【未完】引き篭もり幼馴染がログインボーナスで【キス一回券】を渡してくるようになった

和鳳ハジメ

第1話/恋人同士でデキることデキないこと



 妙な気分だった、夕暮れ時の自室に、それもベッドの上で彼女と二人っきりなんて。

 高校二年生、座古善人(ざこ・よしと)には幼馴染みが居た。

 極度の恥ずかしがり屋故に、引き込みりになった羽寺月海(はでら・るぅ)は今、ベッドの上で善人のに組み敷かれ恥ずかしそうに俯いている。


「ね、こっち向いてよ……」


「うぅ……、で、でも……思ったより恥ずかしいってコレェッ」


 特徴的な長い金髪はベッドの上に広がり、に青い瞳は潤んで。

 いつもはだらしなく見える普段着の灰色のLサイズTシャツも、この状況では色気しかない。

 幼馴染みである彼女となんとなく恋人になって一年、良くも悪くも変わらない距離感だったから、こういう雰囲気になった切欠なんて思い出せず。


「なんでだろ、今さ、すっごく君のコトが愛おしいんだよルゥ」


「よ、よくもそんな言葉を照れずに言えますねぇッ!! 恥ずかしくないんですか!?」


「そうやって恥ずかしがるルゥを見てると、もっと愛おしく思う」


「~~~~~~っ!? ぁ、ぃ、う゛う゛う゛っ」


「キス、していい?」


「…………………………聞かないで、くださいよぉ」


 弱々しい言葉の中には拒絶の意は見られず、善人は嬉しさと感謝で心がいっぱいになった。

 だってそうだ、特筆してイケメンでもなく、頭がいい訳でもない自分がルゥの恋人だなんて奇跡のような偶然。

 ただの幼馴染みでずっと側に居ただけの自分が、こんな可愛い恋人と一緒に大人の階段を登ることが出来るなんて。


「キスできないからさ、こっち向いてよ」


「…………ヨシトのいじわ――――ッ!?」


 びくんと彼女の華奢な肩が震え、やがて、くたっと力が抜けた。

 唇と唇と触れ合わせるだけの簡単なキス、その瞬間は一秒にも永遠にも感じられて。

 理性が完全に切れる寸前で、善人は顔を離した。


「――……はぁ」


「ちょっとぉっ!? キスするなら何か言って!? 心の準備させてくださいって!?」


 羞恥により半泣きで、照れ笑いで口をワナワナとさせる月海はとても可愛く。

 彼は笑うと無言で彼女のTシャツに手をかける、その下には魅惑の白い肌がある筈だ。

 見たい、とても見たいが。


「…………ね、なんでそんなに抵抗してるのさ」


「抵抗するに決まってますよぉ!! だって裸になっちゃうんですよ!? 脱がされちゃうんですよ!?」


「それ僕の部屋にイエス枕もってきてベッドで待ってた人の言う台詞!?」


「イケルと思ったんだもんっ!! でも仕方ないじゃないですかぁッ!! ってああッ!? 脱がすなっ!? 脱がすんじゃない不埒者おおおおおおお!!」


「諦めてTシャツから手を離せよぉ……!! 毎日そんな姿で隣に居られて僕がどれだけ!!」


「楽なんですよこの格好!! かってに欲情するんじゃないって言いたいけど気持ちは分からんこともないッ!! でもやっぱ恥ずかしいのは恥ずかしいいいいいいいいいいいい!!」


 わーわーきゃーきゃー、恥ずかしがり屋の彼女のことだここを逃したら童貞卒業が遠のくかもしれない。

 善人はここが正念場と、無理矢理Tシャツをはぎ取ろうとするが。

 もはやそういう雰囲気から脱出してしまったルゥとしては、なんとしても阻止したい。


「うおおおおおおおおおおっ、正気に戻れビーーーーーーーーム!!」


「あいたぁ゛ッ゛!? 目覚まし時計は反則じゃない!? って、わかったっ、わかったから僕の頭も目覚ましも壊れるってェッ!!」


「ふしゃーーーッ、ふしゃああああああああッ、我に近づく者、全て滅してやるぅ……!!」


「くっそぉ……この恥ずかしがり屋めぇ」


 善人は諦めてベッドから降りて床に座る、正直な話、猫のように警戒モードに入った彼女も可愛らしかったが。

 とはいえ、恨めしい気分がゼロになる訳ではない。

 ダボTの下は生足な彼女を、指をくわえるような眼差しで見つめて。


「ううっ、とうとう僕も童貞卒業だと思ったのに!! 普段はキスすらさせてくれないから、スッゲー期待したのに!!」


「あー……ごめん、ごめんてぇ。ね? また今度、今度チャレンジしよっ!」


「わかった……うん、ルゥに無理強いするつもりはないから」


「はぁ…………ごめん、今日はもう帰ってよ」


 せめて今日の姿を思い出し、一人で発散しようと善人は思ったのだが。

 月海はその姿に、じわじわと罪悪感を覚えてしまって。

 だってそうだ、彼女とて自覚はある。


(うあぁーー、やっちまった、やってしまったあ……、こんな私の側にずっと居てくれて、恋人になってくれてるのに…………)


 羽寺月海は、自己肯定感が低めの少女であった。

 善人や両親は常々可愛いと誉めてくれる、幼少期は天才とも騒がれ、善人は今でも己をそう言ってくれる。

 だが、両親と善人以外の目は怖くて怖くて怖くて、小学校を卒業する前には既に引きこもってしまっていた。


(だからこそ)


 彼の好意に、その愛に答えたい、己も同じ気持ちなのだから。

 今日だってそう思い、一歩でも前に進もうと善人の帰りを見計らって、勇気を出してベッドの上で待っていたのだ。

 でも、ダメだった、照れくさくて、恥ずかしくて、我慢できなかった。


(うあああぁぁぁぁぁぁぁ………………私は、私ってぇ……ッ!!)


