もしや構って欲しいのだろうか、善人はルゥの動きに気づかないフリをしながら考える。
可愛い、かまってちゃんなルゥもとても可愛い。
彼は彼女を、そのまま放置する事にして。
(むぅぅぅぅぅぅぅぅっ、なーんでノーリアクションなんですかぁーーっ! 善人の可愛い彼女の私がこーんな近くて見てるんですよぉ!!)
(このまま不意打ちでキスしたら怒る……というより恥ずかしさで一週間か一ヶ月は会ってくれなさそうだね)
(こうなったら次っ、次行きますよ! 秘技・ほっぺたつんつん! ほーれつんつーん、つんつーん、これなら反応するでしょー…………あれ?)
だがしかし、あえて無視している善人は無反応を貫き。
月海はようやく事態を把握する、からかわれている、自分の反応を見て楽しんでいるのだ。
しかし、彼から違う女の匂いがするのは確かで。
(こうなったら背中に乗って――)
(あ、そういや今朝のキス券使ってなかったよね。貯めてもいいんだけど……よーし使っちゃうぞぉ!)
彼女が立ち上がろうとした瞬間、善人はスマホを置き彼女の顎に右手を伸ばして掴む。
ふへっ、と気の抜けた声を聞きながら、彼は左手で胸ポケットからキス券を出して。
ならば、言うことは一つだ。
「使っていいかい? ちょうどいい高さに君の顔がある事だし」
「…………? ッ!? うぁっ、えっ、ちょ、ちょおおおおおおおおおっ、いきなり!? いきなりですかっ!?」
「これがある限り、君は僕にキスされなきゃいけない。そうだよね?」
「まっ、待て待て待てちょっと待ってぇっ!? 今日まだ顔洗ってないしリップクリームも塗ってないからっ、そ、そうっ、日を改めよう!! 私的にはそれをオススメする!!」
「僕は構わないよ」
「私は構いますうううううううっ、ああっ、ダメダメダメ禁止禁止っ、天罰チョップっ!!」
「うおっ!? 右手首ィッ!? 君ってば手加減抜きでやったね!?」
「ふしゃーーっ、ふしゃあああああああっ、させんっ、キス券があろうとも突然のキスは阻止させて頂く!!」
四つん這いになっているから両手が塞がっていると思うなよ、そんな気迫で彼女は善人の右手首を両手で掴んで引きはがす。
月海はすぐさま立ち上がると、胸の前で握り拳でファイティングポーズ。
だがそれで怯む善人ではない、彼もベッドから降りると両手をわきわき掴まえる構え。
「うーわーきーもーのーっ! 他の女の匂いをプンプンさせてる癖に素知らぬ顔でキスしようとするなんて言語道断!! 他の誰が許そうともこの私がゆ゛る゛さ゛ん゛ッ!!」
「はい!? え、何の話!? 初耳すぎるんだけど!?」
「信じてたのにっ、体目当てだったのねこのケダモノォ!!」
「途中から笑ってるけど、キスオッケーって意味でいい??」
「それとこれとは話がちがーう! ふっふっふー、キスしたければなんかこう少女マンガ的強引さでキスするんだよ!!」
ほほーう? と善人は思案した。
少女マンガ的強引さとはなんぞや、壁ドンか、それとも顎クイからの、はたまた手首を掴んで。
どれも正解なようで違うような気もして、彼は彼女に尋ねる事にした。
「具体的にどんなシチュで?」
「むむむ、難しい質問ですねぇ……」
彼の動きを見逃さないように睨みながら、彼女は恥ずかしそうに頬を染める。
これはもしや、逆手に取られて羞恥プレイさせられているかもしれない。
途端、もっと恥ずかしくなって月海は耳まで真っ赤にし俯いた。
――――どっくんどっくん、どっくんどっくん、心臓の高まっていく。
「ドキドキして……、死んじゃうから、今はだめ、うん、キス券は貯めるか明日また使って……お願い、だからぁ…………ううっ、ホントに恥ずかちぃっ」
「っ!? ~~~~~~~っ、ぁ、わ、わかった……今日の所は、み、見逃してあげるよ」
善人の感想としては、なんだこの可愛い生き物、世界で一番可愛い女の子ではなかろうか、である。
弱々しく照れる金髪美少女の、羞恥で染まる白い肌、特に首筋とうなじが彼の性癖を刺激して。
これ以上、月海を直視していると理性が持ちそうにない。
「………………はぁ、んじゃあ今はこれで」
「ん、まぁこっちの方が私たちらしい……よね」
二人はお互いに照れそっぽを向きながら、右手の拳をコツンと合わせる。
思わず照れてしまうのはルゥに限った事ではなく、だからこそ少しづつ進めばいい。
そう一人納得していた彼であったが、彼女は「あ」と呟いた後、むすっとした顔を向け。
「――――それで? まだ他の女の匂いがする釈明を聞いてないんですけどーー?? んー? 浮気? 浮気かなー??」
「口調軽いのに声がむっちゃ本気だし目が笑ってないんだけど??」
くんくん、と鼻をならしながらキレ気味なルゥの姿を見て。
遠い目をしながら善人は、恐怖に硬直するのであった。
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