第2話/ログインボーナス



 ログインボーナスとは、いったいどういう事だろう。

 いまひとつ飲み込めない善人に、ルゥは「シッダーン」と心地よい発言で座るように促して。

 今日も清楚な声だと彼が素直に従うと、咳払いしてもう一度。


「ログインボーナスを実装する!!」


「その心は」


「恥ずかしいのなら……一歩一歩進むのみ! 千里の道も一歩から! せ、セックスはまだ無理だけどっ、だけども!! ちょっとづつ慣れていこうと私は思うのですよ!!」


「おおー、その意気やよし! んで具体的には?」


「聞いて驚け――――【キス一回券】! ばばーんっ、超超超・大盤振る舞いっ、です!!」


「………………えー?」


「あ、あれ!? 反応薄!? この嘘つき!? こういうので大喜びするんじゃないですかーー!?」


 がびーん、とショックを受けるルゥの姿も可愛かったが。

 しかして、善人としては思うところもある。

 オアズケをくらった上に、キスも自由に出来ないとはこれ如何に。


「キスは昨日一度したんだし、別に好きにしてもいいじゃん」


「すっ、好きにキスする気なんですか!? この破廉恥~~っ!! だめだめだめっ恥ずかしすぎて死んじゃいますってぇっ! な! の! でぇ!」


「【キス一回券】ってコト?」


「そのとーりッ!! ……善人だから、大好きな善人だから特別なんですよ? デイリーログインボーナスですから、その……」


「ルゥ……」


「一日一枚……【キス一回券】をあげるから……、一緒にいてくれますか?」


 そう言うとルゥはモジモジとしながら上目遣いをし、口元を隠すように紙切れを見せた。

 正直、もっと気軽に触れ合いたい善人としては、一日一枚【キス一回券】に物足りなさを感じたが。

 とはいえ重度の恥ずかしがり屋の彼女を思えば、とても大きな一歩でもあり。

 ――なにより。


(うおおおおおおおおおお、なんでこんなに可愛いんだろうね僕の彼女はさぁ!! は? 何コレ、もうこれ思う存分キスしていい感じじゃないの??)


(なんで黙ってるんですかーーっ!? え? もしや本気でスベってる? またやらかした!? ふええええええんっ、何か言ってよおおおおおおおおおっ!!)


(――いやいやいや、自重だよ自重、今は我慢だ。けど一日一枚でログインボーナス、ログボ……ソシャゲ的なシステムの導入で自分を奮い立たせたって所だろうけど…………何かに使えないかなコレ)


(ううっ、もしやヘンなこと考えて……ありえるッ、やっぱやるんじゃなか……いやでもぉ……っ)


 奇妙な沈黙がルゥの部屋を支配する、彼女は雰囲気に耐えきれず床に視線を落とした。

 善人はその仕草を、どうしてこんなに絵になるのだろうかと本気で考えそうになって。


(目的を見失うな、僕はルゥとイチャイチャしたいし……脱引きこもりしてもらいたいんだ)


 以前から変わらぬ目標、必ず実現させると魂に誓った願い。

 全てはそう、――街に出て思う存分にルゥの美しさを見せつけ彼氏として優越感に浸りながらイチャイチャデートをする為に。

 すぅ、と善人の頭が冴え渡っていく、このログボはただ貰うだけなんて勿体ない。


「確認するけどさ、キスって君からしてくれるんだよね?」


「いっ!? いやいやいやっ、そこはリードしてくださいよぉ!!」


「じゃあ僕の好きな時に好きな場所で好きな所にしていいって?」


「そ、それで――ってぇ!! 絶対に悪用しようと考えてますよねっ!? 可愛い恋人のプレゼントをなんだと思ってるんですかぁッ!! この鬼ッ、鬼畜ッ、無害そうな面して悪ガキ!!」


「事前に聞いただけマシだと思わないかい?」


「そうだけどっ、そうですけどぉ!!」


 成程、と善人は頷いた。

 この券があるからキスされるのは仕方ない、だから恥ずかしいのを精一杯我慢して受け入れる。

 そんな納得を彼女はしているのだろう、とても可愛らしいではないか。


「仕方ないなぁ、じゃあ次の質問なんだけどさ。デイリーログボって言ったじゃん? ならウィークリーとか、券を貯めたら他の何かに交換とかあるのかい?」


「むむむ……それは確かに、後で考えときます」


「楽しみにしてる、それで提案なんだけど」


「提案? いったい何の??」


「――――この【キス一回券】さ、キスしない代わりにルゥも一緒に登校しない?」


「はい? いやいやいや、それは無し、無しですよ」


 即座に却下した月海であったが、長年の付き合いからかヒリついた空気を即座に感じ取った。

 仕掛けてくる、何かとても恥ずかしい事をされるに違いない。

 何を言われても論破しなければ、そう身構えたその時だった。


「残念だなぁ、ルゥにとって僕とのキスは家から出て登校するより価値が低いってこと?」


「ぶっぶー、誰もそんな事は言ってませーん。論点をズラそうとしても無駄ですよーっだっ!」


「あ゛ーーっ、残念だなーーっ、昨日はあともう少しで童貞卒業できたし、おっぱい揉めると思ったのになーーっ、ああ、これでクラスの童貞は僕だけか、イジメられちゃうんだろうなぁ…………誰かちょっとぐらい妥協してくれないかなぁ……ちらっ、ちらっ、ちらっ」