 自己嫌悪が激しく襲いかかってくる。

 どうしてこんな自分を善人は好いてくれているのだろうか、せっかく同じ高校に入学したのに一緒に通えず。

 恋人らしいデートすらせず、キスだってさっきのが最初だ。


「お、おいどんは恥ずかしくていきておられんこつッ!!」


「ぬああああああああああっ!? なんでいきなり死のうとしてんの!? スマホの充電コードは細いけど危ないって首っ、やめっ、やめーーーーい!!」


「ううううっ、止めてくれるなヨシト!! お風呂だって一週間に一回入るかどうかの引きこもりオタクゲーマー(据え置きが好み)なんて、死んじゃえばいいんだよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


「殿中! 殿中でござる!! 目の前で恋人に死なれる僕の身になってよ!? というか君の覚悟ができるまでいつまでも待つからさぁ!!」


「死なせてくれぇ!! せめて私の死を十年はひきづって恋人を作れなくなるぐらい爪痕を残して思い出になってやるうううううう!!」


 どうしてこうなったのか、善人は必死に考える。

 今の彼女にどんな言葉が届くのだろうか、放置したら一発アウト、出来ることなら暴力ではなく言葉で止めたい。


(何かッ、何かないか!! ルゥを止められる何か!!)


 天才肌で美しい彼女、自己肯定感が低くてひきこもり。

 でも真面目で、考えすぎる所があるから今のように思い詰めてしまって。


「――――このまま死ぬなら、僕に考えがあるぞ」


「何を言われても私は死ぬぅ!!」


「いいよ、そのまま死んでも」


「…………ほえ?」


「死んだら通報する前に、君の死体で好き放題するから、具体的にはさっき出来なかったコトをするよ」


「……………………えっ?」


 ぁ、とルゥの喉から掠れた声が漏れた。

 幼馴染みである彼女は、十二分に理解している。

 座古善人は人畜無害そうな顔をして、悪ガキ気質の彼ならば、やると決めたら自滅してでもやり遂げる彼ならば。


「そうなると、どーなるかなぁ……当然さ、検屍とかする訳じゃん? なら僕がやったコトも明るみになる訳で…………ならさ、親父とお袋とおじさんとおばさんは、どう思うと思う?」


「~~~~~~~~ッ!? わ、わかったから!! 死ぬの止めますからぁ!!」


「分かってくれたならいいんだ…………今日はもう部屋に戻って休もうよ、必要なら一緒に居てあげるから」


 ほっと一安心する善人であったが、衝動的に自殺しようとしてしまった月海としては罪悪感がマシマシである。

 一緒に居て欲しい気持ちはあるが、今は一人で気持ちを整理したくて。

 彼女はのろのろと首を横に振り、ぼそぼそと言った。


「一人で寝る……その、ま、またね……」


「うん、また明日。今日のコトは気にしないで、君が忘れるなら僕も忘れるから」


「…………ありがとう」


 二人の部屋は、窓と窓から安全に行き来できる程近く。

 善人は彼女が自分の部屋の窓のカーテンを閉めるまで、はらはらとした気持ちで見守った。

 

「……………………は~~~ぁ、やっちゃったなぁ……僕がもう少し気遣えてれば……、性欲に押し流されすぎたかも」


 小さな溜息と共に、ベッドに倒れ込む。

 横にあるサイドボードに置いたスマホに手を伸ばし、小さな溜息をもう一度。

 誰かに聞いてもらいたい、相談したい。


(…………久しぶりに、こんぶ茶さんに恋愛相談するかぁ。ルゥがちょっとづつ僕との触れ合いに慣れる理由とか手順とか、そういうのを作れればいいんだけど)


 こんぶ茶とは、親友の妹に教えてもらった招待制SNSの恋愛相談チャットグループで知り合った人。

 数年前から恋愛相談に乗ってもらっていて、こちらも向こうもリアル情報など一つも知らないが善人にとっては信頼できる相談相手である。

 彼はさっそく、ある程度ボカしながら相談内容を書き込んで。

 ――――ゴン。


「ん? また一人で悶えてるのかアイツ。偶にあるよな、まぁいいか、早く返信来ないかなぁ……」


 その後、こんぶ茶に相談している最中に隣から妙に音がして。

 ――次の日である。

 いつもの様に登校する前に隣の羽寺家を訪問、ルゥのご両親に暖かく迎えられながら彼女の部屋へ、すると。


「ログインボーナス! を! 実装する!!」


「はい??」 


 目の下にクマを作り、昨日の灰色のダボTのままの彼女の突拍子もない言葉に善人は思わず首を傾げたのであった。


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