第五話 強引なキツネ

 ブタゴリラの愛称を持つピックを大人しくさせたのは、茶髪の髪をツインテールにしているキツネ耳の女の子だった。


 彼女はタマモと名乗り、俺に手を差し伸べる。


「お前、何を考えているんだ?」


「何って決まっているじゃない。握手よ。同じクラスメイトだもの。委員長として、真っ先に仲良くなる必要があるでしょう?」


「別に俺は、お前と仲良くなるつもりはない」


 胸の前で腕を組み、首を横に向けてそっぽを向く。


「うーん、どうしたら君と仲良くなれるのかなぁ? 別にあたしは、シャカール君のこと悪く思ってはいないのだけど?」


 笑みを浮かべたまま、タマモは小首を傾げる。しかし、彼女の瞼の部分がピクピクと動いていた。


「ブタゴリラを大人しくさせてくれたことは例を言う。だけど、俺はお前たち人外とは仲良くするつもりもない。もちろんお前たちのやるレースを邪魔するつもりはない。そもそも、あんなくだらないレースに参加するつもりはないからな。俺のことは空気だと思ってくれて構わない」


 踵を返してタマモに背を向け、自分の席に座る。


「何あいつ。せっかく委員長が仲良くしようと話しかけてくれたのに、あんな態度を取るなんて」


「やっぱり下等生物の人間だな。俺たち生物の中でもクソだ。俺たちと比べて走りが遅い」


「そもそも、人類を生き残らせたのが間違いなんだ。100年前の世界大戦で、人類だけ滅ぼせばよかったんだよ」


 俺の態度を見て、クラスメイトが口々に陰口を溢す。


「はい。皆さん授業を始めますよ。席に着いてください」


 クラスメイトたちが口々と悪態をついていると、扉が開かれて担任教師が部屋の中に入ってくる。彼女の登場により、生徒たちは口を閉ざして自分の席に着席することになった。


「では、シャカール君がおりますので、復習といきましょう。元々、この世界は人類、亜人、獣人、ケモノ族、魔族、そして神族が大陸の統一を巡って戦争をしていました。ですが、魔法や剣による武力では勝敗がつきません。そこで新たな決着のつき方として提案されたのが……はい、ピック君答えてください」


「そんなの、決まっているだろう。レースだよ」


 説明の途中から回答を求められたピックは、面倒臭そうに答える。


「正式名称で答えてください」


「忘れた」


「もう、では、タマモさん」


 適当に答えたブタゴリラに呆れ、担任教師は先ほどの女の子を指名した。


「はい。魔競走レースです」


「正解です。戦争の代わりに提案されたのが、己の魔力と脚力で勝負する魔競走レース。今ではスポーツ扱いとなっています。ですが、戦争だった頃の名残りは未だに健在しており、毎年行われるGIレースの勝利数を、各種族は競い合っていますね」


 担任教師の説明を聞き、溜め息を吐く。


 今ではスポーツ扱いではあるが、GIレースの勝利数が多い種族が、この世界の実権を持っていると言っても良い。そして勝利数の少ない人類は、このレースではカースト下位に属する。


 なので、人類はバカにされ続け、下克上を実現するために、多くの子どもが俺のように肉体改造の実験体とされているのだ。


「そして各GIレースの中でも、『テイオー賞』『マキョウダービー』『KINNG賞』などの人気のあるレースは、クラウン路線の三冠と呼ばれ、全てに優勝すると、三冠王や三冠クイーンなどと呼ばれ、走者の憧れの存在になれますので、皆さんも頑張って三冠を取るようにしましょう」


「では、続きましては――」


 続けて担任教師が説明を行うが、レースに興味のない俺は暇でしょうがなかった。なので、授業は昼寝の時間とし、寝ることにする。






「ねぇ、起きてよ。もうお昼休みよ」


 体を揺らされる感覚を覚え、無理やり目が覚めてしまった。


 たく、誰だよ。俺の眠りを妨げるやつは?


 重い瞼を開けて顔を上げると、目の前にはタマモがいた。


「なんだよ。俺に構わないでくれと言っただろう?」


「そう言う訳にはいかないの。このクラスの委員長として、あなたに学園内の案内をしないといけないから」


 タマモが俺を起こした理由を語るが、そんなことは関係ない。どうして俺がこの学園の施設内を知らないといけないんだ。俺はレースに興味がない。だからこの学園内の施設を知る意味がないのだ。


 学園の案内よりも、今大切なのは睡眠だ。昨日はルーナとの勝負で夜中に走ったことで、睡眠時間が少ない。


「悪いな。俺は睡眠不足で眠い。だからまた今度な」


 もう一度、腕に顔を乗せて眠ろうとしたが、タマモが俺の腕を引っ張ったために、無理やり立ち上がらされる。


 やっぱり女と言ってもケモノ族だな。力は俺よりも上か。このまま無理矢理にでも眠ろうとすれば、面倒くさいことになりそうだ。


 仕方がない。はやく案内をしてもらって、また寝ることにしよう。


「ウイークアップ」


 覚醒魔法を発動して脳内に残っている睡眠物質を除去し、完全に目が覚めると、俺は彼女に腕を引っ張られたまま教室を出て行く。


「なぁ、どうして俺の腕を引っ張る?」


「あなたを逃がさないためよ。ちゃんと案内しないと、委員長として先生の信頼を削ぐことになるわ」


「本当に真面目ちゃんだな。逃げないから、安心して離してくれ」


「ダメよ。今日のあなたの態度を見る限り、とても信頼できないわ」


 俺は逃げないと告げるも、どうやら午前中のことで、俺の人間性を決めつけられたみたいだ。彼女は本気で逃すつもりはないようで、俺の腕に自身の腕を絡ませてくる。


「まぁ、俺は別に構わないのだけどよ。俺たちのことを見た奴らがどう思うか、タマモは気付かないのか?」


「どう思うって何なの? 変に遠回りの言い回しはやめてよ。何が言いたいのなら、はっきりと言って」


 どうやら彼女は、今の状況を理解できていないみたいだ。


「分かった。なら、直球に言うが、今の俺たちを第三者から見たら、いちゃついているカップルにしか見えないぞ。俺に腕を絡ませ、胸を押し当てているのだからな」


「え……きゃあ!」


 どうやら状況を理解したようで、タマモは短い悲鳴を上げると絡めていた腕を離し、距離をあける。


 相当恥ずかしかったのか、今の彼女は顔が真っ赤だ。


「本当に逃げたりしないのよね」


「逃げないって。寧ろ早く解放されたいから、協力するつもりだ」


「嘘だった場合、強制的にセンボンザクラを呑んでもらうから」


 彼女の言葉を聞き、苦笑いを浮かべる。センボンザクラとは、ピンク色のハリセンボン型のモンスターだ。流石に人間の俺では、あれを呑むことはできない。


「安心しろ。もし嘘だったら、素っ裸でレース場を走ってやる」

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