「ぐっ、くぅッ、恋人の負い目につけこむなんて卑怯極まりないッ、なんて男なんだ負けませんよ私は! 例えヨシトがそう言ってもキス券はキス券です!!」


「チッ、ところで話は変わるけど僕の方が腕力があるって思わない?」


「ひぃッ!? まさか強制的に外に出そうと!? この人でなし!! 恋人やめますよ!!」


「え? ルゥは僕がいないと生きてけないぐらい依存紙一重で愛してくれてるよね? 出来ないことは言わない方がいいと思う」


「きぃ~~~っ、確かにその通りですけど!! ストレートに言われるとムカツクッ! おうおうヤル気かこの野郎! 頭脳で勝る私に勝てると思ってんのか!!」


 せっぱ詰まってイキりだしたルゥの姿は迫力など皆無で、善人にとっては可愛いしかない。

 同時に彼女は今、頭に血が上って冷静な思考ができないという事で。


「ま、僕は話が分かる男だからね。妥協してやってもいい」


「なにおー、上からエッラソーにぃ……!」


「変な所にキスしないよ、だから好きなところにキスさせて。そしたら外に出ろなんて無理強いはしないから」


「ぐぬぬっ、ううううううううっ、最初からそれが目当てですねっ。でも断ったら言質取ったって……うううううっ、なんで私はこんな男を……」


「好きだからじゃん、僕と同じさ」


「だからどーしてこう、ストレートに言えるんですかソレェ!!」


 ルゥの陶磁器のように白い肌が、ボッと赤く染まる。

 恋人から好意を告げられて悪い気はしないどころか嬉しい、しかし恥ずかしい物は恥ずかしくて。

 

(う゛う゛う゛っ、ここらがきっと落とし所……たぶん、めいびー)


(なーんてコトを考えてるに違いないね、ふふふ、ルゥよ君にはもうイエスというしか道は残されていない)


(仕方ない、うん、これは仕方ないんです、このダメダメ人間生活を続けるため、善人にちょっとご褒美をあげるだけなんです、だから――――)


(フハハハハハハッ、言えっ、言うんだルゥ!! 恥じらう君も葛藤する君も僕にとってはご褒美なんだよ!!)


 善人のニマニマと意地の悪い笑みを前に、月海はぐぬぬと頬を赤く染め悔しそうに唸り。

 やがて意を決して、コクンと無言で頷く。

 だが、それで満足する彼ではない。


「言葉でちゃんと言って欲しいな」


「こっ、この卑怯者ぉ…………もうっ、言えばいいんでしょ言えばっ!」


「うんうん、早く早く」


「――――キス券でわ、私の体の、よ、善人の好きな所に、キス、していいですぅ…………」


「うおおおおおっ、よっしゃ!! じゃあ遅刻しちゃうから早速しよう!!」


「うええっ!? もうですか!? ~~~~っ、ぃ、ぁ、はぁ、はぁ、っ、は、早くしてくださいねっ」


 彼女は恨めしそうに彼を見ると、目を閉じて気をつけのポーズ。

 来るなら来い、そんなヤケッパチな言葉すら聞こえてきそうな程にガチガチに緊張して。

 善人は悪ガキのような笑みを浮かべると、彼女の右手首を掴み、柔らかな唇へ己の唇を近づけ。


「――――――ほへ?」


「ん、今日はこんなもんでしょ。確かに使ったからね【キス一回券】」


「………………え、今、指に??」


「じゃあ学校行ってくるから」


「あ、はい、いってらっしゃーい…………って!! あああああああああっ、やられたぁ! 最初から私の指にキスする気だったんじゃないですかあ!! あーもーキザなことしやがってぇ……、顔の火照りが収まらないじゃないですか!!」


 月海は窓から善人が歩いていくのを、嬉しいのか恥ずかしいのか、それとも悔しいのか、とても複雑な表情で見送り。

 きゅんきゅんと甘く疼く胸の痛みに耐えきれず、己のベッドの中へダイブ。


(も、もう~~~~っ、善人ってば私のことが大好きすぎるんだからっ! こんな悪戯、帰ったら絶対に注意してやるっ)


(よーしよーし、この調子で慣れて貰って。目指せ濃厚なイチャイチャと脱ひきこもり!!)


 その日、善人は一日中上機嫌で。

 だってそうだ、デイリーログボという事は次の日にはまた貰えるという事で。

 ――――翌日の朝である。


「おっはよー! ささっ、今日のログボを受け取りに来たよ!」


「あ゛あ゛っ、しまったそうだったっ、昨日限りじゃないんだったぁ!?」


「言ったことは守らないとね、――うん、確かに。じゃあこれは夜か、もしくは明日に取っておいて一日に二回キスするとか色々と楽しむとして」


「迂闊ッ!? それは想定しなかった!?」


「割と真面目な提案なんだけど…………そろそろ、僕と一緒に登校するだけしない? 授業受けろまで言わないからさ」


 気遣いと期待が混じり合った彼の言葉に、ルゥは思わず難しい顔をしてしまったのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る